「09」浮遊城 4
....とは言ったものの、どうするかな....。
まずはとりあえず、相手に効くかどうかわからないが、殺気をぶつけて殺す、斬という技を使ってみる事にした。
殺気によって、あたかも剣で斬られたように錯覚(暗示)を覚えさせることで殺すのだ。
昔、ツイドと呼ばれる国で行われた人体実験の一つに、『人は思い込みで死ぬのかどうか』というものがあった。
それに用いられた被験者は、終身刑を言い渡された囚人二人と、死刑を確定された死刑囚二人の計四人だった。
実験方法は次の通り。
まず、四人それぞれを椅子に縛り付け、目隠しをする。
もちろん、四人は別々の部屋で、一対一で行われたため、その場にいたのは、被験者と執行官の二人だけだった。
執行官は、目隠しをされた被験者に、こう言った。
『これから、このナイフで、貴方の四肢のどれか、もしくは首を切ります』
しかし、実際に執行官が持っていたのは、ナイフではなく、氷の板であった。
このとき、死刑囚となっている、もしくは終身刑となっている彼らにとっては、本当にそれがナイフを持っていると思い込んでいた。
そして、その台詞のあと、執行官がその氷の板を、彼らの四肢のいずれか、もしくは首筋に触れた。
氷の板が溶けて、その滴がそれを伝って、体の表面を流れる。
このとき、被験者はこう思い込んだ。
ナイフが自分の体を切り、自分の体に、血が滴り落ちた。
自分は本当に切られたのだ。
ナイフが冷たいのは、流血で体温が下がったためだと。
結果、彼らの脳は、それを自分が死んだと思い込んで、自ら心臓の鼓動をやめたのだ。
後に、執行官は語る。
『人は、思い込みで死ぬ』と。
しかし、これはあくまで人類に対しての実験結果だ。
他の種族が、それ同様に、必ずしも効果を発揮するとも思えない。
だが、錯覚をするという点で言えば、それは知性ある種族に限らず、馬やキリンだって、その身の生存率をあげるために、ほぼ確実に習得している知覚だ。
彼に通用しないとは、先程とは逆の結論とはなるものの、可能性という面から見て、ほぼないだろう。
失敗するとすれば、それはまだ殺気が足りないというだけだ。
「おいおい、そんな毛を立てるなよ?」
しかし、その懸念は的中した。
彼にこの技は、今の俺では通用させることができないのだ。
奴は肩をすくめながらそう言った。
毛を立てるとは、猫に言葉が話せるならば、まさにその表現が似合うセレクトだと、俺は思った。
要するに彼は、毛を立てる、殺気立てるなと言うのだ。
効かない点から鑑みるに、無駄だといっているのだ。
俺は無武の構えをとり、相手の攻撃を警戒する。
この構えの難しいところは、相手に構えていることを覚らせないことだ。
それが実に難しいというものだが....。
不意に、彼は魔法の詠唱を開始した。
(ジャミングの効果がきれているのか!?)
俺は、これ幸いとばかりに、身体能力強化の魔法を発動して、縮地で急接近した。
(相手には起動点が見えている。だから、使えるのはゼロ距離からの、対処できない技のみ!)
といっても、魔力の暴発のせいか、あまり魔力が残っていない。
ここは魔力濃度が高いから、すぐに回復するだろうが、あまり頼りすぎてはいけない。
「せあぁっ!」
俺は縮地によって得た慣性を殺さずに、二本貫手を繰り出した。
しかしその貫手は、奴の腕によって払い除けられた。
恐ろしいほどの反射である。
奴の詠唱が完了する。
「──Envy」
(──嫉妬)
彼が結句を唱えた瞬間、俺の動きが止まった。
いや、止められたのだ。
(七大罪魔法!?くそ、動かない!なんか、意識も朦朧として....)
しかし、俺は諦めなかった。
動かなかったのは体だけ。
まだ魔力は動かせることができた。
俺は分身転移を利用し、背後に回り込んだ。
(よし、これなら!)
俺は彼の心臓に向かって、抜き手を放った。
しかし、手応えがない。
(この感覚、あのときのと同じ!?)
それは、クローゼット戦の時の、あの感覚に似ていた。
まるで、空気を攻撃したような、奇妙な感覚。
次の瞬間、全方位から一斉に打撃を受けて、俺は気を失った。
気がつくと、俺はとある部屋の中にいた。
真っ白な、無機質な壁に囲まれた、天井の高い部屋。
「痛っ!」
体が痛い。
全身打撲か、それとも、どこか折れたか。
そんな感じの、強烈な痛みだった。
とりあえず回復の魔法を使って、傷を癒した。
(しかし、どこなんだ?ここ)
俺は周りを見回した。
すると、床の上には、さっきまでなかった(と思われる)服が落ちていた。
白黒のニーハイ、黒いスカート、白いワイシャツ、黒いブレザー、赤いネクタイ、そして、現代風の革の靴に、白色の下着一式。
(なんだろ、すごい不自然)
俺は衣服を入念に調べあげ、おかしなところがないかを確認していく。
すると、靴のヒール部分に、何かが埋め込まれていることに気がついた。
(これは、なんだろう?)
それは、黒い長方形の形をした、箱のようなものだった。
俺は、魔法を詠唱して、構造を把握する。
どうやら、これは電子機器のようだ。
しかし、構造がわかったところで、どのようなものかは、全くわからない。
ある程度予想はしてみたが、発信器か、爆弾か、あるいは盗聴機か。
もし、これが爆弾なら、破壊すれば爆発、ということにもなりかねない。
俺は、それを部屋の角に投げ捨てた。
「あ、やばっ!」
その衝撃で壊れて、もし爆発したらと、俺は一瞬焦ったが、どうやらそんなことはなかったようだ。
俺のその爆弾疑念はどうやら杞憂に終わりそうである。
俺は胸を撫で下ろし、衣服に向き直った。
ここには、それ以外は何もなかった。
もしかしたら、衣服なんかに魔法陣が組み込まれていたり、とか考えると、きりがないので、俺はそこにあった服を着た。
丁度、服が魔力の奔流でかなり破けてしまったからな....。
好都合だったのかもしれない。
スカートを履くのは、小学校の制服と中学校の制服くらいなもので、それ以外では身に付けたことはなかった。
だって、ズボンの方が動きやすいじゃん?
閑話休題。
案外その衣服の肌触りはかなりよく、着心地がよかった。
九年間スカートを履き慣れていたせいか、違和感もなく、きっちりと収まった。
そう、きっちりとだ。
俺はそこで、違和感を覚えた。
まるで、あつらえたかのように、サイズがぴったりなのは、いささか気持ちが悪かった。
(うわぁ....)
俺は心の中で呻く。
だって、スリーサイズぴったりなんだぞ?
寝ている間に測ったかもしれないと考えると、ちょっと気持ち悪いじゃないですか!
(....いったい、俺は誰に敬語で話してるんだろう)
ともあれ、これで衣服の問題は解消された。
後はここから出るための手段なのだが....。
周りを見回すも、出入り口らしき場所もない。
唯一あるとすれば、天井付近の通気孔みたいな穴ぐらいだ。
小3くらいの身長でも、あれはさすがに入り込めないだろ。
....っていうか、手が届かない。
どうしようか?
魔法で壁を殴ってみるか?
いや、でも今はほとんど魔力残ってないし、無くなったら気絶するからな....。
不意に、背後に気配を感じた。
「誰だ!」
振り返るとそこには、今までなかったはずの、大鏡があった。
その縁には、こんな文字の羅列が書かれている。
『すまきでがとこくいりぎかにょしばるあのとこたっい、ばれれふてじんねをろこといたきい』
(何て書いてあるんだろ?)
しばらく考えて、それが逆から読んでいてことに気がついた。
正しくは、こう読む。
『行きたい所を念じて触れれば、行ったことのある場所に限り行くことが出来ます』
(うわぁ....何これ胡散臭いなぁ....)
触らぬ神に祟りなしと言うので、俺はその鏡には触れずに、そっとしておくことを決めた。
しかし、それはそうとして、俺はこれからどうすべきなんだろうか。
(....やっぱり、この胡散臭い鏡を使うか?)
しばらくそんなことを考えていると、その大鏡の鏡面に波紋が広がった。
瞬間、臨戦態勢をとりつつ、バックステップを踏んで待避する。
しかし、それは杞憂だった。
「お前、どうしてここに!?」
「あ、チホ!と言うことはこれは成功だね!」
鏡の中から、リーシャが現れたのだった。
次回「10」




