「21」モンティホール問題
カツン、カツン、と、靴がカーペットの敷かれた床を叩く音が聞こえる。
俺は、屋敷のある空中庭園に戻ってきたとき、その変わり様に驚いた。
綺麗だったシーデートの紫色の花畑は、鬼灯籠と呼ばれる、朱色をした、チャリナ特産の別名地獄花と呼ばれる実花の花畑に変わっていた。
水樹の葉は紅葉しており、どこか秋の風景を思い起こさせる。
しかし、そこには未だに雪が降り続いているため、なんとも言えない幻想的な風景になっていた。
屋敷は改造され、大きな城へと変貌を遂げている。
俺は、その石でできた城の廊下を歩いていた。
最初から、戦闘になった場合を見越して本気モードの妖装、理を身に纏い、そこにあるだろう、最上階へと、足を踏み入れた。
最上階は、部屋がひとつだけだ。
奥には、銀髪の吸血鬼の男が一人。
フェルンだ。
「待ってたよ、陛下。思ってたより早く来ましたね。何か秘術でもお持ちで?」
「持っていたところで、貴様には話さんよ」
俺は、その自棄になったように広いその部屋を見回した。
ずいぶんと変わったものだ。
「気に入りました?」
「外の庭とこの城の組み合わせは少々気に入らんな。前の方がよかった」
「そう....ですか....」
彼は少し不満そうに俯くと、パッと顔をあげて、手を叩いた。
「少し気分を変えて、ゲームをしましょう」
「ゲームだ?」
だんだんと、俺の中に焦りと苛立ちが募ってきているのを知ってか知らずか、フェルンはそう言った。
俺の足が、知らずの内に踵を床に踏み鳴らしていた。
「ええ。あなたにとっても悪くはない話だと思うよ」
彼はそう言うと、そのコートの中から、ステータスカードを取り出した。
「これ、便利ですよねぇ。シガン部隊はなんと面白いものを作るんだろう」
彼はにこりと微笑みながら、それを片手で操作し、三つの人間大の大きさの箱を取り出した。
それぞれに一、二、三と番号が振られており、正面には扉がついている。
「何をする気だ?」
怪訝そうな顔をする俺に、彼は少し間を置いて、少し震えた声で言った。
「ちょっとした、宝探しゲームです」
「ほう?」
宝探し、か。
俺にとっても悪くない話という台詞から、その宝がおおよそなんなのか、記角麒麟の思考回路を上乗せして、さらに少しだけだが、希望的観測も含めた上で言わせてもらうなら、その宝とはほぼ百パーセント血の石だ。
彼の戦慄くような声からも察するに、間違いないだろう。
すると、彼は大きく腕を広げて、ルール説明を始めた。
「ルールは簡単です。貴女がどれか扉を選ぶ。そして、今度は私が、ハズレの扉をひとつ選び、こちらはハズレですと、その扉を開ける。次に、貴女はもう一度扉を選ぶ。扉は変えてもいいし、変えなくてもいい。そして、その中に宝が入っていたら、選んだ方の物となる。それは誰がどのように使っても構わない。ただし、宝が入っているのは三つのうち一つだけ。どうだい、簡単だろう?」
なるほど。
「そのゲーム、受けてたとう」
俺は、ニヤリと彼に笑いかけた。
要するに、モンティホール問題だ。
モンティホール問題というのは、確率論の問題で、ベイズの定理における事後確率、あるいは主観確率の例題のひとつ。
モンティ・ホールが司会者を務めるアメリカの某ゲームショー番組の中で行われた論争に由来すると、夕夏から聞いたことがある。
一種の真理トリックになっていて、確率論から導き出される結果を説明されても、納得のいかない者も少なくないことから、ジレンマ、あるいはパラドクスとも称されるらしい。
そして、この問題の解き方、というかなんというか、まあ、それを簡単に説明すると、次のようになる。
・最初の状態では全て、ハズレの確率がどれも等しく2/3で、当たりの確率は1/3となっている。
・次に、確実にハズレであるものを1つ取り除かれることで、ハズレの確率は、必然的に2/3から1/2へと下がる。
・そして、もし最初に選んだものが外れだった場合、当たりの確率は二倍になって、2/3となる。
・結果、この時点で、もし最初に選んだものがハズレの場合、選び直した方が、当たりである確率が高くなる。
と言うものだ。
でもこれは、あくまで最初に選んだものがハズレだった場合だ。
いや、ハズレの確率は2/3なのだから、必然的にそれはハズレていると考えるのが妥当かもしれないが、未来視を使えば、すぐに当たりが見つけられる。
俺が答えると、フェルンは、それではどれか選んでくれと言って、ジャミングを発動した。
瞬間、妖装が自動的にキャンセルされる。
「未来視を使われたら、面白くなくなるからね。許してくださいね?」
「くそっ」
やっぱり、同じことを考えていたか。
少し気には障るが、仕方がないだろう。
元の制服姿に戻った俺は、深呼吸をして、心を落ち着かせた。
(本当に、面白い頭をしているな。記角麒麟ってのは)
俺は適当に、一番の箱を選んだ。
「その心は?」
「何となくだ」
俺がそう言うと、彼はあからさまに嫌そうな顔をした。
「どうしたんだ?」
「いや。まさか、貴女がこれを知っているとは思いもしませんでしたからね。いやはや。本当に面白い方だ」
彼はそういって、三番の扉を開いた。
すると、中から突然槍が飛び出してきた。
俺はそれを無敵化を使って弾き飛ばした。
「全ての扉がこっちを向いているのはそういう理由か」
ハズレを引いたものなら、即座に槍の雨が降ってくる、ねぇ....。
「本当にいい趣味をしている」
「ありがとうございます」
俺は皮肉を吐くと、少しミスって柄の破片でかすった頬を撫でた。
「それで、選び直しますか?」
「あぁ、そうだな。チェンジだ」
俺は、モンティホール問題のそれに則って、二番の箱に選択を変更した。
「では、その扉を開いてください」
彼に言われた通り、俺はその扉に近づき、取っ手に手をかける。
(もし、これがハズレだったら....)
ふと、そんな考えがよぎった。が、しかし。俺はその扉を開いた。
カチリ。
何かの音がした。
フェルンがハズレの扉を開いたときにはしなかった音だ。
そして、俺はそれが当たりの扉だと思った。
しかし、その次の瞬間、膨大な熱量を伴う爆風が、俺の体を襲った。
次回「22」




