「10」浮遊城 5
リーシャにこれまでの事情を話させてもらった。
まず、なぜここにリーシャがいるのか。
「えーっと、お父さんのお手伝いでね?転移鏡を作ってたんだ。それで、成功かどうか確かめるために、ついでにチホをびっくりさせるために、チホの近くに転移するように設定して、ここまで来たんだよ!驚いたでしょ!?」
驚いたよ。
だって、普通鏡から人が、しかもリーシャが出てくるとは思わないだろ。
(っていうか、明らかに後者の方が目的だっただろ!)
「それにしても、チホ。高校で会ったときも思ったけど、相変わらず身長低いね!」
「ぐっ!俺、それちょっと気にしてたんだぞ!?傷ついたじゃないか!」
彼女の発言に、少し心が傷つく俺。
それを見てコロコロと笑うリーシャ。
いつも通りでない状況で、いつも通りな事象があることは、幾分、俺の心に安らぎを与えてくれた。
閑話休題。
「....ということはリーシャ。これを使えば、どこへでも行けるのか?」
リーシャは転移鏡と言った。
それは、名前と現在の事象を鑑みるに、これはどこへでも転移できる道具だということかもしれない。
「行ったことのあるところならね?どうする、どこ行きたい?」
これはチャンスだ。
「じゃあ、俺はここに来る前にいた場所へ戻るよ」
「そっかー。じゃ、私もそこにしよっかなー?」
リーシャがこちらに近づいてきて、頭を撫でる。
「頭撫でるな」
彼女はしゅんとした顔をすると、しぶしぶというように、頭から手を離す。
本当に、いつの間にこいつは俺の背丈を越しやがって....。
「で、どうやって使うんだ?」
俺は、確認のために、一応聞いておくことにした。
「それに触れて行きたい場所を念じれば、道具が記憶を検索して連れてってくれるよ」
俺はその説明を受けた瞬間、リーシャと共に、その場から消え去っていた。
気がつくと、例の闘技場にいた。
リーシャはその場を見るなり、転移鏡を異次元生成を使って収納すると、俺の隣に立った。
「そういえば、チホ。今日はスカートなんだね?いつもはズボンなのに。どうしたの、イメチェン?」
「イメチェンじゃねぇよ。色々あって、やむを得ず来ているだけだ」
俺はそう返すと、奥にあった出口へと足を向けた。
少し重い扉を開けて闘技場を出ると、広い草原に出た。
「うわー、すごーい。ここどこなの?」
「第一浮遊城の中だよ」
短く答えると、彼女は、え?という顔をした。
そうだよな、いきなり言われてもわからないよな。
「今、試験中なんだ」
「へぇー、そうなんだー」
俺は草原を進んでいく。
(あ、そうだ。連絡しないと)
俺は端末を取りだし、ククルカンに電話を掛ける。
すると、それはすぐに繋がった。
『チホ、大丈夫なの!?』
「あぁ、今は無事だ。ところで、今どこにいるんだ?」
『馬鹿みたいに広い草原の中よ。闘技場から出て、真っ直ぐ進んだ所にある、ショーランセイの樹の根元よ』
ショーランセイの樹とは、言えば、セコイアとバオバブが合体したみたいな巨大な樹で、その枝には、どんな傷でも癒す果実、ショーランセイの実がなっている。
別名、万能薬が実る樹だ。
俺たちは言われた通りに進んでいく。
「さっき誰と話してたの?」
「リーシャは会ったこと無いんだったっけ。ククルカンって言うんだけど、あとで会えるから、紹介はその時に」
俺たちは縮地を使って歩く。
縮地は、一見、一瞬にして距離を積めているから、走っているように見えるが、本来、縮地方とは、歩方の事なのだ。
つまり、どれだけ走っているように見えても、歩いていることになるので、廊下は走らないでくださいと言われても『歩いてますよ』で話が通る。
....もっとも、そんなへりくつが通るわけもないし、そもそも反応できない速度だし、日常的に使うことなんてほとんどないし、どうでもいいことなんだけどね。
しばらくすると、巨大な樹が見えた。
あれがショーランセイだ。
「あ、チホ!」
ククルカンが手を振っているのが見えた。しかし、チゼが見えなかった。
「ククルん!」
根元につくと、ククルカンがこっちに走ってきた。
遅れてリーシャが到着する。
「彼女は?」
「リーシャ・ハーケット。俺の一番弟子だよ。リーシャ、こっちがククルカン・エンテナート。俺とほぼ互角の戦闘能力を持ってるんだ。本気でやりあえば、多分ククルんの方が強い」
紹介をすると、リーシャが前に出て、よろしくね!と手を差し出した。
「こちらこそ、よろしく」
ククルカンが、リーシャの手を握る。
「そういえば、チゼは?」
最初に見たときも思ったが、あいつ、どこに行ったのだろうか。
するとククルカンが、頭の猫耳をピクピクして答えた。
「樹の上で、ショーランセイの実を採ってるわ。もうそろそろ降りてくると思うんだけど....」
彼女がその台詞を言い終えたその時、上から紫色の、拳大のリンゴのような果物が落ちてきた。
ショーランセイの実だ。
遅れて、チゼも降りてきた。
「っとと」
両腕に木の実を抱え、高さ数十メートルのところから、ふわりと彼は降りてくる。
落下制御魔法を使って、落下ダメージを防いだのだろう。
フォールウィンドとは、落下速度を自在に操る魔法のことだ。
これによって、どんな高いところからでも降りることができる。
使い方を変えれば、もっと色々なことができる、多様性の高い魔法なのだ。
「あれ、その子誰?」
降りてくるなり、チゼが聞いてくる。
「リーシャ・ハーケットだよ!よろしくね!」
「オリガヤ・チゼだ。よろしくな」
お互いに、短い自己紹介を終えたところで、次に向かうべき場所の確定を始める。
「さて、ここからの道のりなんだが....」
チゼは地面に腰を下ろし、会議を開始した。
「とりあえず、どこにいけばいいんだろ?ここじゃ、方角も分からないし」
俺は芝生に転がり、横を向いた。
そこには、長い、リーシャの金髪が流れていた。
(リーシャって、しゃべらなければ大人っぽくていいと思うんだがな....)
唐突に、彼女の横顔を見て、俺はそう思った。
(何考えてるんだろ、俺)
息を吐き、寝返りをうった。
チゼがこちらを向いていた。
いや、正確には、リーシャの方か。
確かに、彼女は元気が良くて明るいし、よく笑うし、静かにしていれば、大人っぽさが出るものの、それが、普段の彼女とのギャップを奏でていて──
気がつけば、俺は彼女の魅力について、頭の中でさんざん語っていた。
裕にそれは三桁もの数を並べていただろう。
リーシャ、恐るべき。
話題を変えよう。
そういえばここ、もうひとつの世界として創られたんだよな?
たしか、異次元人に渡っては困るような、凄い兵器を隠している。
第二浮遊城ではすんなりといったけど、今回は事情が違うし、転移して一瞬で、ってのも無理か。
そういえば、ここの兵器ってなんだろ?
「なあ、ククルん」
「──何よ?」
「ここの最奥にある兵器って何?」
ここから先は知らないといっていたが、そこら辺のことは知っているかもしれない。
「たしか、無限に物を収納できる鞄、だったかしら?それがどうかしたの?」
「いや、気になったから聞いてみただけ。ありがとな」
無限に物を収納できる鞄か。
リーシャの異次元生成の下位互換みたいなものだろうか。
できれば、脱出までに手に入れたいな。
そこで、周りが暗くなっているのに気がついた。
「ここにも夜って来るんだね!」
リーシャはそう言って、バタリと芝生に倒れ込む。
「ということは、野宿か」
チゼはそう言って戦斧を樹に向けて攻撃を開始、いや、これは掘っているのか。
「何してるの?」
「家を作ってる。掘り抜きだけど」
俺は起き上がると、チゼの近くに行って、動きを止めさせた。
「ムダだよ。魔力濃度の濃いところじゃ、樹なんてすぐに傷を回復させてしまう。物理的なやり方じゃ、まず不可能だ」
俺はそう言うと、樹に向かって、魔法を詠唱した。
「Become the house the form」
(家の形に変型せよ)
すると、樹に深い溝が現れ、それはだんだんと形をはっきりさせていき、ついには金具や窓まで現れた。
「だから、魔法を使うんだよ。それに、剣では掘れないだろ?何時間使うつもりだよ。全く」
俺が使ったのは、家の形に変形させるだけ。
その樹本来の生命は奪っていないため、このままでも身は実る。
立派なツリーハウスの出来上がりだ!
次回「11」




