「07」浮遊城 2
扉を潜ると、長い廊下に出た。
「この先に、フロアボスが設置されているわ。挑めるのは一人だけ。このルールを破れば、私でも即死するわ」
(いやいやいや、それどういう仕組みだよ!?)
さらっと怖いことを言い出すククルカンに、俺の背筋に冷や汗が降りた。
「誰が挑む?」
「ククルんは、ここのボスの攻撃パターンとか、知ってたりするのか?」
チゼが聞く。
俺もそれ知りたい。
「知らないわ。ここから先は行ったこと無いし」
とすれば、こっから先はヒントなしか。
「わかった。俺がやる」
「チホがやるの?」
「あぁ。何となくこの先が読めた」
ボス、とか言ってたけど、多分ククルんと同じように、ここの原住民が、ここから先へと入ってくる侵入者を塞き止めているのだろう。
もちろん、それが彼女と同じくヒトガタとは限らない。
もしかしたら恐ろしいほど巨大な怪物という可能性はある。
だから正直、ここのボスに勝てるとは思っていない。
それに、クローゼットを実質一撃で倒せるフレアはここにはいない。
彼女ほどの動体視力は無いし、瞬発力もない。
だから、俺一人ではどうなるかはわからない。
トマヤ最強の称号を持っているが、それはあくまでトマヤの中での話だ。
現に、ククルんとは互角に戦えるかどうかも怪しい。
戦力的にはククルんの方が上だろう。
しかし、それでも俺の好奇心は、昂っていた。
俺は、やりたいのだ。
「わかったわ。それじゃ、ルールは伝えたわ。行ってらっしゃい」
ククルカンはそう言うと、思い出したように付け足した。
「あ、それと、分身は人数にはいるかわからないから、使わない方がいいわ。なるべく危険は避けたいもの」
「わかった。それじゃ、行ってくる」
俺は、廊下の奥にあった扉に手をかけて、続く部屋へと入っていった。
そういえば、二人はどこから入ってくるんだろう。
(ま、いっか)
細かいことを気にしてはいけないと、俺は思考を絶ちきった。
扉の先は、かなり広い闘技場だった。
円形のステージに、それを囲むように作られた客席。
まるで、見世物をするかのように作られている。
おそらく、決闘以外にも、日常的に利用したりするのだろう。
そのステージの真ん中に立つのは、髪の白い、一人の男性だった。
(予想通りだ....)
俺は、彼の姿を見てそう思った。
「こんなところまで来てくれるのは、五ヶ月ぶりかな?いやはや。最近は来客が多くて面白い」
彼はそう言うと、こちらを見た。
白い髪の上には、同色の猫耳。
腰からは長い尻尾が生えており、目はククルカンと同じく赤色だった。
違うところがあるとすれば、身長と性別、そして、手に持った武器くらいか。
奴の持っている武器は、刀だった。
といっても、クローゼットが使っていたような日本刀ではない。
確かあれは、バルス刀だ。
正式な名前は覚えてないが、斬る、貫くの攻撃に特化し、さらに魔力を流し込めば流し込むほど固くなる。
そして、その弱点は、硬ければ硬いほど重くなるということだ。
「それで?誰が挑戦してくれるんだ?」
「俺だ」
そう言って、俺は前に歩み出る。
同時に、相手の意識の隙間に潜り込ませて、縮地で接近した。
「いいねぇ。じゃ、よろしく頼む、よっ!?」
「旋天!」
しかし、それは見切られ、回転しながら打ち込まれた突きが、彼の刀の腹を打った。
「ぐっ!?」
縮地によって、その威力を高めた攻撃は、回転しながら打ち込むことによって、個体に対する攻撃力を増し、刀を突き破らんとする。
だが、彼の反応は早かった。
刀を力に対して逆らわせようとせず、あえて魔力を抜いて和らげることによって衝撃を吸収し、体を横に倒しながら旋天と同じベクトル、スピードで、刀を後ろに流した。
結果、俺はバランスを崩した。
俺は、反射的に崩れる態勢をそのままに、両手で地面をついて踵を振り上げる。
そのまま前へと体を倒して着地、その隙を逃さず、奴は刀を背中に降り下ろす。
体を進行方向に対して正方向に倒し、斬撃を回避すると、俺はその目の前に出た腕を絡め取って、テコの原理を使って投げ飛ばした。
「いやはや、面白い体の使い方をするね?」
彼は受け身をとって静かに着地、同時に起き上がると、肩をぐるりと回した。
そんな彼の台詞を無視して、俺は魔法を発動させる。
闘技場一帯に、ハイグラビティを仕掛けたのだ。
しかし彼は刀を一振りすると、魔法を無効化した。
(やっぱり、魔法は通用しないか)
起動点が彼にも見えているのだろう。
魔法は使えない。
「どうした?もう諦めたのかい?」
「いいや?まだだよ」
残念ながら、決定打になりそうな技は思い付きやしないが、しかし攻略法は見えている。
「そうか。それなら、こっちから行かせてもらうよ!」
すると彼は刀を肩に構え、腰を低くした。
俺は、鳳の構えから、腕を腰に置いて、両手を貫手の形にする小鳥という構えをとった。
構えを変える隙をついて、彼は俺に接近した。
体を横に反らす。
刃が、目の前を通りすぎて、つばめ返しの形をとろうとした、次の瞬間。
「!」
右手で刀を抱え込んでロックし、彼の勢いに任せて体を宙に浮かべる。
腰を曲げて、膝が彼の側頭部を打つ格好をとった。
「ぐがっ!」
見事にその攻撃はヒットした。
同時に、俺はその手を離して、首に足を巻き付ける。
「ふん!」
そして、気合いと共に脚に力を入れて、首の骨をへし折った。
両の膝が彼の頭蓋を圧迫し、粉砕する。
脳漿を撒き散らし、目玉が飛び出し、完全に頭部が破壊された。
「これで、いいんだよな?」
俺は脚についた髄液を回復の魔法で消し去ると、観客席にいるククルカンとチゼの方へと向かった。。
「う、うん、多分いいと思うわ。それで」
なんか、空気が重くなってしまった。
殺さなくてもよかったのでは?という思いが出てきたが、すぐにそれは杞憂に変わった。
「!?」
不意に気配を感じて後ろを振り返ると、そこには完全な状態に回復した彼が、その場に立っていた。
(うそ、だろ?だって、脳をあんなに擂り潰したんだぞ?それで再生できるのか?)
死からよみがえるほどの回復魔法に必要な魔力は、到底一人の人間が賄えるものではない。
しかもそれは、数千年生きたエルフだったとしても、それが数人はいないと不可能なレベルだ。
ゾクゾクと、背筋が凍る。
「まぁ、試練は合格したし、通してやるよ。ただし俺の綺麗な頭を潰してくれた腹いせに、誰かが俺の眷霊と戦ってくれるならな!」
彼の周囲の空気が揺らぎ、赤い和服を着た少女が、日本刀を腰に差して現れた。
この時、ここにいた誰もがこう思っただろう。
(うわぁ、こいつめんどくせぇー!)
次回「08」




