「07」夏の予兆と飛来と影意識
コナタの訓練は、まず基礎的なものから始まった。
まず、基本、体の筋肉というのは、実践によって身に付けるべしというので、彼女と共に、大森林に行くことにした。
無論、体力作りもかねて、全速力ダッシュで、だ。
「はぁ、はぁ、はぁ、まって、ください、師匠....」
走りはじめて50メートルの地点で、彼女は根をあげた。
「セカンドウィンドだっけか?息が切れてもなお、走り続けると、ある地点で体力が回復するんだ。止まるな、続けろ」
ちなみに、俺も同じ方法で無理やりスタミナを底上げした。
「は、はいー....」
コナタはとても苦しそうだ。
しかし、これくらいで根をあげては、最終奥義が使えない。
俺は彼女にムチを与えるのだ。そう、飴と鞭を使い分けるのだ!
....ところで、アメとムチってどうやって使い分けるんだ?
2年経った。
俺は7歳になり、トマヤ国の県立小学校に入学することになった。リーシャも同じ学校だ。
コナタは18歳になった。
この頃になると、10Kmくらいまで走り続けられるようになった。
そして、俺の我流も、半分ほど扱えるようになってきた。
もうグレートアント(大森林にも、テレビのものよりかなり小さいか、大人一人分の背丈のものが出現する。マロックスの二分の一程度の強さ。ちなみに、大人の男の人が二人以上いないと倒せないレベルはある)を一人で倒せるほどに成長した。
俺たちが入学した小学校は、『スバル県立ナタオカ小学校』といい、通称、ナタ校と呼ばれている。
(しかし、小学校か。12年ぶりくらいか?)
俺は入学式が終わる頃、自分の教室を探して歩いていた。
バルス国には、森へ行って帰ってこなかった仲間の捜索をするために、ソナーと呼ばれる魔法を使っていた。
ソナーとは、簡潔にいうと音響探知のようなものだ。
これを使えば、俺は教室につくことができるのかもしれないが。
生憎、俺はあれの使い方を知らない。
教えてもらう前に、奴に殺されたからだ。
「....ここは小学校の癖にやたらと広いな。大学かよ」
俺は廊下に貼られている地図と現在地を確認して、廊下を歩く。
すでに周りには他の生徒も見当たらない。
(もしかして、俺方向音痴なのか?)
と、そんなことを思っていたちょうどそのとき。
目の前に目的の教室を見つけた。
『一年二組』だ。
スライド式の扉を開けると、中では生徒たちがワイワイ騒ぎながら、先生の自己紹介を聞いている(のか激しく謎だが、一応そういう風にとっておこう)。
「ヤナギさん、遅いですよ!」
自己紹介をしていた先生がこちらを向いた。
「その事については謝罪します、すみませんでした。しかし、それには理由があったのです」
淡々と返す俺にあっけにとられた先生。
気にせずに俺は続ける。
「この学校、広すぎです。お陰で道に迷いました」
「それは、ヤナギさんが方向音痴だからでは?現に、こうしてこのクラスでは、全員揃っていますが」
クラスが先程の騒音を、更に上げた。
「....なるほど、では、対策として、これに地図の情報を送ってくれませんか?」
こういう場合、相手は間違えたことに対しての対策をどうするのかを求めてくる。ので、そういうことにした。
「わかりました、では放課後、ここまで来てください」
「了解しました」
(恥ずかしかった....。きっとアレは何かの妨害を受けていたに違いない!)
そんなわけはないのに、俺は一人、透明人間に責任転換をしていた。
一時限目が終わると、同じクラスになったリーシャが話しかけてきた。
「おとなのたいおーだね!」
「これも、俺の武術、針の使い方だよ。あれは、武術に限らず、ほんの少しだけど話術も組み込まれてるんだ(嘘だけど(ボソリ)」
「うそなのかよ!」
(聞こえてたのかよ!?)
「でもさー、すごいよね。チホ、いえからだいしんりん?にまでいけるくせに、ガッコーのなかではまいごになるなんて!」
言われてみればそうだ。あのとき見た地図はいたって簡単な構造をしていた。
(なんか、嫌みを言われている気にしかならないな....)
「なあ、リーシャ。俺がここに来る前、何かあった?」
気になったので、俺は彼女に聞くことにした。
「んー、何もなかったと思うよ?けど何で?」
「いや、気にするな」
「ふぅーん?」
だって、俺が何らかの妨害を受けて道に迷った、なんて言ったら、それこそアレだもんな。
....アレってなんだよ。
放課後、俺は担任の先生、オクヌマから学校の地図をもらい、リーシャと共に学校を後にした。
校門では、コナタが待っていた。
「師匠!」
(こいつ、公衆の面前で小学生に「師匠!」とかってよく叫べるよな)
俺は改めてコナタに感心を覚えた。
最近はコナタは髪が伸び、後ろで一纏めに括っている。頭の後ろでちょろっと犬の尻尾のように出ているのが可愛らしい。
「コナタ、大人が小学生に師匠って、恥ずかしくないのか?」
「そんなことはございません!堂々と師匠と呼ぶことが許される。それが私にとっての幸福です!」
(これは、最早何を言っても聞きそうにないな。諦めよう....)
俺は諦念した。
「あ、そういえば師匠。最近、グレートアントを2体同時に、相手できるようになりましたよ!これも、師匠に教えていただいた技のお陰です!」
そう言う彼女に対抗したかったのだろうか。
俺はリーシャに話を振った。
「あれを2体同時か。リーシャは数十体同時に相手できたよな、確か」
「うん、あれイガイともろいんだよねー。まろっくすなら5にんどーじにあいてできるよ!」
そう嘯く彼女に、さらに俺の対抗心に火がついて、
「人じゃなくて体な。俺は何体でも構わないけどな」
と言ってしまった。
事実だ。
俺は本気を出せば、数秒でこの世界を破滅させられる(冗談)。
「さすが師匠!やはり師匠はすごいです!」
「あれくらい普通だ。というか、まだまだ弱い方だ」
条件にもよるが、まあ、弱いには違いないしな。
俺がそう返すと、リーシャがぷくっと頬を膨らませた。
「チホ、さすがにそれはけんそんだよ?」
「リーシャが難しい言葉を使うなんて!お前、ホントにリーシャか?」
「たしかかめてみる?」
彼女はそう言うと、ナタ校の制服の首もとのボタンを外す。
「どこでそんなこと覚えたんですか!?」
そのリーシャの行為を見て、コナタが驚く。
「いや、だってもうなつでしょ?あついし、ちょうどいいかなーっておもったんだよー」
むふふーん、と彼女は笑った。
そう。今年は夏なのだ。
だからなのだろうか、最近はよく薄手の人たちや、露出狂が出たりもする。
本当に気分の悪い話だ。
今は4月だし、まだ夏は本格的ではないのだが、この季節になると、大森林の魔力濃度が下がって、赤道直下ならではの猛暑日が3月の後半、下弦の時というらしいのだが、その時期になってから続いている。
「ことしはじゅぎょーでプールがあるらしいよ!」
「水泳か....夏は生まれてから二度目だな。最初の夏はまだ3才だったからビニールプールしかしたことがないからな...」
バルス国はノホニ列島の最南端、つまり海に面しているので、南の方では泳ぐという習慣があったそうだ。
しかし残念ながら、俺が18年育ってきた所は内陸地だったので、海へ行くことは一度もなかった。
というか、泳ぐ機会が無かったのだ。
だから俺は、泳ぎ方を知らない。
「師匠。よければ、私が泳ぎ方を教えましょうか?」
そう提案してきたのはコナタだった。
「え、いいの!?」
泳いだことがないので、それはそれで楽しみだ。
あまりにも嬉しそうな顔を見た彼女は、お返しとばかりに満面の笑顔ではい!と答えた。
「私も!私も教えて!」
「いいですよ。それでは明後日の土曜日、体育館に9時に集合ということでどうですか?」
「そうしよう!じゃあ、明後日よろしくね!」
「よろしく!」
そうして、俺たちは体育館前の分かれ道で解散したのだった。
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