「01」魂魄
記憶関連の部分を変更しました。
学校で習うような──
↓
手続き記憶──
ルーオル山脈を東に迂回するのに1週間。
そこから、我がトマヤ国のアラズ県まで、沿岸沿いにモノレールを乗り継いで3時間。
そこから電車に乗り換え、スバル県まで6時間。
計、一週間と9時間かけて、俺たちは帰郷した。
いや、正確にはもっと時間がかかったかもしれない。
けど、そんな誤差はもはやどうでもいい。
因みに、乗り物に乗っている間、ククルんはとても気分か悪そうだった。
「う、ヤバい吐きそう....」
電車を降りたとたん、ずっと猫耳をしおらせていた彼女が、とても不快そうに口に手を当てていた。
その赤い瞳からは、随分と生気が抜け落ちているようにどんよりとしていて、いかにも目が回っているという表現が似合っていた。
「吐くなよ?絶対にここで吐くなよ!?」
「吐かないわよ!....前言撤回、さっきのでちょっとヤバさが増したわ....」
そう言うとククルんは辺りを素早く見渡して、近くにあった公衆トイレへと駆け込んだ。
「....御愁傷様」
俺はそんな彼女を見て合掌した。
その後俺たちは、荷物を置きに行くという理由で、一度解散した。
ちなみに、ククルカンとリレルは俺と一緒についてきた。
だって、実家が金持ちなんだし、活用しないわけにはいかないだろう?
閑話休題。
俺たちは家に行く途中、今はコナタが使っている体育館に行ってみることにした。
「肘は軽く曲げて、そこで受け止めて──そこ、突く時は脇を開かない!」
すると、体育館の中からコナタの声が聞こえてきた。
中を覗いてみると、結構な人数がそれぞれ練習や組み手や改良などをしていた。
(うわ、結構いるな。最初はリーシャだけだったのが、いまやひー、ふー、みー、よー、いつ....数えるのもバカらしい。多分ざっと50はいそうだな)
ここも数年前とは変わってしまったんだな....。
そんな感慨に耽っていると、ククルカンが俺の方を向いて、衝撃の言葉を発した。
「あの子、オルメスみたいだわ」
「....は?」
俺は、彼女の指差す方へ視線を向ける。
そこには、間違いなく、オルメス・トライデントがいた。
俺は、目を疑った。
彼女は死んだはずだ。
クローゼットに斬られて、真っ二つになって....。
心臓の鼓動が早くなる。
嫌な汗で、手が滲む。
一番最初に思い浮かんだ可能性は、双子の姉妹。
しかし、葬式に行った時に、彼女が一人っ子だったということがわかっている。
次の可能性は、そっくりさん。
しかし、彼女の体の動きや癖、衣装なんかも同じだ。
いくらそっくりさんでも、それはおかしいだろう。
そして、何より、コナタが彼女をオルメスさんと呼んでいる。
俺は耳を疑った。
同時に、死者が生き返る可能性を思考した。
しかし、全く心当たりがない。
回復の魔法を使ったとしても、それでもほぼ不可能なレベルの魔力が必要とされるし、そんな量の魔力を持つ存在なんて、俺は知らない。
「なぁ、リレル」
「何?」
「死んだ人間が生き返る方法、知ってるか?」
彼女は少し目をつむると、首を縦に振った。
「知ってるよ。でもどうして?生き返らせたい人でもいるの?」
生き返らせたい人。
いるのかいないのか聞かれれば、そりゃ、いるよ。
俺が生前、レレム・リルとしてバルスで暮らしていた頃の父親や母親、そして妹のクレア。
でも、俺が聞きたいのはそういうことじゃない。
「いる。でも、今聞きたいのは、そうじゃない」
俺は、ごめんと謝って、何でもないと告げると、その場を後にした。
(俺には、荷が重すぎる)
部屋に荷物を置き、チゼたちと一緒に鑑定屋に向かった。
「おぉ、よく来てくれたね、お嬢ちゃん」
そこには、残り少ない髪に白髪が増え、皺も出始めている、件の鑑定屋が居た。
「ずいぶんと老けたな」
「そちらはお変わり無いようで」
彼はそう言うと、前と同じような笑みを浮かべた。
それよりこいつ、今何歳なんだろう。
最初に会ったときも思ったが、結構老けて見えるからな、この人。
「それで、本題なんだが」
俺は直に言った。
「わかってるよ、お嬢ちゃん。じゃ、こっちへ来てくれ」
彼はそう言うと、俺たちをカウンターの奥へと案内した。
そこは、少し広めの研究室になっており、机には大量の資料が所狭しと並べ──いや、散らかっていた。
こんな状態でよくも調べものができたものだと、俺は若干の感心を抱いた。
鑑定屋が、それらの資料の内のひとつを俺に渡すと、彼は説明を開始した。
「結論から言おう。それには、人を生き返らせる効果が入っていた」
人を生き返らせるだと?
「どういうことか、説明してくれませんか?漠然としてて、あまりよく理解できないのですが」
チゼが少し真剣味を帯びた声で聞く。
「わかっている。それを今から説明するんじゃないか。全く、最近の輩はせっかちでいかん」
彼は、肩をすくめた。
隣にいるフレアはと言うと、目を輝かせて、その説明を聞く態勢に入っていた。
意外にこいつは知識欲旺盛なのだ。
魔法はそんなに使えないけどな。
「魂魄という物を知っているかな?」
「はい。確か、チャリナの方で有史以前にできた、人の魂と肉体について書かれた古文書、でしたよね」
「その通りだ」
ククルカンの回答に、満足げに頷く彼。
そして、彼は資料をパラリとめくって、ここを見てくれと、指で指し示した。
そこには、魂魄のある一節が書き写されていた。
『人、否、全生物は、死に始めると魂が肉体から剥がれ落ちる、魄離という現象が起こる。しかし、まだ体は死んでいない。ただ、魂が剥がれ落ちただけだ』
『魄離が起こると、その宿主となっていた肉体即ち魄が崩壊を始める。これを崩魄という。この崩魄によって、肉体が土に還ることで、初めて死は完成する』
「これが、どうかしたの?」
ククルカンが首をかしげて、そう聞いた。
「ここに注目してほしい」
彼はそう言って、一番最初の文を指でなぞった。
「ここに、死に始めると書かれている。ここで、魄離が起こった時点で、魂魄で言うところの『死が完成する』という現象が起こるなら、死に始めるではなく、死ぬ、と表現されるはずだ。しかし、この最後の文」
「この崩魄によって、肉体が完全に土に還ることで、初めて死は完成する?....あ、もしかして、魄離してから崩魄するまでは、まだ完全には死んでない、っていうことか?」
少し、上げ足取りのような気もするが、この最初と最後の文。
よく考えれば、そういうことなのかもしれない。
(でも、これが本当なら、あの赤い液体はいったい何なんだ?)
俺の疑問を知ることもなく、彼は話を進めた。
「その通り。それで、この次の資料なんだけどね?」
そしてまた、ページを変えると、そこには、ある薬の製造法が、写真として写されている。
さすがに、何千年も前の資料だからだろうか、文字が薄れて読みにくい。
というより読めない。
しかし、その隣には、それをちゃんと綺麗に書き写したものが載せてあった。
「これ、魔獣を一撃で倒すことで、その圧縮した魔力を抽出して作っているらしいんだ」
俺がマロックスやメテウスを倒したときは、等しく一撃だった。
しかし、それでは魔力を抽出したことにはなっていないんじゃないか?
俺の疑問は、深まるばかりだ。
彼はニヤリと笑うと俺の顔に視線を向けた。
(な、何だ?)
「魔獣というのは魔力の塊だから、必ず近くに魔力を産み出せる存在が必要になってくる。魔力は、魔素を水と熱することで出来上がる。しかし、熱が多すぎると、魔素は分解されてしまう。故に、魔力を作る存在が必要なんだ」
魔力を作る存在....。
人類以外にそんなものがいるのか?
「そもそも、魔力を人間が作れるようになったのは、マギと呼ばれるウイルスが、人間の遺伝子を改竄したからと言われているんだ。そして、そのマギは、今も存在する」
彼はそう言うと、棚からとある試薬瓶を取り出してきた。
そこには、青く光る粉が大量に入っていた。
「これがマギだ」
綺麗、という声が、後ろから聞こえた。
ククルカンとリレルだ。
「綺麗だろ?で、こいつ。調べてみると、とある素粒子を作り出して、魔素を発生させる器官をもつマギと、魔素を取り込んで魔力を発生させるマギの二種類がいることがわかったんだ」
その魔力を発生させるのが、これだな。
彼はそう言って、もうひとつの試薬瓶を取り出した。
こちらの試薬瓶に入っているのは、黒い粉だ。
しかし、青いマギより、量が圧倒的に少ない。
「黒いマギ。だから、俺たちはバギと呼んでいる」
彼は、二つの試薬瓶を机の上に置くと、資料をさらに数ページめくった。
「この、マギとバギの関係によって、魔力濃度の濃い場所と、薄い場所、はたまた、魔獣が発生する原因がわかったわけだ」
その後、彼はこの赤い液体の構成と、バギが作り出す魔力の在り方や、その命令文、魂魄に描かれた薬の調合方法等を色々と研究したそうだ。
結果、この液体には、魄離した魂を呼び寄せ、再び肉体に入れる、所謂、入魂の効果があることに気づいたそうだ。
それから、その効果を実証するためにオルメスを選んだ。
理由は、俺の仲間だということを知っていたからだそうだ。
しかし、そこで問題が発生した。
火葬したあとでも、これは有効なのかどうかと。
だが、ここには土に還るまで、と記されている。
一か八かで、骨の一片にこの薬を使用した結果、見事、肉体は元に戻り、魂は再び戻ってきた。
次に、蘇生後の状態を、とある実験施設に連れていき、観察することにしたらしい。
すると、手続き記憶以外は全て忘れていた事がわかったのだ。
「──つまり、自転車の乗り方や魔法の扱い方は覚えているが、その他が記憶喪失状態になっていたんだ」
俺は、そのことに絶句した。
さらに調べたところによると、食生活が変化していた。
普通に腹が減れば、人と同じものを食べる。
しかし、あることが条件で、彼女は吸血行動をとるようになるらしい。
「やはり、ヴァンパイア・ドラッグだったか。その薬」
リレルはそう言うと、その薬を手に持った。
「ヴァンパイア・ドラッグ?」
鑑定屋が聞き返す。
「ヴァンパイア・ドラッグ。それはね──」
長くなったのでカットします。
次回「02」




