「22」我は千里の道を行く4
ハーレイ・ペンドラゴンとの模擬戦。
それが、俺の望むものだった。
「ははっ。これはこれは。頭のネジがとんだ狂気英雄殿。なかなか、面白い提案です。良いでしょう、その申し出、受けてたちます」
周囲の静寂を破るように、彼女、ハーレイ・ペンドラゴンはそういった。
「しかし、条件があります」
条件?何だ?一体、どんな条件が──
「魔法などの使用を禁止、正々堂々、体術のみの勝負といきましょうか」
魔法抜きの、体術勝負ときたか。
実際問題、俺の強さは、魔法による身体強化に依るところが多い。
それを抜きでやるとなると、俺としては、相当なハンデを食らうこととなる。
しかし、それで勝たなければ、レンビには勝てないだろうな。
魔力妨害対策として、そういうのも体験しておいた方が良さそうだ。
しかし、この頭のネジがとんだ狂気の英雄というのは、やはり悪口にしか聞こえないな。
「では、その条件を呑む条件として、俺が勝ったら、頭のネジがとんだ狂気の英雄という呼び名で呼ばないでいただきたい」
これができないなら、最低限身体能力強化と回復の魔法くらいは使わせてもらおう。
「いいですよ。それでは日付を決めましょう。何時が良いですか?」
そうだな、今からの方が、今からでも戦いたい。
そして、今すぐそのあの呼び方を止めてもらうのだ!
「今からお願いします」
すると、彼女は、ははっと笑うと、良いでしょう、ついてきてください。と、俺をどこかへと案内した。
俺が案内されたのは、この屋敷の地下にある闘技場だ。
なんで屋敷の地下に闘技場があるのかと聞いてみたところ、彼女の趣味なのだそうだ。
チゼたちは、アンナに連れられて観戦席に座っている。
「得物は、好きに選んでくれるといい。何にする?」
ハーレイがそう言って、武器を並べる。しかし、
「いえ、結構です」
俺の考えた針という武術は、武器を使うと、取ることが出来る選択肢が狭まるため、武器を利用した技が少ない。
ここは、俺が一番使いなれている無手で行こうかと考えたのだ。
しかし。
「いくら貴女が人類の英雄と言えど、得物を持っていない相手に剣を向けるのは、私の騎士道に反します。最低限、何か持ってください」
ふむ、まぁいいだろう。
武器を持つことくらいは許してくれるなら、その言葉に甘えるというのもいいかな。
俺は、ずらっと並べられた武器を見渡した。
(使いやすそうなものがないな....)
「持参しているものでもいいですか?」
「ええ、それが魔法の道具でなければ」
俺は鞄の中を漁った。
中から一番使いやすそうなものを探し出す。
(武器になりそうなものは....っと、食器くらいしか無いな....)
はたして、それで本当に戦えるだろうか。
(....なんとかなるだろう)
俺はそう心に決めて、鞄からそれを取り出した。
「では、これで」
「....バカにしてますか?それ、どう見てもフォークじゃないですか。やはり、頭のネジがとんでいるようですね、貴女は」
そう、俺が取り出したのは、鉄製のフォークである。
食器である。
しかし、フォークをなめてはいけない。
力学的に計算して、ちゃんと扱えれば、下手な剣より強力な武器になるのだから。
むしろスプーンじゃなかったことを喜んでほしいくらいだね。
俺はニヤリと微笑み、フェンシングをするかのように、それを中段に構えた。
「ノホニ系武術針開祖、ヤナギ・チホ」
「四天流17台目当主、音速剣ハーレイ・ペンドラゴン。推して参る!」
ハーレイの気合いが、闘技場に響き渡った。
剣道でいうところの遠間の間合いから、彼女がフェイントを入れて剣を降り下ろしてくる。
俺はそれをフォークを使って流す。
フォークが折れないように、細心の注意を払って動かした。
流すと同時に、彼女の剣に陰をかけながら、彼女の重心を崩し、投げ飛ばす。
針流『接点投げ』だ。
瞬間、彼女に隙ができた。
その瞬間を狙って、俺は彼女のうなじ、アモンのツボと呼ばれている部位にフォークを突き立てた。
「そこまで!勝者、ヤナギ・チホ!」
いつの間にか審判に回っていたアンナが、勝敗宣言をした。
秒殺だった。
「やりますね、流石『踊る骨折の死神』と呼ばれるだけはある」
それからというもの、俺はハーレイから頭のネジのとんだ狂気の英雄とは呼ばれなくなったが、踊る骨折の死神という呼ばれ方に変わってしまった。
「だから、その呼び方も止めろぉおおおおお!!」
俺の絶叫が、広い闘技場に響き渡った。
接点投げの原理
自分一人としての重心は、自分が身に付けているものを含めた上での重心である。
そして、それは相手も然り。
その二人が互いに武器を接しあっているとき、二人の身に付けているものと接点から、総合的に一つの物体として計算し、そこから、第三の重心を導き出す。
そして、自分の重心(第一の重心)を移動させることによって、総合的に、相手の重心(第二の重心)を移動させ、同時に第三の重心も移動させることによって、第二の重心を崩す。
これによって、相手は投げ飛ばされることになる。
結果として、端から見れば触れた瞬間、相手が宙を舞っているように見えるのである。
この技には、触れただけでその物体の質量や密度を完全に把握する技能の高さや精密さが要求される。
これぞ、針流奥義『接点投げ』である。
次回「23」




