「11」運命の誘導6
その日、レンビの所に、珍しく客が来た。
(最近多いな、時間外の客人)
そんなことを思いながら、いつも通り、彼はあの闘技場へ訪れた。
「やぁ。君がレンビ君だね?」
闘技場に居たのは、長い、灰色の髪をした、六十過ぎのおじさんだった。
彼は真っ白な、現代のドレスコードに合わないローブを着込み、腰には三本の剣と刀を提げていた。
「なんだ、魔具狙いの客人じゃなかったのか」
彼は、レンビのその台詞を聞いて、フムと頷いた。
「少し、頼まれてくれないかね?」
彼の発する、異様な威圧感に気圧されて、レンビの猫耳がピクリと動く。
(危険な臭いがする)
彼は少し身構えた。
しかし、彼はそれに一切呼応せず、マイペースに続ける。
「そういえば、自己紹介がまだだったな」
彼はどかりと床に胡座をかいた。
その髪の毛の隙間から、こちらをうかがうような、ギラリとした目が、こちらを見据えている。
「俺の名前はリュウ・アッザイランドだ。名前くらいは聞いたことがあるだろう?四柱の先天使の第一位に君臨する戦神だ」
しかし、それを彼は信じてはいなかった。
どうせ、頭の痛い老人だろうと思っていたからだ。
しかし、その彼の予想は大きく裏切られた。
リュウの足元に、大きな魔法陣が展開されたのだ。
その瞬間、世界が切り替わった。
(固有世界の展開!?詠唱も無しに一体どうやって)
そこで、彼は十割疑っていた彼の言葉を、最早半信半疑を通り越して、確信した。
こいつは嘘を言っていないと。
「そうそう、さっきの頼み事なんだが、そのひとつ。俺と勝負してくれないか?無論、そちらが望むならハンデをやろう」
「なぜですか?」
(全く狙いが読めない)
レンビは焦燥していた。
なぜ、彼は、俺と戦いたいのか。
俺と戦ったところで、彼には何の得もないはずだからだ。
「答えはやればわかる」
彼は座ったまま、腰の剣を構えた。
「ハンデはどうする?」
「でしたら、お言葉に甘えて。人間の体で、そしてさらに本来の10000分の1の力量しか使わないというハンデをいただきたい」
先天使の位階第一位と、相手のそのままの姿でやりあうのは、いくらなんでも分が悪い。
リュウはそうかとうなずくと、先行を俺に譲って、戦闘を開始した。
俺はイザンの言葉に絶句した。
しかし、考えてみれば、オッド・パンプスが彼女を殺せという命令はわかる。
彼は俺の依頼を受けた鑑定屋の研究を手伝った。
なら、俺のことは最低限情報がわたっているはず。
そして、鑑定屋は、実験の錆で彼らを実験から突き放した。
しかし、彼らはそのまま研究を実行した。
だが、鑑定屋の呼び戻しや、彼の依頼による尋問などを恐れた彼らは、元居た場所から逃亡した。
鑑定屋が、その事を俺に伝えてしまう危険性があったために、彼は俺を殺すように命令するだろう。
つまり、イザンがあそこで待ち構えていたり、俺にいきなり襲いかかってきたことと、あの依頼というのはそれのことだったのだろう。
さらに、ここで鑑定屋を殺せば確実にわたらなかったはずだが、そうすると事件になる。
事が明るみに出るのは、彼らにとっては不味い事態だ。
だから、俺を殺すという選択肢が生まれたのでは?
そして、イザンが言っていたリーシャを殺すという依頼の理由は、おそらく、いや、ほぼ確実といってもいい──彼女の持つ転移鏡だろう。
あれは、一度でも行ったことがある場所なら、どこを支点にしても転移ができる。
俺は彼女の友人だから、その手を使われると不味いと考えた。
なら、その鏡を壊せばいいのだが、生憎それは、彼女の異次元生成によって作られたボックスの中。
彼女さえ殺せば、それは異次元生成ごと消滅するだろうが、彼らはそれを知らないだろう。
いや、どちらにしろ口封じに殺すだろう。
イザンのその台詞に驚き、フリーズから帰還した俺は、瞬時に状況を整理した。
「なるほどね。それで君はどうしたいんだい?」
リレルはイザンにそう聞いた。
つまり、ここで俺を殺しに来るか、はたまたリーシャを殺しに行くか。
どちらをとるのかと、彼女は聞いていた。
しかし、イザンが発したその答えとは、俺たちにとっても、かなり予想外な台詞だった。
「リーシャを助けてほしい。彼女に死なれては、天界が困るんだよ。だから、それを君たちにやってほしいって、リュウ・アッザイランド様から頼まれたんだよ」
彼女はそう言って肩をすくめた。
先天使が?
どういうことだ?
「なら、何でそいつがやらないんだよ?」
混乱せず、淡々と状況を呑み込んでいたフレアが、全く驚いた様子もなしに、至極もっともであろう質問をする。
「理由があって、直接は動けないんだってさ。七千年前もそうだったって言うし」
七千年前というと、異次元人とこちら側の人間との間で起きた次元間戦争か。
だが、それをおさめたのは先天神だったはずだが....。
彼らも、神話の外で働いていたということかな。
俺は、あまり深く考えずに、そう納得しておく事にした。
「もしかして、また始まるのか、次元間戦争が?」
俺は顎に手を当てながらそう呟いた。
イザンがそれに答える。
「リーシャが死んじゃうとね。あの鏡は次元の狭間に作られた異次元にしまい込んでいるわけだから、持ち主が消えちゃうと、あっちの次元にわたっちゃうんだよ。それはとても厄介なんだってさ」
アイツが死んでしまうのは、俺としても嫌だ。
いや、死んでもあの薬があるから生き返らせることはできるだろうけど....それでも、嫌だ。
死んでも蘇生できるからいいってわけじゃない。
一回たりとも死んでほしくはない。
もう、オルメスのようにチャンスはないかもしれないし、何より、俺が一度知った仲間を見殺しにはできそうにない。
「わかっ──」
「俺は反対だ」
俺がイザンに肯定の意を示そうとすると、それを遮って、チゼが異を唱えた。
「チホを殺そうとした奴を、俺が信用できると思っているのか?罠という可能性だって、考えられない訳じゃないんだぞ?」
「チゼ、イザンはチホの──」
「ククルカンは黙ってろ!」
「オリガヤ君!!」
バン!と、コナタが机を叩いた。
「コナタ、さん....」
その威圧の凄さに、彼は戦いた。
「確かにこの人は師匠を殺そうとしたかもしれない!信用できないかもしれない!でも!でも、あなたは友達が目の前で殺されるのを知っていてなお、それを見過ごしたいと言うの!?現実逃避していたい気持ちはわからないでもないけど、もし彼女の言葉が本当なら....っ!!」
その通りだ。
もし、これが罠であったとしても行くべきだ。
だって、絶対にないとは言い切れないわけだし、何よりその可能性が大いに高い。
少し、多重スパイみたいな真似をしている彼女からは、信用しがたい情報だが、それでも──。
「俺はコナタに賛成だ。皆はどうだ?」
──それでも俺は、彼女を助けに行く。
それからは結局、最終的には全員が納得し、イザンから受けた依頼を遂行することになった。
未だ、彼の掌で踊らされていることも知らずに。
レンビは座ったまま剣を構える彼に魔法を放った。
接近して攻撃を仕掛けるのは、こちらにとって不利だと考えたからだ。
「アグレグリオ!」
彼の指先から巨大な濃い紫色の弾丸が連発される。
アグレグリオ。
有名魔法の中で、最も速く威力の高い斥力弾を放つ魔法だ。
その斥力は光をも切り裂き、時空の波である重力をも貫く、光速を越えた一弾である。
「遅いな」
しかし、彼は易々と、剣を振り回してアグレグリオの弾丸を弾いたり斬ったりしている。
最早物理法則なんて無視しているのだ。
(なら!)
魔法が意味をなさないと考えた彼は、魔法をやめ、修羅鬼を召喚した。
同時に、神核剣を発動する。
修羅鬼が高速で彼の懐に潜り込み、刀でフェンシングをするかのような突きを放った。
慣性質量やら風圧やら衝撃波やらがごったになって、老人を吹き飛ばすかのように思えた。
しかし、その瞬間には修羅鬼は消え去っており、目の前にはその老人が剣を振り下ろした態勢で止まっていた。
老人が何かを唱え始める。
「我、戦神の天使なり。汝、我が名に依りて使徒と化せ」
瞬間、レンビの目が大きく見開かれた。
刀によって斬り裂かれた体から、一瞬遅れて血が迸る。
そしてそれは、リュウのその言葉に合わせてうねり、魔方陣(魔法陣ではない)を形成した。
(服従の陣!?)
そして、それが彼の傷口へと入り込むと、ひとりでにその傷跡は消え去っていった。
そして、彼は気を失った。
次回「12」




