「28」復讐と山羊 3
「もう、ひどいよね!みんなしてボクを置いていくなんて」
不服そうに口を尖らせるリレル・トニー。
彼女は奴の方へ向き直ると、両手に持った奴の放ったEMLを圧縮して作り出した槍を、さらに自分の魔力でコーティングして強化する。
一際眩しく輝くそれを、奴に向かって投擲した。
しかし、奴はそれを手で弾き、受け流した。
流された超電圧のそれは、遠く後方まで飛んでいき、二つの大きな陥没穴を作った。
五仙の放った一撃を弾いた。
それも、素手で。
いや、よく視ると、彼の掌には、何か黒い影のようなものが浮かび上がっていた。
おそらく、真理術によって斥力でも作り出したのだろう。
光をも弾く程の、強烈な斥力を。
五仙というのは、五つの仙術をマスターした、仙術使いのことだ。
先程、彼女が使って見せた技は、魔力強奪と呼ばれているものだ。
これは、いかなる支配権を持つ持たないに限らず、すべての魔力の支配権を手に入れる、というものだ。
要するに、「俺のものは俺のもの。お前のものも、俺のもの」みたいな技だ。
なんというジャイアニズミストなんだ。
そんな仙術を払った奴の真理術は、ここまで恐ろしいもの立ったとは、完全に予想外だった。
俺たちは戦慄を覚えた。
「そんな驚くことないだろ?」
突然、奴は喋り始めた。
「はじめましてかな?いや、そこの黒髪の女の子は久しぶりかな?」
どうやらこの男は、俺がこの体に転生したことを知っているらしい。
なぜだ?
「私の名前はクローゼット。以後、お見知りおきを」
「お前はなぜ、人を殺す?」
口の聞けるようになった彼に、俺はそう尋ねた。
彼が人を殺す理由がずっと気になっていたのだ。
「神の命令だよ」
「神の命令?」
チゼがいぶかしげに聞いた。
「約7000年前、こっちでは次元間戦争って呼ばれてるんだっけ?終結したのが、2030年前、つまり、先天歴の始まった年だね」
「それが?」
「先天歴の由来は、異次元からやって来た異次元人により、この世界は戦禍の渦に巻き込まれた。長い長い、永遠とも呼べる年月を経て、ある年、五人の神がやって来て、異次元人を壊滅に追いやった。人々は、その五人の神様、先天神にちなんで、その日から暦を先天歴とするようになった」
ここまで言ってもわからないのか。
彼は、そうため息をついて、つまりな?と続けた。
「俺は、この先天神をまとめている神、システムの命令を受けて行動している」
神からの命令という大義名分のための殺戮。
「信じるとでも思っているのかい、クローゼットくん」
不意に、リレルの体が、その場に残像を残して、クローゼットに接近した。
「!?」
直後、奴の体が中空を舞った。
何をしたのか、全く見えなかった。
彼は空中で姿勢を立て直すと、口に袖を押し付けた。
「エルフの癖にやるねぇ....」
「もと軍人だからね。百年近くもやっていたら、嫌でも身に付くさ」
「なるほど、記憶に留めておこう。それで、さっきの質問なんだけど、端からそんなことは思ってない。ただ、理由を聞かれたから答えただけにすぎない」
彼は、こちらに人差し指を向けた。
その手と腕を包み込むように、黒い光が現れ、先程とは全く形の異なる銃が出現した。
「遊びはここまでにしよう。さようなら、諸君」
銃口に、赤い光が集まり始めた、その時だった。
その銃身が真っ二つに切り裂かれ、爆発した。
同時に、銃に集まっていた光が空中で激しく輝いた。
危険を察したフレアが、その人間離れしたその剣速で、衝撃波を生み出して切り裂いたのだ。
彼はその衝撃波の渦に呑まれ、粉々に切り刻まれて、体液をぶちまけながら、落下していった。
しばらく呆然とする三人。
(....え?何が起こったの?)
状況が全く飲み込めない。
遊びは終わりだ、とクローゼットが言って、最終兵器っぽいものを出して、今にもそれを放とうとした瞬間、フレアがそれを斬って捨てた。
(全く納得できないんだけど....)
ちらりと、俺は横目にフレアを見た。
すると、彼女は振り抜いた剣を腰に直して目をつむった。
「い....」
「お、おい?」
わなわなと震える彼女へ、チゼが手を差し伸ばした。
すると、フレアはおもいっきり、こう叫んだのであった。
「....いぃよっしゃぁぁああああ!!」
「ぃよっしゃあ!じゃねぇ!」
俺は、なんとも言えない、そして、行き場のない変な怒りを、その拳に任せて彼女の頭を殴りつけた。
「いってえ!なにすんだよ!?倒せてんだからめでたしめでたしじゃねぇのかよ!?」
「何がめでたしだ!なん....っにもよくねぇじゃねぇか!」
ったく、何考えてるんだこいつは!
あいつ!あいつ俺の敵!俺の憎む、家族を皆殺しにした敵だぞ?
信じられるか?
自分の復讐相手を、仲間とはいえ他人に横取りされるなんて!
くっそ腹立つ!
「あいつ!あいつ俺の復讐相手!何でお前が倒しちゃうんだよ!?俺が倒す予定だったんだぞ!?」
「は!?そっちこそ、復讐相手って何さ?私そんなこと聞いてないぞ!?」
そう言われて、俺ははっとした。
ちらりと、ククルカンの方を向く。
「ぷぷっ」
「あ、お前今笑った!お前笑ったな!?」
「だ、だって....チホ....貴女、鳶に油揚げをさらわれた格好で目的を達成するんだもの。可笑しくないわけ無いでしょ?」
腹を抱えながら、彼女は大笑いをした。
仲間の一人が死んだというのに、なかなか呑気な話であった。
数分後、大勢の軍兵が、あの赤い光を見てこちらにらって来た。
そこで彼らが見たものとは、敵のバラバラになった遺体の前で、仲間一人を失いつつも、涙を浮かべて、さらに大声をあげて笑いあう四人の姿だった。
後に、彼らは俺たちのことをこう言った。
『頭のネジがとんだ狂気の英雄』と。
次回「29」