「13」死神の野望2
イザンから受けた依頼は、至って簡単なものだった。
『リーシャの家へ行く』
たったそれだけだ。
至って単純だろう。
そして、それゆえの不安もある。
なぜ、リーシャを救う事の依頼の達成条件が、彼女の家へと向かうことなのか。
俺たちは怪訝に思いながら、イザンのその依頼を遂行すべく、彼女の家に向かった。
彼女の家は、俺の家から三軒隣にある、アコスティア(イルスの少数派民族の言葉で、未来)という店の二階にある。
その店は閉店していたので、俺たちは裏口へ回って彼女の家のインターホンを鳴した。
「リーシャ、いるか?」
インターホンを鳴らし、俺はそう呼びかけた。
しかし、何の反応もなかった。
(いないのか?)
俺は、端末から彼女の携帯へ電話をかけてみる。
コールが数回なった後に、彼女が携帯の周辺にいないことを告げる報せが入る。
(半ば、予想は当たりって感じかな....)
正直に言えば、この状況だとイザンのそれが、彼女の本当の目的を達成するための時間稼ぎという線が当たりを引いているということは、もうこの時点で理解できていた。
しかし、俺は信じたくはなかった。
「Let me see through you of the wall over there」
(壁の向こうのあなたを透視させてください)
俺は、そんな現実逃避のようなことを考えながら魔法を放った。
この魔法は透視の魔法だ。
どこにいようとも、必ずそれがいる場所を教えてくれる。
しかし、この魔法には、彼女が映ることはなかった。
(嘘だろ!?)
嫌な予感は的中した。
リーシャを殺すことも依頼の内だと、イザンは言った。
そしてそれは、その台詞を俺たちに吐いたということは、すでにその目的は達せられている。
もう、この世にリーシャはいない。
気がつけば、俺はイザンに殴りかかっていた。
イザンは、俺のその拳を小手返しの要領で俺を投げ飛ばそうとした。
が、しかし俺はそれを逆に利用して組伏せた。
「くはっ!?」
しかし、組伏せられていたのはイザンではなく俺だった。
「ヤナギ!」
「来るな!」
俺は、駆け寄ってくる皆にむかって、制止の言葉をかける。
今のこれで、あいつらが戦って勝てるような相手ではないことは確信した。
これ以上仲間を傷つけないためにも、彼らはこちらへと来てはいけない。
(クソッ。しくじった....どうする?どうすればいい?)
俺は必死になってこの状況を打開する術を考える。
しかし、わからない。
(チッ)
俺は心の中で舌打ちをする。
「お前が殺したわけじゃなさそうだな。貴様のあれは、さしずめ時間稼ぎといったところか?」
「よくわかったねぇ。ま、そりゃ当然か」
イザンは、その赤い目を細めながら、ギリギリと俺の腕と肩を同時に縛り上げていく。
「くぅ....あっ!」
捻られた腕が、肩の骨と筋肉の繋がりを絶っていき、激痛が走る。
「だって、レレムはいつもボクと一緒だったんだもんね。流石、ボクと屋上であんなことをいっぱいするまでになった仲だ」
「変な言い回しをするな!あれはただ一緒に弁当食ったり談笑していただけだろうが!」
「忘れたの?二年の夏、立ち入り禁止の屋上でやったじゃん?」
「だから、紛らわしいことを言うな....ぐぅっ!?」
彼女はさらに捻りあげると、掌を地面についた。
その瞬間、地面から巨大な壁が生えてきた。
「真理術!?」
壁の向こうから、ククルカンの驚いた声が聞こえた。
「攻撃しても無駄だよ、ククルカン・エンテナート?」
イザンがニヤリと口元を歪める。
「....何をする気だ?」
「今の君なら、僕一人でも相手できるんだけど、リレルとククルカンが邪魔だったからねぇ」
彼女は、俺の背中の上に乗ったまま、俺の首を、そのきめ細かな肌をした小さな手で撫でた。
「嗚呼、こんなにも小さく、可愛くなっちゃって....。まるで天使みたいだよ....!」
「ふざけるな、誰がちっちゃいだ!」
「ああ、かわいいよ、レレム....食べてしまいたいほどに!」
彼女はそう言いながら、捻りあげた俺の腕に舌を這わせる。
「ぐぅあっ!?」
痛い。
「ああ、美味しいよ....甘いよ....」
彼女はそう言いながらも、俺の腕を更に捻りあげていく。
神経が切れないように、意識が途切れないように、ゆっくりと、時に休憩を挟んで、痛め付ける。
「ねぇ、レレムはどうしてこんなにかわいいの?」
「うっさい黙れ!それより速くそこをどけ!」
「退けと言われて退くと思う?」
さらに縛り上げられていく俺の腕。
もう痛いなんて言っていられるほどの痛みは通り越して、その激痛は計り知れなくなっていた。
ふと、俺の腕に生暖かな液体が流れた。
血だ。
捻られ過ぎて出血したんだ。
「ぐぅうあああっ!」
「かわいい声で鳴くんだね....そうそう、もっと聞かせてよ、君の甘いその声を!」
瞬間、恐怖が怒りへと変わった。
怒りがみなぎってきたのだ。
正常な思考判断ができなくなり、頭に血が上る。
この時、俺は彼女が七大罪魔法であるところの一つ『憤怒』を発動していることを、理解してはいなかった。
「貴様....!」
「そう怒らないでよ。じわじわと彼女のところへ送ってあげるからさ。だからもう少し、ボクとエッチなことしようよ?」
「くそっ!どこがエッチだ!」
「えーっ?興奮しないの?」
「しねぇよ!?」
少し痛みが和らぐが、また直ぐに痛みが発生する。
「ぐああっ!」
「まぁ、さっきも言ったけど、君をリーシャのところへ送ることは約束してあげるからさ」
しかし、その頃はもう、俺の精神は怒りが支配していた。
そのためか、彼女の言葉は俺に届くはずもなく、いや、届いたとしても、今この状態である俺は、どちらにせよ彼女へと攻撃をしていただろう。
俺は無理矢理体を反転させると、彼女の上へと飛び乗った。
「....」
しかし、彼女は涼しい顔で俺を見上げていた。
無理矢理体位を入れ換えたためか、俺の右肩の骨は脱臼し、筋肉はスリつぶれて血が滴り落ちている。
痛い。
しかし、今の俺には、今ここでイザンを葬る事しか考えられなかった。
俺は、つぶれた腕を上へと持ち上げると、それを鞭の要領で降り下ろそうと、構えた。
しかしその次の瞬間、地鳴りが響いた。
イザンがニヤリと笑みを浮かべた。
瞬間、俺の体は彼女によって空高く蹴りあげられた。
「ぐはっ!?」
衝撃で、目が覚める。
瞬間に、右腕の痛みが俺を襲った。
「グアァァァァァアアアッ!!」
地面に体が叩きつけられると同時に、その痛む体を無理矢理に起き上がらせる。
「そろそろ来るみたいだよ、レレム」
「来るって....何がだ?」
痛い。
痛いなんてものじゃない。
今まで経験してきた痛みの中でも一番痛い。
俺はその痛みに気をとられながらも、ニヤニヤと笑う彼女を見据えた。
しかし、彼女は俺のその質問には答えずに、その表情のままこう告げた。
「もう時間切れみたいだし、ボクはそろそろお暇させてもらおうかな──レレム。次に会ったら、絶対に殺してあげるからね」
彼女はそういうと、壁と共に姿を消した。
ただそこには──いや、その空には、巨大な未確認飛行物体が宙に浮かんでいるだけだった。
次回「14」




