「05」引き金、世に再び持垂らす
「ただいまー」
家に帰ってすぐ、俺は布団を敷いて横になった。
生前はよく好んでソファーの上で寝ていたのだが、この家にはそれがない。
国柄全体、揃いも揃って和風仕様なのだ。
俺は仕方なく布団の上で寝ていた。
(はぁ....周りのやつら、雑魚ばっかりだ。そんなに我流は強くなかったはずなんだが....。いや、向こうでは未来視が普通だったから、そう思うだけか)
常に未来を見て行動できるというのは、それほどリーチがいいということなのだろう。
俺は起き上がると、後ろ髪を括っていたゴムをはずし、机の引き出しの中に入れた。
ふと、目を横にやると、紙切れが置いてあった。
そういえば、最近地理を忘れかけていたからって、この前買ったんだっけ。
たしか、その時お金がなかったから、大森林で魔物狩りをして、その報酬金で買ったんだよな....。
(魔物狩りか。明日は大森林に行くか)
そして、俺は寝た。
翌日。
俺は端末で、リーシャに魔物狩りに行こうと誘った。しかし、生憎彼女は、今日は幼稚園に行くということで、誘えなかった。
(そういえば今日は月曜日だったな。じゃあ、あと5日は無理か)
この国がある大陸では、1週間を7日として、1ヶ月を4週間、一年を12ヶ月としている。
この国は赤道直下の国だが、北にあるルーオル山脈のお陰で、季節風というものが吹いている。
そして、大森林の魔力濃度の影響で、この国は赤道直下であるにも関わらず、四季があり、冬があってちゃんと寒いのだ(季節風と魔力濃度の影響で、本来の四季より変化が濃いらしいが)。
そして、大森林の影響で、ひとつの季節が一年続くのだ。
今年は冬の年だ。
今は大森林辺りは雪が降っているだろう。
そして、冬の大森林は、強い魔物がいるのだ。腕試しにもってこいだろう。
このことをアサヒとヤチカに話すと、余計ダメだと言われた。
まあ、普通に考えれば、5才の、本来ならば幼稚園児である俺を冬の大森林なんかに連れていくわけがないか。
それに遠いし。
(でも、このままだと力が鈍ってしまう。こっそり出掛けよう)
そして、俺は冬服を着込み、窓から飛び降りて、というのは、流石にこの体では無理だろう。
流石にそんなことをしたら死ぬ。
いくら受け身をとれても死ぬ。
だから、堂々と、透明化の魔法を使って正面から家を出た(どこが堂々なんだ!)。
家を出て、ひたすら大森林へ向かって走り続けた。二年間の走り込みが功を成して、ほとんど息切れがなかった。
家から大森林までは30Kmくらいある。
俺は道中に休憩を入れて、大森林へと向かった。
「ふぅ、やっとついた。それじゃ、始めよっか」
俺は腰のナイフをとって、未来視を使いながら、中に入る。
バルス国は、世界一広いノホニ樹海の中にある。
そのため、樹海で迷っても必ず帰りつけるようにと、帰還の魔法というものを最初に義務として教えられる。
そして、それをすでに試しているため、この体でも使えることは知っている。
しかし、慢心してはいけない。
バルスでも、たまに大人の人たちですら、魔力切れで使えなくなって途中、魔物に殺されるということもあった。
あそこは魔力濃度が薄く、そのため魔力の回復速度も遅いため、あまり魔法は使えなかったのだ。
そのため、少量の魔力で大きな効果を出す工夫がされていた。その一つが未来視だ。
俺は木に切り傷をつけながら先に進んだ。
しばらくすると、シロクマが現れた。
たしか、名前は「マロックス」。テレビで大人が三人がかりで倒しているのを見たことがある。
マロックスが俺を発見するまで、あと2秒。その間に、俺は急速に接近し、背中に跳び乗ってうなじにナイフを突き刺した。
クマが暴れだす。
(2秒経過)
突き刺したナイフを捻って、抉って、ナイフを引き抜くと、赤い体液がどぱっと吹き出してきた。
ここでどれ程の筋力と集中力を必要とするのか、実際に熊にあった奴ならわかるだろう。
しかし、この世界には魔法がある。
もはやそんなことはそれで解決してしまうのだ。
クマが静かになると、俺はそいつから降りた。
「殺ったか?」
そう呟くと、マロックスはドタンと音をたてて倒れた。
マロックスが光の粒になって消えた。
「たしか、魔力濃度の高い地域に生息する一部の高レベルな魔物は、魔力が固まってできた現象、なんだっけ。これが所謂それか....」
5歳の子供が、大人が三人がかりでやっと倒した魔物をわずか2秒ほどで倒すってのは、末恐ろしいものだな。
いや、正確には倒れるまでそれから数秒用いたのだが、実際にはその一撃で仕留めたのだし、二秒でいいだろう。
そんな感慨に耽っていると、光の粒の中から、赤い液体の入った小瓶が出てきた。
(ドロップアイテム....。バルスでは無かったのにな、こういうの。やっぱり違うな、魔力濃度の差が)
俺はそれを鞄の中に入れた。
空を見上げると、すっかり空は雲に包まれており、そろそろ昼時かもしれない空気が流れていた。
ふと、端末で時刻を確認する。
そこに映っている数字の並びは、13:00を指していた。
「やばっ!」
俺は即座に帰還の魔法を使った。
着いた先は、体育館の中に作った「ワープベース」だ。
俺は即座に着ていた防寒着を脱いで、鞄をクローゼットの中に入れると、服を脱いで袴(革鎧つき)に着替えて外に出た。
「チホ!どこ行って......って、また道場にいたのか。しかしおかしいな、さっき見たときはいなかったんだが....」
「き、記憶違いじゃないかな?ア、アハハハハ....」
(帰還魔法のこと教えないでよかった。教えていたらばれてただろうな、たぶん)
「そうか、そうだよな」
(ふぅ、なんとかごまかせた)
これで騙せるアサヒもアサヒだな。
そう思った瞬間だった。
昼食後、俺は午前の狩りで手に入れたあの小瓶を、鑑定士のところへと持っていった。
「これは....。見たことがありませんね。お嬢ちゃん、いったいこれをどこで見つけたんだい?」
ハゲ頭のじいさんが、モノクルの端についたつぼみをくるくると回しながら、あの赤い液体の入った小瓶を観察する。
「大森林で、マロックスを殺ったら出てきた。ドロップアイテムだ」
「マロックスからか。こんなのは聞いたことがないからな。この液体、半分だけおじちゃんにくれないかな?検査してどんな効果があるか調べなきゃならんのでな」
彼は俺にその瓶を返しながらそう聞いた。
「おこづかいくれるならいいよ、それ、俺が倒した奴から出てきたものだし」
そういうと、彼はかわいいものを見る目で、あっはっはっはと笑った。
(予想はしていたが、実際されると腹が立つな)
「いや、ごめんよ?知ってるんだ、お嬢ちゃんがあの道場でお稽古してるの。アサヒさんからよく聞くんでね」
(じゃあなんで笑ったし!なんで笑ったし!)
ムスッとした顔で鑑定士を睨み付けると、彼は笑顔で、銀貨を十枚くれた。
日本円に直すと、銅貨一枚十円、銀貨一枚五百円、金貨一枚一万円、白金貨一枚十万円の価値がある。
「そんなにいいの!?」
驚いて聞く俺に、鑑定士が頷いた。
「もちろん。あと、今度うちの孫がお嬢ちゃんの道場に行くから、よろしくね?」
しまった!
俺の目的は、あいつを殺す、復讐だったはずだ。
そのために、この国の人間を洗いざらい調べあげ、奴を発見して殺す、バルス人を悪魔と呼んだこの国のやつらを殺す....が、目的なのだが....。
いや、待てよ?
そもそも、髪の色が同じなだけで同じ種族とは限らないのではないか?
たしか、ノルスやアルスの国では、髪の色は褐色だとテレビで聞いた覚えがある。
「どうしたんだい、お嬢ちゃん?」
「あ、はい、わかりました。そのお孫さんの名前を聞いてもいいですか?」
「コナタっていうんだ。年はお嬢ちゃんよりお姉さんだよ」
「そうですか、わかりました。では、コナタさんに伝えておいてください。月謝は銀貨三枚だと」
ちゃっかりお金を回収するところ、やはり俺も金が好きなんだな。
俺はそう言うと、瓶を差し出した。
「ありがとな、お嬢ちゃん。しっかりと伝えておく」
小瓶の中身が半分減ったが、その代わり銀貨を十枚もらった。こんな大金を持ったのは、転生してはじめてだ。
俺は体育館につくと、ワープベースのクローゼットに鍵をかけてお金と瓶を入れた。
「これでよしっと。さて、コナタとかいうのが来るんだったな。服を用意しないと。あ、でもサイズがわからんな。服は来てからでいいかな。あとは、もうそろそろアレが始まるな」
アレというのは、最近、俺がはまっているバラエティー番組だ。
とある冒険者が浮遊城と呼ばれる空中城塞、古代人の遺跡を探検する、という内容だ。
浮遊城と呼ばれているが、実際は浮いているのではなく、ほとんどはとても高い山の頂上にある。
それらは魔力濃度が非常に高く、ゆえに強い魔物がばっこしているのだ。
マロックスを知ったのは、この番組の最初、大森林にある第二浮遊城へたどり着く前のプロローグにのっていたからだ。
俺はリビングに入ると、兄、ケントが座椅子に座ってテレビを見ていた。
見ているのは、剣術大会をモチーフにしたアニメ。
そして、付け足すならば現在録画中のものだ。
ケントは今年で18になる。対して、俺は現在5歳だ。兄とは全く会う機会がなかったため、兄というより、たまに来るお客さん程度にしか見えない。
しかし、兄は兄だ。
「にぃ。それ今録画してるやつだよね?だったらテレビ代わってよ」
テレビがあると、よくチャンネルの取り合いが起こる。それはどうやらどこも同じようだ。
「今いいところなんだ、あとにしてくれ」
「仕方ない、実力行使だ!」
俺は、貸してくれそうにないリモコンを、ケントから奪うことにした。
俺は長年鍛えた足の速さには自信がある。
一気に彼に詰めよって、身長の低さを無視して大ジャンプ。
一瞬の後にリモコンを取り上げ、受け身をとって床に着地、同時にチャンネルを変えてフィニッシュ!
『見てください!グレートアントです!これは大きい!』
テレビのレポーターが実況する。
そのテレビの中にいたグレートアントは、大人の身長の約二倍はあった。
「....お、おい、チホ、さっきの、なんなんだ?」
「身体強化の魔法と移動制御、慣性制御の魔法、飛躍の魔法を使った」
どこに自分の足の速さが関わってるんだよ!というツッコミはとりあえず置いておこう。
だって、面白いことに、ケントは口をパクパクさせているのだから。
「今はとても気分がいい」
夕食の時間。俺はそう話を切り出した。
「にぃからリモコンを奪ってやったんだよ。にぃも俺より弱いね!マロックスに出会ったら瞬殺されるよ?」
「そう!それ!チホのやつ、5歳のくせして4つも魔法を繋げられるんだぞ?!魔法を使えるだけですごいのに、こいつは....」
ここでマロックスには何も触れないのはなぜだろう。
「仕方ないよ、俺とにぃでは才能が違うから」
「ぐっさああー!チホ、飯食ったら道場で勝負な!」
「18歳ともあろうにぃが、5歳の俺と勝負を持ちかけるって、バカじゃないの?」
「ばっ!?バカってなんだよ!?」
「熱くなりすぎるな、それが俺の我流武術の心得その一だ。熱くなっては正しい判断ができなくなるからね!」
「こいつ、ホントに5歳か?」
「確かめてもいいよ?俺は5歳だ」
「そんなこと言う5歳はいねぇよ!」
「いるよ、ここに!」
という感じでワイワイと夕食をみんなで食べるのであった。
ちなみに、食後に勝負したら、ケントは4秒でノックアウトした。
次回「06」