「19」我は千里の道を行く
俺たちは温泉から上がると、先程からずっとキリキリしているルーナと共に、部屋へ戻っていた。
「殺す、殺す、絶対殺す....」
何故か物騒な言葉を並び立てているルーナに、俺は尋ねた。
「なぁ、何でそんなに怒ってるんだよ?もしかして、さっきのことを根に持ってるのか?」
「チホ、それは違います!私は、あの男に矛先を向けているのです!」
ルーナの視線の先をたどると、そこには、ボルグ(体表面の魔力の流れを活発化することで結界を張る魔法。カラドとも言う)を張って、三角座りをして頭から毛布を被って怯えているチゼの姿があった。
「あいつが何かしたのか?」
風呂場で男女の喧嘩、おまけにあの有り様。
大体予想はつくが、一体、いつそんなことをやらかしたのだろうか。
「覗きです....!」
やっぱりか。
(だってこいつ、前科あるしな)
「あぁ、なるほどな。それでチゼがあーなってる訳か」
フレアが納得したようにウンウン頷くが、暫くすると、彼女の表情は凍った。
「覗き、ってことは、私も見られてたわけか?」
フレアの目が赤く光った。
それはもう、自分の赤毛並みに、いやそれ以上に。
「いや、違う!覗いてなんかない!ただちょっと....」
「「ちょっと?」」
改めて思ったけど、女って怖いな。
なんと言うか、こういうときのオーラに凄みがある。
「あれは不可抗力といいますか!!いっ!?ふ、フレアさん?な、何で剣を構えてるんですか!?あとルーナさん、その手に持った紫色の毒っぽい気体は何ですか!?」
「お前を斬るためだよ」
「気体のヨウ素ですが、何か問題でも?」
フレアは剣を居合い腰に構え、ルーナは紫色の気体を手元でちらつかせながら彼へと迫る。
巻き沿い食らいたくないな....。
因みに、気体のヨウ素は有毒ガスなので、間違っても良い子は吸引しないでネ?
俺は、巻き込まれたくないので、ベランダへ出た。
外にはしんしんと降り続ける雪が、街の明かりを受けてキラキラと輝き、遠くに見える山を白く美しく染めていた。
そして、そのふもとで淡く輝く街並みが、それにとてもマッチしていて、まさに絶景だった。
「はぁ....いい夜だ」
ため息の後に発せられたそんな俺の声の後ろから、チゼの悲鳴さえ、聞こえなければ、俺はもっとこの景色を好きになれるだろうけどね。
そしてその頃、トマヤ国のチホの体育館では。
「せやぁ!」
「せぇい!」
竹刀の打ち合う音や、拳を打ち合う音が、大量に聞こえてきていた。
今はコナタがこの体育館で、チホの使っていた我流・針を教えている。
門下生は3000人。
今では、名の知らない者はトマヤでは一人もいないほどに有名になっていた。
「ありがとうございました!」
コナタは、一日に何百という教え子を見ている。
その中で、もうすぐコナタと同レベルになりそうな人材が、1人いた。
黒髪でショートヘアー。
得意な魔法は天候操作系の魔法。
夏服がないのか、いつも冬服を着ている真面目な子。
当初はおどおどしたイメージの強かった彼女。
「よく頑張りましたね、オルメスさん。来週も、また来てくださいね」
「はい!」
オルメス・トライデントだった。
次回「20」




