「22」彼の血
爆風が、俺の体を襲う。
「っ!?」
しかし、それが俺に直撃することはなかった。
俺の体は、気がつけば宙を舞っていた。
爆風には当たっていない。
では、なぜ俺が宙に浮いているのか。
自分で避けたわけではない。
俺の目の前には、爆風に当てられて吹き飛ぶ、赤い髪の女性が映っていた。
不思議だった。
何かどう不思議かと言えば、そこに居るはずのない人が、そこにいたからだ。
俺が、もう巻き込んでしまうのは御免だと、あちらに置いてきた彼女が、そこに居たからだ。
「フレア!」
部屋の端まで吹き飛ぶ彼女の体は、やがてその壁に背中を打ち付けて停止した。
空中で体勢を整えて着地すると、俺はすぐさま彼女のもとへと向かった。
(なぜだ?なぜここにいる?)
もしかして、知らない間についてきていたのか?
「うっ」
彼女は、俺の方を見ると、ニヤリと口許を歪ませた。
「フレア、血が出てるじゃないか!」
その端正な顔の額からは、一筋の赤い血が流れていた。
「気にすんな。お前は昔から、何でも一人でやろうとする嫌いがあったからな....。こっそりついてきて正解だったぜ....」
「お前っ....!」
瞬間、心の中から自分にたいしての情けなさがあふれでてきた。
自分の幼稚な感情に振り回されているのにも関わらず、彼女は俺を守った。
その感情は、到底俺には理解できないものだった。
しかし、ひとつだけ言えることがある。
彼女は、俺の不甲斐なさのせいで傷を負った。
これは、俺の責任だ。
「なぁ、チホ....。私はまだ、お前に借りを返してもらってなかったな....」
「そうだったな。必ず返すって言ってたのを、すっかり返さないままにしていたな。すまん」
俺は彼女に頭を下げた。
「だから、今ここでその借りを全部返させて貰う。チホ。私のために何かをしたいなら、死ぬな。生きて、共にここを出るんだ。それが果たせるなら、何をしても構わん。結局は結果だ。過程も大事だが....」
彼女はそう言うと、立ち上がり、腰の剣を抜いた。
イモウシスだ。
「最終的結果は変わらない、だろ?終わりよければすべてよしだ」
彼女はその剣を、軽く払った。
「フェルンとか言ったか、銀髪コウモリ?」
「あぁ。確かにそんな名前だね、私は」
すると、彼女はその剣の切っ先を彼に向けた。
牽制だ。
何かしようとすれば、直ちに殺すという、大変物騒な牽制。
「そっちの一番の箱には、何が入ってる?血の石を一つ入れるには、大きすぎるような気もするが?」
(確かに、それにしては大きい)
彼女の台詞で、俺はその点に初めて気がついた。
ずっと、俺は血の石が入っていると思っていたのだが、違うのか?
すると、彼はチッと舌打ちをすると、それに対して、こう答えた。
「誰もそうとは言ってないさ。私はただ、宝があるとしか、発言していないわけだしね」
しまった。
俺は、反射的にそう思った。
何が少しだけだ。
俺の希望的観測がかなり表に出てるではないか!
だとすれば、当たりの箱には何がある?
「それでは、ルールに則って、私はこの箱の中身を自由に扱いましょう」
彼はそう言うと、その扉を開いた。
「んー!!」
その中に入っていたのは、粗末な服を着せられた、白い髪の、猫耳のついた少女──エディスタだった。
「エディ!」
瞬間、恐怖と怒りが混ぜ合わさったような感情が、あふれでてきた。
フェルンの手が、エディスタの顔を撫でる。
「ククルカンに似ているが....彼女、エディと言うのか?」
小声で質問してくるフレアに、俺は小さく頷いた。
「ククルんの曾孫、だそうだ」
「へぇ、アイツのねぇ」
結構かわいいじゃん、と彼女はのんきそうに言う。しかし、その目には一切の油断がなかった。
隙があれば、彼女を奪還する。
暗に彼女はそう言っているのだ。
エディスタが、フェルンに撫でられて、嫌そうな顔をして叫ぶ。
「んーっ!んーんーっ!」
「これは私の戦利品だ。文句ないよね?」
彼のその言い方に、俺の怒りは増していく。
まだ絶頂には遠い。
この程度で絶頂などあり得ない。
「何が文句ないだ。大有りだ小僧!その汚い手を離しやがれ!」
言いながらも、俺は作戦を考える。
未だにジャミングが続いている中、魔法は使えない。ティータニアも魔法である以上、この範囲から逃れられるわけではない。
どうするべきか。
彼は相変わらずニヤニヤしながら、彼女の体に触れる。
俺の中から、怒気と殺気が混ぜ合わさって、どす黒い障気が流れ出す。
「なぜさ?これは私の物だろう?」
「エディは物じゃない!」
彼女は以前、奴隷として売られていたところを、リレルが助けたと聞いた。
その頃の彼女はまだ幼かった。
だから、理解できない恐怖があっただろう。
俺はもう彼女にそんな思いはしてほしくなかった。
それはあまりに自分勝手だが、それを遂行しない理由がない。
「なら、私から殺して奪うがいい。朗報だ!私の血液は、血の石でできている!つまり、私を殺せば君も、目的を果たせるわけだ。さあ、どうだい?私を殺すかい?」
彼の言っていることに信憑性はない。
しかし、本当にそうなのだとするならば、目的も達成できる。
「どうする、チホ?」
フレアがその剣を突きつけたまま、選択を迫る。
戦って勝つか、戦って死ぬか、逃げて後悔するか。
正直、これは記角麒麟の作り上げたストーリーの中にすぎない。おそらくフェルンだって、彼の物語にしたがって動いているのだろう。なら、俺のとるべき選択は、その三つの中ではない。
答えは、戦わずして勝つ。
には、どうすればいい?
まずは、自分にできることを考えよう。
たしか、ジャミング発動時は、魔力操作が利かない。魔力に命令をのせることはできない。
しかし、単純な魔力の波なら、その対象の外だ。
これをうまく利用できないか?
意味ではなく、魔力の振動を利用するのはどうだ?
所謂呪いだ。
これなら、気づかれることなく──いや、俺スペルがわからないんだった。この手は使えない。
魔力の波で、相手を気絶させるか?
いやしかし、もしも彼の言うことが事実なら、彼は常に魔力の波に煽られていることになる。それによって身に付く耐性も、十分に高いはずだ。
何せ11種類の魔力の波動だ。正気でいることは難しいだろう。
(──正気でいるのは難しい?)
そこで、俺はとある事を思い付いた。
そうだ。
彼は正気でいることが既に奇跡に近い。
なら、少しの振動で、なんとかなるのでは?
彼はジャミングが自分に影響しないように集中している。
今が、チャンスかもしれない。
「フレア。イモウシスには、何が入ってる?」
「銃と爆弾、後は音響増幅機だが....。何をする気だ?」
良かった。爆弾とサウンドブースターがあれば十分だ。
剣の魔力が通用するかは知らんが、試す価値はあるだろう。
「耳栓をしておけ。それと、それを寄越せ。もしかしたら勝てるかもしれない。フレアは、エディスタをたのむ」
彼女は怪訝そうな顔をして、了解と頷いた。
イモウシスを受けとると、彼女に目配せをした。
そして、俺は彼に向かって走り出した。
縮地を使って、彼の間合いの外から爆撃を放つ。天変地異を併用して、更に加速し、接近する。
箱の中に囚われたままの彼女を、更に爆撃を使って端に投げ飛ばし、そのまま彼の横を通りすぎる。
通りすぎ様に、サウンドブースターを起動させる。
彼の重心が移動するのが見えた。
検証は完了した。
エディスタをフレアが回収するのを確認すると、サウンドブースターを起動する。
剣が振動して、俺の耳が痛い。
無論、人間以上に敏感な聴覚を、持つフェルンは、俺のそれを遥かに上回るだろう。
結果、ジャミングの制御にムラが出る。そして、俺はそこをついて、魔力妨害を発動する。
彼の体内をめぐる、血の石としての能力を妨害して、内側から潰しにかかる。
「ぐぅ、ぐぁあっ!」
俺の鼓膜が破れた。
恐らく、彼女ら二人も、ただではすまないだろう。
俺はもう音が聞こえない。
ゴポゴポと、血の沸き立つ振動だけが、頭に響く。
フェルンが倒れた。
そして、次の瞬間、彼は破裂した。
次回「23」




