「23」人形劇
フェルンを殺し、同時に血の石の破壊に成功した頃、彼、記角麒麟は、その様子をモニタリングしていた。
「──ここまでは全部思い通りだな。エリー、プランB」
「わかった。けど、麒麟さん凄いですね。どうしてこんなことができるんですか?」
エリー──エリザベスは、端末を操作しながら、彼にそう聞いた。
「この世には、未来を計算する術があるのだよ。この世界に存在する人々は、外的要因にのみよって行動する。すなわち、この外的要因を変数として──」
彼女の質問に対して、麒麟は講義を始めた。
「──で、あるからして、この変数とこの一次関数Aの関係は、立体的に交差するわけだ。この交差点こそが、人の」
「ね、ねぇ。なんか、難しくてよくわかんないんだけど。そんなことよりさ、私ココアが飲みたい!」
彼の講義に飽きてきたのか、彼女は伸びをして、端末を机に置いた。
すると、彼女のオーダー通りに、エリザベスの専用メイドとして造られたアリスがやって来た。
「どうぞ」
ヒラヒラしたレースが多用されているメイド服を着たアリスが、盆の上に、まだ湯気の立つココアを持ってきていたらしい。
エリザベスはココアを受けとると、ありがとうと微笑んで、一口すする。
「──まったく。それ飲んだら仕事しろよ」
「はーい」
この物語の裏で、彼らは呑気にそんなことをしていた。
因幡六花からしてみれば、まったく腹立たしい話であった。
俺は、二人の所に駆け寄ると、魔法を使って、破裂した鼓膜を修復した。
「ありがとう、チホ」
「なんてことはない」
俺は、彼女にそう答えると、エディスタの方を見た。
「エディ──」
「助けていただいたことには感謝します。ですが、一つお聞き願いたい。今までどこに行ってたんですか、チホ様!」
すると、彼女が凄い顔でこちらを怒鳴った。
そりゃそうだろう。
血の石を壊したら、必ずすぐに戻ってくると言って、あの浮遊城を飛び出したきり、数年も戻ってこなかったのだから。
こちらにそれを言い訳する権利はない。
いや、これは権利とか義務とか、そういう問題じゃないだろう。
これはもっと、根本的な問題だ。
「....」
(だがしかし、正直に話してもよいことだろうか)
俺の心に、不安が上る。初めて経験する訳ではないが、それよりもとてつもなく大きな、不安。
言うなれば恐怖に近かった。
俺は恐れているのだ。
彼女がこの現実をどう受け止めるのか。
実は、この世界は、記角麒麟という男が作り上げた、ゲームの中だということを。そして俺は、そのゲームのプレイヤーだったということを。
いや、正確にはゲームではなく世界──言い換えれば、記角麒麟が作り上げた、あの世界の下位的な存在である世界なのだが。
大した違いではないか。何せ、この世界が一人の人間によって創られたことには、変わりがないのだし。
「チホ様は、私がどんな思いで、貴女の帰りを待っていたかわかりますか?」
わからない。想像すらできない。
俺は首を横に振る代わりに、彼女を抱き締めた。
「ごめん」
「....ごめんで済んだら、警察は要りませんよ、バカ」
耳元で、彼女の圧し殺した様な嗚咽が聞こえる。
こんなことは、都合がいいのかもしれない。
俺がなんと責められても、文句は言えないし、俺自身として、言う気もない。
同情なんて、できるわけがない。
俺も今すぐ、彼女の肩に顔をのせて、わんわんと子供のように泣きたかった。
しかし、自分のしてきたことのツケの一部が回ってきたと感じて、泣くことができなかった。
なんとも無様な話である。
『ごめんで済んだら、警察はいらない』って、案外意味が深いんだな。
思考力の落ちた頭の中で、俺はそう思った。
俺は、俺自身の理性が取り繕ってきた非情を、殴り飛ばしたくなった。
何でも理性で考えようとして、ネガティブになって、自分に責任が回ってくるのを恐れて、逃げて。
なんなんだろうな、こういうのって。
情けないという言葉が、一番あっているような気がする。
自分は子供なんだという言い訳に甘えてすがって、かっこわるい。
これからは、もっと自分に素直に生きよう。
俺はそう思った。
ひとしきり泣いて、エディスタが落ち着くのを見計らって、俺たちはその場を後にした。向かった先は、第三浮遊城だ。
俺は、ナハトを使った空間転移で、あの場所に戻ってきた。
「ここが噂の浮遊城の中か。随分と広々したところだな、ここは」
フレアが辺りに広がる草原を見渡して、その殺風景な景色にコメントを発した。
「浮遊城っていうのは、確か前にククルんに教わったけど、この世界への玄関口の事なんだと。つまり、ここは異世界と呼んだ方がいいらしい」
「へぇ、そうなのか....」
彼女は伸びをすると、何かに気がついたように言った。
「あんな所にゴーストタウンか。さすが異世界。町と町の間が酷く遠いもんだな」
フレアの視線を辿ると、そこには確かに街と呼べそうな影があった。
でも、その距離は1Km以上も先だ。この距離でそれを完全に町だと言い当て、さらにはゴーストタウン化しているところまで見抜くとは。
実際にそれがどれ程の視力は持たないかは知らないが、結構な視力を持つと聞いたマサイ族のようだと、俺は感心した。
「んじゃ、行くか」
そう言うと、俺たちはそこに向かって歩き出した。
次回「24」




