「20」黄泉帰りの使徒7
部屋の中を覗くと、そこにはクローゼットがいた。
悠々とした表情で、こちらを見据えていた。
リキッドオキシゲンを生み出すほどにまで冷却され、高密度に圧縮されたその空間で、彼は余裕の笑みを浮かべている。
よく見るに、彼の周囲にだけは、霜が降りていなかった。
あそこだけ気圧が通常であることを、それは物語っていた。
しかしそれは最早関係なかった。
「ラッキー....」
俺は、パニックをおこした。同時に歓喜した。
何せ、フレアが斬った相手が、実は生きていて、俺にはまだ復讐する余地が残っていたと知ったからだ。
だから俺は、思わずそう呟いていた。
「ラッキー?君は面白いことを言うよ」
俺は右手を前に突き出して、氷の弾丸を造り出し、放った。
クローゼットはその刀を振り回して、自分へと被弾するそれを全て切り落としていく。
外れた弾が、床や壁、天井を穿ち、蒸気をあげる。
ふと、彼の姿が揺れた。
(しまっ?!)
瞬間、俺は部屋の入り口付近まで投げ飛ばされていた。
「ヤナギ!」
チゼに受け止められ、なんとかセカンドダメージを受けずに済んだものの、胸から腹にかけて、一筋の大きな刀傷がつけられていた。
「かふっ!?」
吐血し、朦朧とする頭を持ち上げ、俺はクローゼットを見据える。
心配そうに俺の方を見やるチゼに俺は小声で作戦を伝達すると、彼はひとつ、小さく頷いた。
回復魔法を使い、呼吸を整える。
そんな俺の様子に、ふふっ、と、彼は笑みをこぼす。
「やはり鈍ったんじゃないのか?」
「ちょっと片腕を潰されただけだ」
俺はチゼに肩を貸してもらいながら立ち上がると、口もとについた血糊を、左手で拭った。
「──しかし変だな。お前はフレアに殺されたんじゃないのか?」
問うと、彼は首を横に振り、否定した。
「だって、あれ分身だし。本体出してまで危険なことしないぞ、普通」
「ということは、今のお前も分身ということか?」
「普通はそう考えるよね。ま、その通りな訳だが」
彼はいつの間にか霜の退いた部屋で、刀を構え直した。
「どうする?続ける?」
その問いに、俺はそれを否定した。
「分身とやりあっても意味はない。俺はそれさえ破壊させてくれれば良いわけだしな」
「だったら、君はこれと戦うべきだ」
「だったら、仕方ない。壊して殺す!」
俺は蛟の能力で霧を発生させた。
これで、クローゼット(分身)を攻撃しつつ、同時にここの装置も破壊するのだ。
霧に触れた金属質な床や壁、天井に霜が降り、ピキピキと音を立ててひび割れていく。
妖術、ニブルヘイム。
その霧が彼へ向けて、同時に装置に向けて回り出す。
液体酸素が床を這い、急激な温度差によって、鉄は縮み、体積の収縮により爆発が起こる。
そしてその余剰エネルギーが外気の温度を段々とあげていき、外でも爆発がおき始める。
がこん、と、天井が音を立ててひび割れ、落ち降る。
「馬鹿馬鹿しい。本当にお前は頭が鈍ったな」
しかし彼は、全体の気圧の乱れを、真理術によってリセットさせる。
その様子に、俺は内心舌打ちをする。
だがしかし、余剰エネルギーを用いた熱による、機械の破壊には成功したはず。
この余剰エネルギーの量だ、あれが熱で完全に溶けてしまっているのはほぼ間違いないだろう。
俺はフリをやめて、鞄からクリーチャーからドロップした剣を抜き取る。
(あとは、邪魔なこいつをどうにかしないとな....)
既にチゼは作戦通りに動いているだろうし、こっちもこっちで、やることやらないと。
次回「21」




