「08」浮遊城 3
彼は眷霊を召喚し、こいつと戦えと言った。
そうしなければ、ここから先は通さない、と。
正直面倒だ。
それに、俺も今は万全の状態ではない。
かといって、仲間を危険にさらすわけにはいかない。
ここは、死んでもなんの問題もない自分の分身に頼らせてもらうことにしよう。
ついでに、クローゼットの件ではあまり把握できなかった、分身の性能についても観察する必要がある。
「わかった」
俺はそう言うと、分身を一体だけ作り出し、俺は観客席に腰を下ろした。
「ただし、前半の相手はそれがする」
「....いいだろう」
彼は少し渋い顔を見せたものの、それに了承した。
最初に動いたのは俺の分身だった。
縮地を使って急速に接近し、飛び膝蹴りを繰り出す。
眷霊(修羅鬼という名前らしい)はそれを横に避けて回避し、刀を振り下ろした。
しかし、斬ったのは残像だった。
体の動きを一瞬だけ変動させることで、残像を作り出したのだ。
分身はその斬られた残像の後ろから、修羅鬼の顔面に蹴り込んできた。
「!?」
修羅鬼が無音の呻きをあげて、彼女は数メートルほど飛んでいき、地面に片膝をついた。
「チッ」
分身は舌打ちをすると、魔法で剣を作り出し、雷鳴を放った。
分身の放った斬撃が、修羅鬼を襲いかかる。
しかし、彼女は刀でそれを弾きながら接近する。
なかなかの敏捷力だ。
並みの反応力と動体視力では、完全に防げなかった一撃を、彼女は易々と弾いて見せたのだ。
俺の分身は、技を切り替えた。
「!」
修羅鬼が目を見開いた。
それとほぼ同じタイミングで、一瞬にして闘技場は粉砕した。
土煙の舞う中、しかし彼女は無傷で立っていた。
修羅鬼が上段突きの構えをとった。
「──!」
彼女の姿がぶれた。
ソニックブームを放ちながら、音速を越えて接近してきたのだ。
と思ったのも束の間、衝撃波の弾丸が、急停止した彼女の上段突きの後ろから放たれたのだ。
しかも、目の前で。
ほぼゼロ距離。
それは、回避不能の間合いだった。
接近に気がつくことができなかったらしく、俺の分身は、彼女の接近を許してしまった。
分身は破裂し、煙りと化した。
「弱い」
修羅鬼はそう呟いて、刀を納めた、その瞬間。
彼女はもう一度刀を抜刀した。
その抜刀を受け止めていたのは、もとい、流したのは、俺だった。
針流剣術、『活水』。
その第二段階『落葉』。
流した際に相手が前のめりになる、このとき、相手は背中をこちらに向けて無防備な状態をとっている。
この隙に、一歩前進することで相手を地面に叩きつけ、同時に背中を斬るのだ。
彼女の態勢が崩れた。
俺は一歩前進しながら、刀を剣で押さえつけながら、接点を通じて、摩擦をかけて、陰をかけることで叩きつけた。
陰とは、この場合、摩擦という表の働き(陽)に対して、その直後、又は同時に働く、隠れた運動のことを指す。
開いた背中に、予備動作の少ない動きで斬りつける。
しかし、修羅鬼はそれを、霧になることでその攻撃を回避した。
俺は距離をとった。
「ルール違反じゃないかな?それ」
猫耳の男が、そう言ってこちらに掌を向ける。
瞬間、俺の持っている剣が消滅した。
(魔力妨害か)
「いや、前半は俺の分身がやるって言っただけで、後半は誰がやるとも決めていなかったはずだが?」
「そんなへりくつが通るのかな?」
「通るさ。ちゃんと確認しなかったお前が悪い」
俺はそういうと、無武の構えをとった。
次の瞬間、彼の姿が掻き消え、俺の背後に回ってきた。
首に刀を押し付けられる。
「これでもかな?」
「後ろから話しかけんじゃねーよ気持ち悪い」
俺は目でククルカンに合図を送る。
「傷つくなぁ。でも、今それ関係ある?」
彼はそう言うと、全く気がつかない間に、その刀身を俺の服の中に入れてきた。
動けば一瞬で心臓が斬られる。
服の中に剣があるため、ろくに身動きもとれない。
そんな態勢だ。
俺は分身転移を試みるが、案の定、まだジャミングの効果は続いているらしい。
っていうか、分身ってジャミングの範囲内なのかよ....。
若干がっかりするが、仕方がない。
俺は、なんとかこの状況を脱する手段を考えた。
「....」
修羅鬼が陽炎のように揺れ、姿が消えた。
たしか、召喚って、原理は転移魔法と束縛の魔法の掛け合わせなんだったよな。
ということは、ジャミングの影響でコールされた眷霊も消えるということか。
たしか、魔力妨害の内容は、意味のある魔力から、意味を剥ぎ取って、無意味な魔力に変換することで、魔法の効果を消す、だったな....。
ということは、ただの魔力としての奔流は、その対象外ってことか。
(これだな)
俺はそう思い立つと、魔力を暴発させることで、着ているものもろとも、服の中に入れられた刀を破壊し、奴を吹き飛ばした。
(力技にかけてみたけど、結構疲れるな)
少し強引だったかもしれないが、結果オーライだし、良しとしよう。
「うおっ!?」
彼は吹き飛んで、態勢を崩した。
あいつを払うことは出来たが、お陰で俺の服も消し飛んだ。
もう少し調整が必要かな。
でも、それについて考えるのは後にしよう。今はこいつを殺すことだけを考えればいい。
「気持ち悪いってのが関係ないことは確かだが、そのへりくつは、通させてもらったぜ!」
俺はそう言って、親指を突き立てた。
次回「09」




