「17」ラズの街
アシロ帝国ランドルフ領の最西端にある港町から、帝都テイラーへの道の途中。
俺たちは、ランドルフ領を出て、1つ隣にあるアイン領最北端の街、ラズに来ていた。
ここら辺りになってくると、もう既に真冬の様に寒い。
なので、俺たちの服装は、現在、真冬仕様で厚着である。
この街では温泉が有名で、旅行客で昼夜賑わい、そのため旅館が沢山あるんだとか。
その話をルーナから聞いたリレルは、「せっかくだし、今日はホテルじゃなくて温泉旅館で体を休めようよ!」とはしゃいでいた。
まぁ、彼女がはしゃいでいるのはいつものことだが。
しかし、温泉か。
この男女比(1:5)で、何かハプニングでも起きたりしないだろうか。
生前見たアニメでは、こういうハーレム状態の時の温泉では、確実と言っていいレベルでハプニングが発生していた。
ここにオルメスもいれば、その確率もはねあがったのにな....。
じゃねぇ。
間違えた。
彼女がいれば、もっと楽しかったかもしれない。
もっと賑わっていたかもしれない。
あんな、変な気持ちにならなかったかもしれない。
俺は、雪が降りそうな曇り空を見上げながら、そんな気持ちになった。
ダメだダメだ。
あいつはもう死んだ。
この世にはもういない。
あの日、葬式行っただろう。
思考が暗くなっていくのを防ぐかのように、俺は頭を振った。
「どうした、暗い顔をして?」
チゼが訝しむ用に聞いてくる。
どうやら心配してくれているらしい。
なぜだろう、少し嬉しい気がする。
(気分が晴れた訳ではないが、彼らに気を使わせるのも悪いだろう)
俺はそう思い、誤魔化した。
「ちょっと寒いだけだ。気にするな」
しかしチゼは、それを俺が体調不慮を訴えていると思ったらしい。
彼は心配そうにこちらを見下ろして、言った。
「風邪か?だったら早く旅館に入ろう。そこでなら暖房も効いているだろうし」
「え!?いや、あ、そういうことじゃ....まぁ、いっか」
そんな様子の俺を怪訝そうに見るチゼの横を通りすぎて、俺は手短な所にあった旅館に入った。
「一部屋一泊銀貨五枚だ。食事つけるなら、一食銀貨5枚」
計銀貨十枚(五千円)か。
意外と安いな。
いや、ここは客もよく来る。
これくらいの値段であれば、元は取れるし稼げるということだろうか。
「一部屋で一泊、食事は夜と翌日の朝の二回で頼む」
「銀貨十五枚(七千五百円)だ」
財布から金貨を一枚取り出して渡した。
「あいよ、お釣銀貨2枚ね」
「ん?三枚足りないですよ?」
銀貨は二十枚で金貨一枚分だ。払ったのは銀貨15枚。お釣りは銀貨5枚のはずだ。
「ありゃ、あんた異邦人かい?この街は自治区になっていてねぇ、価格の5分の1の税金がかかるんだよ。こっから帝都手前のローレン領までだと、税金が二分の一になって、帝都まで行きゃ、税率は100%になるらしいよ」
税金か。なら、仕方ないか?
そう思ったときだった。
「チホ、そいつウソついてるよ。私、帝都で暮らしてるから知ってるもの。この国は税金を敷いてないわ。騙しとられてるよ」
ルーナが受付のところに入ってくるなり、そう言った。
「ルーナ・ペンドラゴン様、なぜここに!?」
「観光よ。それより、騙し取った銀貨三枚、返しなさい」
「危なかった。助かったよ、ルーナ」
「ヨメの危険を遠ざけるのは当然の義務ですから!」
彼女はえっへんと両拳を腰に当て、胸を張った。
いつも付きまとってうざいと思ってたけど....。
でも、こいつがいなかったら、俺はこの先も金鶴になっていたのか。
改めて、感謝しないとな。
「ありがとう、ルーナ」
「!!!ど、どういたしまして....」
言うと、彼女はそっぽを向いてしまった。
「しかし、何でペンドラゴンが帝都で?」
たしか、ペンドラゴンってイルスの北の方の貴族だよな?
「お父さんが、アシロの人で、ここの帝王様、アルドルフ・テイラーの親友だったから」
こいつ、帝王の親友の娘だったのか。
「ねぇ!」
「ん?」
「帝都に行くなら、私の家に寄ってかない?」
「....わかった」
コネは欲しいし、助けたわけだからなんか報酬とか貰えるだろうし、行くことにマイナスはないだろう。
それに、恥女の視線の先。
もしかしたら、ルーナを狙ったものだったかもしれない。
いつかアイツに会えるなら、その前にアルドルフとかいう奴とも会っておきたいしな。
「ありがと!」
エントランスルームで待っていたフレア、チゼ、ククルカン、リレルの四人に、部屋の位置を教えた。
「は!?一部屋でこの人数で寝るのか?!」
「何か不満か?」
男なんだし、女に埋もれるのは不満はないと思ったんだが....。
「いや、だって居辛いだろ?」
ヘタレかこいつは。
部屋の位置は三階。
ここからはローレン領とアイン領を隔てる雪山を一望できる。
「へぇ、結構いい景色なんだな、雪山って」
ちなみに、この部屋はルーナが宿屋の詐欺のお詫びと、相手が貴族であるということで、今空いている部屋で一番いい部屋を利用させてもらっている。
俺も、公爵になったんだし、身分証明としてあの杖を使えばよかったな。
俺がそう後悔していると、リレルが叫びだした。
「そんなことより温泉!温泉行こう!」
「え、もう行くのか?もう少しここで休んでからでも....」
フレアが鞄を置きながらそう言った。
確かに、行くにはまだ早いかもしれない。
「昼間と夜の二回入って違いを調べたいの!行ってくる!」
彼女はそう言って、何も持たずに出ていった。
(さすが風呂好きだな)
俺はそう思いながら、彼女を見送った。
ちなみに、彼女はマジックバッグを持っていない。
異次元生成が使えるし、何より第一浮遊城へ行っていなかったからな。
後半だけ同じ理由で、フレアもマジックバッグを持っていない。
なので彼女の鞄は少し大きめなのだ。
「心配だから、俺もちょっと行ってくる」
「勝手に女湯入ったり覗いたりするなよー」
「しねーよ!?」
チゼはそう突っ込むと、リレルの後を追った。
暫くすると、二人とも帰ってきた。
何でも、『現在、清掃中にて、関係者以外立ち入り禁止』という札が掛かっていたらしい。
次回「18」




