「26」復讐と山羊 1
イルスからチャリナへは、関所を通って向かう。
この関所は、紙の裏表のように、イルスとチャリナをひとつの門で繋いでいる。
つまり、そこを出た瞬間から、そこはチャリナ国なのだ。
「隣接ったって、門ひとつ隔てただけってのは、いささか無用心な気がするな....」
チゼはそう呟いて、周りを見渡す。
イルスの関所前と変わらず、そこでは、多くの人々がイルスへと押し寄せてきている。
「前を進むのは時間がかかりそうね。どうせなら、上から見ましょう?」
ククルカンの提案で、俺たちは魔法を併用して大ジャンプし、空へと躍り出る。
そこから見える風景は、ひどい有り様だった。
背の高いビルは崩壊し、背の低い民家からは煙が立ち上っている。それはまるで、世界の終わりのような風景だった。
「人1人でこんな被害が出るって....その異次元人って、いったい何者なんでしょうか?」
オルメスが不安げに誰にともなく呟いた。
俺たちは、浮遊しながらその有り様を上から眺めた。
「どこだ?」
なかなか見つからない。
俺はその苛立ちを抑え切れず、口に出して言った、その時だった。
下方から、まるでこちらを狙ったかのように、何かが飛来してきた。
「銃!?」
ククルカンは驚いた顔をする。
「銃って何?」
「詳しくはわからないけど、異次元人が作り出した兵器の1つと言われてるわ。弓矢より遠くのものを狙える上、威力も速度も高い。厄介ね」
なるほど。こっちを狙ってきたってことはすでに、敵はこちらを見つけたってことだよな。なら、第二射が放たれる可能性がある。
「俺の分身をお前らにつける。うまく使ってくれ」
「「「「了解」」」」
俺は、チゼ、フレア、オルメス、ククルカンに分身を渡して、地上へと降り立った。
そこには、黒い、長い髪をひとつに纏めた、長身の男が立っていた。
その右手には日本刀が握られており、その腰には、変な形の鉄の塊、鉄のブーメランっぽいのがかかっていた。
前には無かったものだ。
彼はこちらを一瞥し、俺の知らない言語で話しかけてきた。
「──」
俺は鳳の構えをとった。
彼は再び何かを言うと、ため息をついた。瞬間、彼の姿がブレた。
ギンッ!
そばにいたククルカンが、長い斧を器用に操り、彼の斬撃を受け止める。
「よそ見しないでよ!」
柄を使って、刀を払う。
「ごめん、気を付ける!」
彼女は首を縦に振ると、空中に紫色に光る鎖を作り出した。
「Tie it up, and blockade movement」
(縛れ、そして動きを封じよ)
ククルカンが詠唱すると、その鎖は自動的に奴へと飛んでいき、動きを拘束しようとした。
しかし、彼はその鎖を刀で斬って捨てた。
オルメスが魔法を詠唱し出した。
しかし、いつの間にか目の前まで接近された。
「オルメス!」
奴の刀が、彼女を護ろうと飛び出した俺の分身を、刀で斬り落とした。
その間に、オルメスか詠唱を完了させる。
彼女の周囲に、スケルトンが数体出現する。
「──」
彼は何か呟くと、その体をくねらせて、そのスケルトンを粉々に破壊していく。
「くっ!?」
そして、気がついたときには、彼の刀は、オルメスの目の前に接近していた。
フレアがそれを阻止しようとしたが、数瞬遅かった。
彼女の血が、周囲を赤く染める。
「くそっ!」
フレアの剣筋が、その血飛沫を食らってわずかにずれる。
そのできた隙に向かって、奴は返す刀でフレアに斬りかかる。
「チッ!」
ずれた剣の筋を利用して、そのまま横に重心を移動させる。
ギリギリでその斬撃を避け、体勢を立て直した。
その時には、彼はすでに彼女へと肉薄し、その刀を降り下ろしていた。
「!?」
とっさに彼女は剣でそれを受け流した。
体の関節を限界まで柔らかく使い、後ろへ受け流す奥義『活水』だ。
そしてそのまま剣を、魔剣、輪の太刀の原理で大上段まで持っていき、背中を斬りつけようとする。
カチャ。
彼の左手が、腰の鉄塊を抜き取った。
銃だ。
パン!と、乾いた音と同時に、彼女はその剣を思いっきり降り下ろした。
その剣速は、もはや音速を越え、わずかに先行して、空気の塊がその刃をコーティングしていた。
その押し固められた空気の塊が、放たれた銃弾を粉砕し、フレアはダメージを免れることに成功した。
その隙にも、彼は刀を斬り返し、フレアの背中を攻撃しようとするが、ククルカンの斧がそこに振り下ろされたため、回避すべく奴はバックステップを踏んだ。
そこにチゼが二本の戦斧を振り下ろされる。
しかし、あと数ミリの距離で回避された。
チゼが、二本の戦斧を振るい、奴を攻める。
しかし、その速い斬撃の応酬を、彼はいとも簡単にあしらっていき、次にチゼが放った袈裟斬りを、刀で払いのけて前蹴りをみぞおちに放つ。
チゼはそれをバックステップで回避を試みるが、間に合わず、その攻撃は彼にヒットする。
「がはっ!?」
彼は払いのけて片手で上に持っていった刀を、踏み込みと同時に、チゼの首筋へと振り下ろす。
しかし、そこに俺が素早く入り込み、真剣白羽取りを右手の片方のみを使って受け止め、身体強化の魔法を同時併用して刀を固定した。
空いた片手で、しばらくスタンしているチゼを外へと放り投げる。
その隙をついて、奴の銃口がすかさず俺の心臓を狙ってきた。
予想通りの行動である。
俺は、予期していたその行動に対して、硬化の魔法で、その引き金を固定する。
彼が、その固定に気がつき、咄嗟に次の俺の行動を想定して、地を蹴って中空に全身を逃がした。
奴の体があったところへ、俺の横蹴りが空を切る。
テコの原理で、俺の手からその刀が離れる。
彼が俺の背後をとった。
下に体を落として、背後からの攻撃を回避し、分身を使って、振り抜いた彼の死角から攻撃を食らわせる。
その隙に俺は場所を一度離れて、体勢を立て直した。
分身の攻撃をかすらせて、少しバランスを崩す敵。
絶好のチャンスだ!
「死ねーっ!」
そして、俺は奴の心臓に貫手を放った。
次回「27」