「12」死神の野望
魔法。
それは、ヒトゲノムの中に、ウイルスによってもたらされた、不可解な謎の機能によって、人類が得ることが可能となった、ひとつの技術。
それは、人が剣を振るうが如く、槍を突くが如く。
真似するだけなら底辺の底辺はできそうで、しかし、完全に理解し、使い方を知らなければ扱うことのできないものだ。
仕組みとしては、体内に取り込まれた魔素が、大脳の思考を司る分野の中に存在するとされている魔法器官、通称エヴァから発せられる信号により、体内の熱量や水分等と結合し、事象として発現する。
魔法器官は、固体の形をしていない──というよりは、そもそも、エックス線検査や解剖等では絶対に発見されることのない器官で、しばしば、物質としてではなく、魂のようなものなのだろうと言われている。
だから、現在そのエヴァは、本当に存在するのか疑問に挙げられることも多々ある。
さて、これで魔法の仕組みについてはだいたい解っていただけただろう。
そこで、前話でちらりと耳にした「有名魔法」について説明しよう。
有名魔法とは、魔法名を唱えるだけで発動される、もっとも発動速度の高い魔法のこと。
人によっては、その前に照準を決めるための台詞なんかを言うこともある。
そして、有名魔法には、対として「無名魔法」というものが存在する。
これは、いちいち呪文を詠唱しなければならないため、発動にしばし時間がかかる。
どちらも仕組みとしては同じだが、有名と無名があるのには、こんな理由がある。
有名魔法は、元々この世界を創造した神とされているシステムが、世界の秩序を保つために創ったと、神話では語られている。
後に、その仕組みを被造物である我々が解明し、操れるに至ったのだ。
それが、無名魔法だ。
つまり、有名魔法は、無名より最も事象を操ることに優れている。
そんなことをリーシャは一人、暗い牢屋の中で復習していた。
「サーニック」
視界が明るくなった。
この魔法は、昔チホから習った、「光を生成し、暗闇でも見えるようにする」魔法。
それゆえに、他人にはこの光が見えない。
というのも、一時的に完璧な暗視能力を自分の目に与えるからである。
すると、その視界に映る青黒い壁が、一瞬スパークした。
瞬間、魔法の効果が切れた。
(ジャミング加工の壁かぁ....めんどうだなぁ...)
リーシャの目に一瞬映った、牢屋の中の風景。
しかし、その一瞬は「クロノスタス」と呼ばれる技術の影響により、一瞬が数秒に引き伸ばされた。
それを、彼女はある程度記憶する。
サーニックの魔法で入ってきた光が、目に作用し、暗順応が働き、やがて、数秒後には目が完全に暗闇に慣れた。
(学校の授業内容がこんなところで役に立つなんてなぁ。学校行っておいてよかった!)
リーシャは少し笑みを浮かべた。
全く、呑気なものである。
牢屋の端には、通気孔とおぼしき格子窓があり、そこから風が流れてくることから、そこがこの部屋の外へ繋がっていると確信する。
(魔法が発動するのは約三分の一秒。その間に、この格子窓を破壊する!)
「break!」
(破壊せよ!)
最適化法によって千分の一にまで魔力消費を抑え、かつ端的な命令による威力の増強と発動時間の短縮を行い、破壊の魔法で通気孔を攻撃する。
瞬間、壁がスパークする。
──ガィィィィン!
(やっぱり、ここにも仕掛けられてたかぁ....)
半ばうんざりしたように、彼女は少し高いところにある通気孔を眺めた。
ジャミング加工とは、魔法と科学の分野で、新しいアイテムを作る技術師達がよく使う構造の一つだ。
それは、三つの層──手前から「対魔層」「吸魔層」「解散層」に別れている──からなる、魔法を魔素に分解して無効化するという構造になっているため、抵抗値を大幅に越えない限りは破壊不可能なのだ。
簡単にいうと、このジャミング加工が施されているものは、魔力をある程度絶つことができる、絶縁体の役割をする。
この一番手前の対魔層で、魔法が魔素と水素と酸素と熱素に分解される。
その時に魔素とその他の物質が電離する際、スパークが生じるのだ。
魔法を使うと壁がスパークを起こすのはそれが理由で、簡単にジャミング加工を見つける手段でもある。
そして、分解されてできた魔素が、吸魔層に蓄積され、解散層に触れることで、それらの無害な魔素(全く意味の持たなくなった魔素)が空気中に放出される。
リーシャの父親はこの分野で仕事をしており、それをたまに彼女が手伝うので、その事を自然と覚えていた。
(魔法がダメなら、体術で無理矢理壊すしかないよね!)
彼女はふーっと息を吐き、意識を集中させていく。
体の中の抗力が増すように、重心と意識を下に落とし、腰を低くして、暁鬼の構えをとった。
自分の意識が体外へと漏れ、地下を通って世界に干渉する。
「針流奥義、陰斬浸透波!」
振動を圧縮し、鎧通しと発勁の要領で放たれた高速の一撃が、通気孔の格子を変形させた。
変形した格子は、リーシャが入るに十分な大きさに開いていた。
「....」
彼女は、意識を下に落としたまま、軽く跳んだ。
すると、彼女の体は宙を軽く飛び、目的地へと勝手に移動した。
「これでよし」
彼女は意識をもとに戻すと、少し身震いして、狭い通気孔を渡った。
(通気孔、狭いな....)
彼女は腹這いになりながら、腕力と背筋力を併用して進んでいく。
少し肩幅が狭い。
肩を動かす度に、最近、成長を再開させた胸が、二の腕と通気孔の床をすって、少し痛い。
少し前に聞いた話だと、マラソン選手は、服と乳首が擦れて、たまにそれがポロリととれてしまうことがあるらしい。
最初は本当かどうか疑っていたけど、今となってはそうならないことを切実に祈るしかなかった。
だって、本当にポロリと取れちゃったら嫌でしょ?
それに凄く痛くて、血まみれになるらしいし。
(嫌だなぁ....)
彼女はそう思いながら、前進を続けた。
しばらくすると、彼女はその通気孔から繋がる排気孔の真上に来た。
(やった!)
彼女は、擦れて痛くなってきたそれが解放されるところまで来ると、彼女は心の中で歓喜した。
「Give me both eagle eyes」
(私に鷹の目をください)
リーシャは視力関連の能力を強化する。
(まずは、このファンを取り外さないと...)
くるくると高速で回るファン。
しかし、今の彼女には、それがゆっくりに見える。
リーシャはその隙間から、外の様子を伺った。
(下には誰もいない。今なら出られる!)
彼女はファンの動きを魔法を使って停止させ、慎重にそれを外していく。
その作業が終わると、彼女はそこから飛び降りた。
「Return」
(巻き戻れ)
回復魔法を使ってファンを付け直すと、辺りの様子を確認した。
(おかしい。誰もいない....)
今がいつで、ここがどこかはわからないが、それでも全く人の気配がしないのは、少し不気味だ。
(崩壊剣を使うにしても、崩れてなくなっちゃえば、私も死ぬしなぁ....)
どうしたものかと、周囲を観察した。
真っ白な壁、天井の壁際に設置されたライト、長い廊下、曲がり角、そして天井には、さっき降りてきた排気孔。
(排気孔?)
排気孔があるっていうことは、もしかして....。
そう思い、彼女は空気の臭いを嗅いでみた。
(臭い。仄かに硫黄の臭いがする。でも、そんなことは今は関係ないか)
彼女は異次元生成から転移鏡を取りだし、イルスの家に転移した。
全く、転移というのはほどほど以上にチートである。
リーシャが家に戻ると、そこには、見知らぬ一人の老人がいた。
時代遅れの白いローブを羽織った、灰色の髪をした老人だ。
腰には、三本の刀と、三本の剣を携えている。
明らかに家宅侵入罪だ。
リーシャは、彼から発せられる殺気に戦き、とっさに身構えた。
こいつはただの家宅侵入犯ではない。
「そんなに構えなくていいよ。俺は君に、少し頼み事をしに来ただけなんだから」
彼はギラギラと輝く瞳をこちらに向けて、そう言い放った。
「頼み事?」
「そう、簡単なお願いだよ」
瞬間、彼の纏う殺気が膨れ上がった。
「!!」
彼がいつの間にか抜き放った剣を、彼女が反射的に避ける。
しかし、タイミングがわずかにずれ、彼女の脇腹を抉り抜いた。
クラウ・ソラス。
それが彼の使った武器の名前だ。
それは、敗北の運命を遠ざけ、相手に塗りつけるという特殊効果が付与された魔剣である。
ゆえに、避けきることができない。
「くっ!?」
リーシャは距離をとった。
しかし、その瞬間、彼女の胸に、穴が開いた。
「っぁかはっ!?」
彼女の口から、血塊が飛び出て、床に撒き散らされた。
空間にダメージを残すことができる魔剣、パセリーンによる効果だ。
「なに、簡単な頼み事だよ」
リーシャの口から血が滴り落ちる。
「ただ、死んでくれればいい。それだけのことさ」
彼はそう言って、次の瞬間には、その場から消えていた。
そこには、リーシャの死体すら、残っていなかった。
「仮にも、私は戦の神の天使だ。戦を好まずして、何が戦神の僕だろうか。こんなにも面白い戦争の引き金が、すぐ目の前にあるというのに」
後に残ったその言葉は、第二次次元間戦争の引き金を引いたことを、この世界に告げたのだった。
後に彼が、《死神》と呼ばれることすら、心地よさげに知りながら。
次回「13」




