「17」帰還
「なあ、どう思う?」
俺は、乾いた喉を潤した。
「どうも何もないな....。ここがどこかは大体想像がつくが....」
彼は、頭をガリガリと掻きながらそう答えた。
(想像がつくのか....俺にはさっぱりだな....)
あのあと、周囲を探索したが、あるのはただの変なオブジェクトとウサギだけだった。
とりあえず、一番上のフロアを目指すが、何もなく、いったいここがなんなのか、予想がつきそうにない。
「それで、想像がつくって、どんなところだと思うんだ?」
すると、彼は少し考え込むと、着物の内側から、数本の針を取り出した。
「俺の想像が正しければ、この今見ているこれは幻覚だ」
「幻覚?」
彼は頷くと、針に糸を通して、前方へ向かって投擲した。すると、その針は、空中で何かにぶつかったかのように跳ね、地面に落ちた。
「マジかよ....」
「あぁ。さっきの無限階段といい、このヘンテコな風景といい。妙なところが多すぎる」
よく気がつくなと、俺は彼に感嘆した。
しかし、これはどういうことだろうか。一体全体、いつから幻覚に──。
「おそらく、これも界災の一種だろうな。だが、抜け道はある」
「抜け道?」
俺は、今までの京馬の行動を思い返す。
幻覚、壁、界災....。
そして、俺はふととある事に思い至った。
「もしかして、この部屋は映像だけが動いていて、座標は一切変動していない、のか?」
「おそらくな。ただ、立証するには、その部屋が変形しないことが前提だ」
彼は、更に懐からライターと何かの袋、そして、二人分のガスマスクを取り出した。
「お前のそこはどうなってるんだよ?」
「師匠の遺品で、四〇元ポケットと言うらしい」
「お前はの〇太か!」
とにもかくにも、俺は京馬からガスマスクを受け取った。
「で、どうするんだ?」
俺は、彼にガスマスクをつけてもらいながら、彼に質問した。すると彼は、端的にこう答えた。
「煙を発生させる」
「そのあともう一回火をつけたりはしないよな?」
「しねぇよ」
彼は袋から数粒の黒い玉を取り出すと、それに火を着けた。
とたん、それは大量に煙を発した。
煙は床に溜まり、四方へと流れて行く。
やがてそれは、大きな正方形の形にとどまった。
「ほら、やっぱり」
俺、今思ったけど、これは幻覚ではなくて錯覚だよな?
そんな俺の思考は露知らず、彼は壁へと近寄り、それを殴って破壊した。
そして、俺たちは破壊された穴から外に出た。
外に出ると、見覚えのある、どこかのビルの屋上だった。
「寒っ?!」
外は、まるで冬のように寒かった。
丁度空は曇り、雪が降っている。
「どこだ、ここは」
京馬が呟いた。
しかし、俺はここがどこだか理解した。
そう。だって、空に浮かぶあの特徴的な城を見れば、すぐにわかるじゃないか。
(戻ってきたのか、この世界に)
いったい全体、どういう仕組みで、どういう流れで、どういうつもりで、彼がこんなことをしたのかはわからないが、きっと、聞いても場面を作りたかったからの一言に尽きただろう。
なんとグダグダな物語なのだろう。
俺は、その冷たい空気を吸い込んだ。
「戻ってきたんだ。この世界に」
そうとわかれば、やることはひとつだ。
俺はそう呟くと、遠くに見える大森林の方角目指して走り出した。
(体力が戻っている。筋力も、魔力もある。力が戻っている。いや、下手をすれば、全盛期のそれを越えている)
俺は、ビルの上を走り、跳びながら、なんとも言えない感情に浸っていた。
大穴の縁が見える。
もう、あと数キロで到着する。
少し後ろには、京馬が俺を追いかけてきていた。
しかし、俺の方が若干速い。
身体能力強化の魔法と跳躍の魔法、慣性制御の魔法に、ナンバ歩きと縮地を同時に使っているからな。
もしかするとヘンリーに勝るとも劣らない速さかもしれない。
しばらくすると、大穴の縁についた。
「あとは、血の石を全部破壊すればいい。そのあとは屋敷に戻って、それから──」
やることはたくさんある。
謝らなければならない人もたくさんいる。
俺は、みんなに心配ばかりかけているな。
俺は分身を作り出した。
大丈夫。ティータニアはちゃんと使える。規制がかかることもない。
心臓の鼓動が、耳たぶを打つ。
「京馬は、たぶんこれがどういうことか、そして、俺が何をしようとしているのかはわかっているだろう?」
後ろに降り立った彼に、俺はそう聞いた。
いや、これは質問ではなく確認で、それを含めた前振りだ。
「俺はこれから、吸血鬼を殲滅しにいく。と言っても血の石を破壊するだけなんだが──」
俺には語彙力が無いし、会話のセンスもない。要領を得て話すのも苦手だ。
でも、伝わってくれる。俺はそう信じているから。
だから、俺は端的にこう告げた。
「ゲームのラストで落ち合おう」
そう言って、俺は大穴へと飛び降りた。
次回「18」




