「19」猫、帰りを待つならず、蛇の顎に拐われて
ククルカンが両手に持った斧を降り下ろしてくる。
それをギリギリまで引き付けてからサイドステップを踏んで回避する。
そのままバックステップを繋げて距離を取った。
「チゼ!お前はここから離れておけ!こいつは俺が相手をする!」
「でも、それだと!」
ククルカンが慣性を無視した形でつばめ返しを放つが、俺はその斧を左腕と右肘で挟み込んで受け止める。
「お前じゃこいつと殺り合うのは危険だ!だから、別の方法で──っ!」
慣性質量の乗っていないその攻撃からは想像できない威力の圧しきりが、その斧を伝って俺を弾き飛ばす。
「ヤナギ!」
「早く!お前なら出来る!」
俺は魔法を使ってナイフを生成し、ククルカンに投げつける。
彼女はそれを防ごうと斧の柄を器用に使って弾こうとした。
しかし、そのナイフは柄を通り抜けて彼女の肩に突き刺さる。
「そういうことか。わかった!」
彼はそう言って廃墟となった協会をあとにする。
『どういうつもり?』
彼女は肩に刺さったナイフを引き抜こうとしたが、その手をやめて再び斧を構えた。
「さて、なんのことでしょう?」
俺は不適な笑みを浮かべ、答えをはぐらかす。
『このナイフ。どんな仕掛けかわからないけど、これが厄介なものってことだけはわかるわ』
カチャリ。
彼女が斧を片手に持ち変え、水平に構え直した。
それは、何かの攻撃の予兆に思えた。
今から放つ技を避けて見せろ、という、挑発の攻撃。
そして、今の俺には対処が難しいものだと理解した。
『でも、ヤナギ・チホ。あなたを殺せば、それはおしまいよ』
瞬間、彼女の姿がぶれた。
「!?」
とっさに地面を引き伸ばして壁を作り上げる。
しかし、その瞬間、その外側からガツン!という、まるで似合わない音がして、その壁は切り裂かれた。
とっさに後ろへと回避する。
がごん!
白い大理石のような床から作り上げた壁は、岩になって崩れ落ちた。
その土煙の奥から、さらに追撃を加えてくる。
袈裟斬り、逆袈裟斬り、一文字斬り、降り下ろし、斬り上げ、旋回、突き。
さまざまなパターンで繰り出されるそれを、すんでのところでかわす。
(化け物みたいだな....いや、これは身体強化か?少なくても、魔法を併用しているとは思うのだ──)
「──がっ!?」
水平斬りが俺の腹を掠める。
『よく避けられるわね。いい加減私の攻撃に当たって砕けなさいよ』
相手は今どれくらい消耗している?
少なくとも、半分は体力使ってくれないと困るんだがな....。
(でないと、精神干渉を破られかねないし....)
「ハイグラビティ!」
フルパワーで発動した重力による押し潰し。
これで相手は少しでも疲れてくれると助かるんだが。
そう思って苦し紛れに魔法を使ったが、彼女は斧を上に一振りすると、何もなかったかのようにこちらへと歩いてくる。
(予想外ぃぃっ!?)
嘘だろ!?
神官ってそんなことできるのかよ!?
「これは、早めに仕掛けた方がいいな。チゼ、緊急事態だ!今すぐあれを発動してくれ!」
俺は天井に向かってそう叫んだ。
すると、ククルカンの肩に突き刺さったナイフを中心に、赤い魔法陣がくるくると円を描きながら出現した。
『なにっ!?』
俺は即時にある魔法の詠唱を開始した。
詠唱が進むにつれ、その陣の輝きは増していき、ついには、彼女の全身を包み込むような球状の魔法陣が完成した。
『なによ、この魔法!?』
彼女の体が宙に浮き、空中で、張るように仰向けになった。
『うわあーっ!』
頭の中に直接聞こえる悲鳴に、俺の詠唱は一気に加速する。
そして、彼女は意識を失った。
ククルカン・エンテナートが目を覚ました。
彼女の目からは既に闘気は失せ、綺麗な赤い瞳だけが、虚ろに空を眺めていた。
しばらくすると、彼女の目に光が戻った。
「ここ....は....?」
頭に直接響かない、普通の声。
「ヤナギ、ククルカンが目を覚ましたぞ」
彼女の目の前で胡座をかいていた男性、オリガヤ・チゼが、ククルカンと先程戦っていた少女を呼ぶ。
「お、以外と早かったな、ククルん。さて、さっき使った魔法のこと聞きたいだろうから、教えてあげるよ」
さっき使った魔法。
それは、避雷針とフィールアウトという魔法の連続魔法。
フィールアウトとは、狙った感情を一時的に弾き飛ばす魔法だ。
これは結構扱いが難しいため、戦闘中に使用するのは不可能だった。
なので、オリガヤにその役をになってもらった。
次に、避雷針という魔法。
これは単なる座標設定に使うためのもので、狙ったものに投げると簡単に突き刺さり、対象を魔法の攻撃座標に認定することができる。
まぁ、簡単に言えば、ミサイルを作る魔法、ということだ(なんか違うけど、細かいことは気にしないでおこう)。
要するに、今回使ったフィールアウトの魔法の発動座標を、『避雷針の刺さっている生体』に設定した結果、百発百中の精度で、魔法がヒットしたわけだ。
「──とまぁ、こういうことなんだけどね。さて、約束通り、俺の質問に答えてもらうとしようか」
俺はそう言うとニヤリと不適な笑みを浮かべた。
「まずひとつ確認のための質問な。ここは、第二浮遊城の中、ということでいいんだよな?」
「違うわ」
予想外の返答。
「違うって、え、じゃあ、ここはどこなんだ?」
オリガヤが質問する。
「浮遊城と呼ばれる建造物は、この世界への入り口に過ぎないわ。あれはただの出入り口よ」
まさか、そんな返答が帰ってくるとは、思いもしなかった。
予想外にもほどがあるだろ。
「じゃあ、ここからが本題。君は誰?」
「最初に言ったはずよ?浮遊城ケットシェル神殿の神官だった者よ。それ以上でも、それ以下でもないわ」
そう言って彼女はため息をついた。
たしか、『それ』以上や、『それ』以下には、『それ』が含まれているんだっけ。
ということは、彼女のそれは嘘ということか。
「仲間が帰ってきたと思ったら、こんな変な人が侵入してくるだなんて....」
「仲間が帰ってきたと思ったらって、どういうこと?」
「なんでもかんでも、私が答えると思ったら大間違いよ?少しは自分で考えたらどうよ?」
「....約束しただろ、何でも答えるって」
「何でもと言った記憶は、生憎私の中には無いわね」
なんか、少し腹が立ってきた。
こんなことなら始めに契約書でも作るんだった。
「ちっ....まあいいよ。それじゃあ、次の質問。この世界って、作られた世界なのか?」
「....面白いこと聞くわね、貴女。そうよ。7000年以上も前の次元間戦争で生き残るために作られた兵器を隠すために創られたわ。バルストリクトーニ国と共同で作り出した、至高の宝物殿よ」
バルスと共同で作られた?
どういうこと?
「その兵器ってのは?」
オリガヤが質問する。しかし、ククルカンはプイッとそっぽを向く。
「チゼ、お前ククルんになんかしたのか?」
「略すな!」
「なにもしてねーし!」
チゼとククルカンが同時に叫んだ。
「あー、はいはい。で?その兵器って?」
聞くと、彼女はため息をひとつついて、半ばなげやりに答えた。
「色々あるけど、代表的なのはティータニアね。分身の魔具って聞いているわ」
次回「20」




