「23」 我は千里の道を行く エピローグ
数週間後。
俺たちは、アシロ帝国皇帝、アルドルフ・テイラーに呼び出され、アシロ城応接間にやって来ていた。
「噂は聞いているぞ。お前がヤナギ・チホだな?」
応接間の奥には、無精髭を生やした、白髪のオッサンもとい、アルドルフ・テイラーが座っていた。
「もったいないお言葉、ありがたく頂戴します。皇帝アルドルフ殿。して、どのようなよう件で、お呼びになったのでしょうか?」
すると、彼はハッと鼻で笑い、すぐに真剣な目でこう言った。
「この国にいる殺人鬼を知っているな?」
「ええ、その通りでございます」
すると、彼はニヤリと笑った。
「そこで本題なのだが、ヤナギ・チホ。お前、一人でその殺人鬼を退治してはくれないかな?」
は?一人で?なぜに?
「そいつは今、神殿の地下闘技場にてとらえている。ヤナギ、お前が殺せ」
なぜそんな回りくどいことをするのだろうか。
おそらくとは思うが、これは、貴族たちの見世物なのではないだろうか。
殺人鬼と英雄、戦ってどっちが勝つか、賭ける。
確か、イルスの貴族はそういうことをすると、名前を忘れたイルスの王女が言ってたな。
「拒否した場合は?」
俺がそう言うと、彼は杖をとんと床についた。
すると、目の前にスクリーンが垂れ下がり、映像が映し出された。
そこには、リーシャが縄でぐるぐる巻きにされている映像が映っていた。
何度か映画で見たことのあるシーンだ。
まさか、実際に見るとは思いもよらなかったが。
「なるほど、そういうことですか。拒否した場合、リーシャを殺すと」
「話が早くて助かる。無論、引き受けてくれるなら返してやろう」
うわ、汚ぇ....。
それでも王かよ。
(....分身を使えば、なんとか捜索はできそうだが、下手に動くと彼女の命が危ない)
大人しくしたがってやるか。
「....わかりました」
仕方がない。
今はリーシャの命が先決だ。
俺は、その申し出を受けた。
つーか、何こいつさらっと誘拐なんて犯罪を犯してるんだよ。
国の一番上がこれでは、世も末だな。
そして、神殿地下闘技場。
に、入る前に、俺はこっそり、出入り口に分身を隠しておいた。
もし何かあったとしても、分身転移で脱出する魂胆だ。
そして、俺は地下闘技場へと連行された。
大勢の貴族が歓声をあげる中、有刺鉄線で囲まれたフィールドの中に、例の恥女がいた。
「またあったな、恥女」
「....」
だよな。
覚えてるわけないよな。
彼女を繋いでいた鎖が、がちんという音と同時に消滅した。
恥女が、狂った様子で、こちらを睨み付けてきた。
(なんか、最近、グダグダだな)
そんなことを思いながら、俺は彼女に向き合った。
瞬間、彼女の姿が消えた。
同時に、剣無しで崩壊剣を使って、闘技場をめちゃくちゃにした。
一気に歓声がやんだ。
「これでいいですか?」
俺がそう言うと、周りの貴族たちが、ふざけるな!と口々にブーイングを飛ばしてきた。
「うるさい、黙れ」
少しだけ気を混ぜて一言そう言うと、やつらはしんと静まった。
まあ、目的は果たせたし、良しとするか。
そういえば、あれは誰が捕まえてきたのだろうか。
「ひとつ聞いていいですか?」
俺は静まり返ったコロシアムの中心から、そこで見ているであろうアルドルフに話しかけた。
しばらくすると、小太りなおっさんが、台の上から答えた。
「はい、なんでしょう?」
「あれをお前らはどうやって捕まえたんだ?」
疑問だ。
あんなにもすばしっこい奴を、どうやって捕まえるというのだ。
「勝敗がついてから、お答えしましょう」
彼がそう言うと、指笛をひとつ鳴らした。
すると、崩壊剣の影響で崩れ落ちたコロシアムの瓦礫から、ごとりという音と共に、えの恥女が無傷で現れた。
(初見で回避したのか。それに、それを見破ったあいつの目....)
フレアでも見切るのは難しいだろう。
なら、彼のあの答えは、何か裏があるということか。
恥女がむくりと起き上がると、こちらを見た。
瞬間、未来視を発動させる。
目の前に奴が飛んでくる。
俺はそれを横に体を捻って回避する。
とても攻撃できる時間なんてなかった。
少し捻曲がった太い有刺鉄線の檻の天井に足をかけた。
「──」
俺は魔法を詠唱して、カーボンナノチューブ製のワイヤーを生成し、それを槍状に組み立てた。
ほぼ同時に、彼女は俺に跳びかかってきた。
彼女はワイヤーを組み立てて作られた槍に貫通された。
彼女が、槍を形成したワイヤーに内側から破壊されていく。
そうして、彼女は死んだ。
ハーレイの屋敷に帰ってきた頃には、既に空は夕闇に染まっていた。
俺は、部屋に戻ると、すぐにベッドにゴロリと横になった。
ピロン、と、端末からメールの着信を告げる音を聞いた。
(なんだろ?)
メールを確認する。
『例の赤い液体の正体がわかった。至急、トマヤ国スバル県鑑定所まで来るように』
(赤い液体?なんのことだ?)
添付されていた画像を開く。
そこには、小瓶に入れられた赤い液体が写っていた。
チラリと、昔の記憶が刺激される。
それは、あの冬の日。
まだ5才位だったころの、大森林で、マロックスを倒した、あの日。
小学生の頃、コナタとリーシャと共にプールに行ったあのときに倒した、虎の魔物から出たあの赤いドロップアイテム。
(あぁ、あれか。もうどうでもいいや。しかし、鑑定を依頼したのはこっちだしな。なんか金貰えるかもしれないし、一応行っておくか)
俺は、そんな風に思考をまとめて、旅支度をした。
だって、アルドルフのせいで、なんかこう、イラッとしたものがたまってたものだから、いち早くこの国から出たかったんだよね、うん。
そうして、俺はチゼとフレアとククルカンとリレルを連れて、この国を後にした。
当然のようにルーナもついてこようとしていたが、イルグイツさんにひき止められてしまった。
よかった、ついてこなくて。
俺は、心底胸を撫で下ろした。
ここまで読んでくれた読者に感謝を。
我は千里の道を行く ━終━
次章、黄泉帰りの使徒「01」




