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絶滅種族の転生譚《Reincarnation tale》  作者: 記角麒麟
人形劇 にんぎょうげき
145/159

「10」ジズ

 月。


 グルジェフの、「人間という工場」に於いて、それは人類の本体なのではないか。


 記角麒麟は、1人、とあるビルの最上階で、機械に繋がれた被験者を見ながら、そんな雑孝ざっこうをしていた。


 今夜は月が赤い。いや、紅いといった方が、雰囲気にあっているだろう。


 紅い月光が照らすこの最上階で、彼はふふっと、笑みを浮かべる。


『やけに楽しそうだな?』


「そりゃあ、ね。こんな壊れた世界で、これだけの被験者がそろうというのは最早奇跡だからね」


 壊れた世界。


 それは、彼の望む世界へ着実と変貌を遂げていく世界。世界のことわりが、書き換えられていく世界。数多くの矛盾が、解決されようとする世界。


 それはもう、もとのあの世界とは全く違った様相を見せていた。


『奇跡....な....』


 ソロモンの悪魔の二十九柱目の存在であるアスタロトによって、あらゆる秘密を知る力で、天地開闢てんちかいびゃくの秘密を知って、その神のような幸運と知力で悪魔の力を我が物にし、この現在を創った彼。


 奇跡なんて、この世に存在しないことを、一番よく知る彼が言っても、それは仕組まれた運命としか思えないのだ。


 全く、人間臭いAIである。


『それで、アスタロトの出した宿題は提出したのか?』


「無論、合格だったよ」


 彼はシステムにそう答えて、うっとりとした顔をした。


(俺の願望は、終わることはない)


 彼は、ニヤリと微笑むと、6と書かれたカプセルベッドで眠る、一人の幼い少女に頬擦りをした。


































「....道に迷ったな」


 広い、東家の実家で、杏子によってあの牢獄じみた浴場に閉じ込められ、脱出してから、俺の時間感覚が狂いはじめて、どれくらいたっただろう。


 最初に見た中庭ほ約三倍くらいはありそうな、広い和室の中で、俺は困ったように呟いた。


「そうじゃの。ここじゃ、時間も確認できんし....。かといって、来た道を戻るのもな....」


 旧サブシステム・バックアップ・アカウント擬人化AIこと、因幡朔は、もう歩くのは疲れたとでも言うようにそこに寝転んだ。


 正直俺も、そろそろ足が痛くなってきた頃だ。特に足首と太ももが。


 俺も、彼女にならってその場に寝転んだ。


 グー。


 腹の虫が鳴く音が、かれこれ数分前から鳴り続けている。


(屋敷で道に迷って餓死なんて、笑えないぞ....)


 腹が空きすぎて、若干気分が悪くなってきた。


 グー。


 朔の腹の虫も悲鳴をあげているようだ。


 喉も乾いてきた。


(もう無理。死にそう....)


 まだ死ねないのに。まだ、あれを殺していないのに、餓えて死ぬ?バカな。そんなことは死んでも許さない。


 俺はとりあえず、今までに通ってきた道から逆算して、頭の中で一応のマッピングを試みる。


 そして、最初に外部から見た時の大きさや、窓の配置、屋敷の立地、そこから得られる大気の流動の規則性等を思い起こす。


 この道を通ったときは、この方向に風が流れた。このときの空模様はどうだった。だとか。色々と思考した。


 しかし、空腹でもうろうとした頭では、もうそんなことはどうでもよくなりつつあった。


(杏子め....)


 まるで入ったものは出てくることが叶わないという富士の樹海に、目隠しをして奥深くまで連れてこられた気分だ。


 しばらく、静かな時間が過ぎた。


 何時間たった?あるいは、そんなに経っていないのかも知れない。


 ガタン、と、部屋の襖障子が開かれた。


「ここにいたか、イナバ!」


「京....馬....」


 なぜ、こんなところに京馬が?


「ったく、世話かけやがって。おいアン!お前のせいだからな!手伝え!」


(やった....助かった....のか....)


 俺は、その安心しきった彼の顔を見て、少し安堵した。














 しばらく廊下を進むと、食べ物のいい臭いがした。


「イナバ、飯は食えるか?」


 喉が乾きすぎて声が出せないので、俺は首を縦に振る。


 目の前に出されたのは、豚のしょうが焼き定食だった。


「いただきます!」


 ああ、なんて幸せなんだろう。


 食事ができるって、今まで感じることはなかったが、とても幸せなんだな。


 そして、俺はみるみるそれを平らげたのだった。


「ごちそうさま!」
























「イナバ、いるか?」


 朝食後、睡眠をとっていると、部屋に京馬がやって来た。


「なんだ?」


「アンのこと、改めて謝っておこうと思って。すまなかったな」


 彼はそう言うと、畳の上に腰を下ろした。


「大丈夫だ。にしても、お前の家....というよりもはや城だな」


 お陰で道に迷った。


 家の中で道に迷うって、はじめての経験だったな。


 危うく死にかけたし。


「まあな。親父の趣味なんだよ。それで、休んでいるところ悪いが、お願いがあるんだが。いいか?」


 なんだろう。


「別に、今はそれほど疲れているわけではないから、聞くくらいはするけど」


 そう答えると、彼は頭をガリガリと掻いて、言った。


「ジズが焔陽炎を試したいらしくてな。俺じゃ、なんの練習にもならないから、よければなんだが。相手してくれるか?」


「ジズの?」


 確か焔陽炎は薙刀だったな。俺も、薙刀を相手にしたことは無かったし、ここで経験を積むのもいいかもしれない。


「頼めるか?」


「わかった。案内してくれ」















 京馬に連れてこられたのは、広い体育館だった。だいたい、二千人くらい人が入りそうな、大きな体育館だ。


「きょーま!そのひとだれ?」


 入ると、赤い薙刀を持ったジズがこちらに近寄ってきた。


「因幡六花。お前の相手をしてくれるよう頼んできたんだ」


「ほんと?!ありがとー、きょーま!だいすき!」


 東京馬、シスコン疑惑。


 いや、ジズが単にブラコンなのかもしれない。


「そんじゃ、イナバ。よろしく頼む」


 彼はそう言って、俺の頭を撫でると、体育館を後にした。


「それじゃ、ほんきでおねがいしますね、いなばさん?」


 彼女は間合いを取ると、薙刀を構えた。


 瞬間、彼女の姿が認識しづらくなった。


(?!)


 見えてはいる。しかし、見えているはずなのに認識できない。まるで、陽炎のように、姿がぶれている。


(なるほど、それで焔陽炎か)


 これはあの薙刀の効果だ。おそらく、心理学なんかを応用していたりするのだろう。


 俺は、無武の構えをとった。


「構えないんですか?」


 彼女はそう聞いてきた。


 そういえば、最近そんなことは聞かれなかったためか忘れていたな。


 どんな姿勢からでも、あらゆる攻撃に対応し、あらゆる技を使う。それが、無武むぶの構え。


 一見、構えていないように見えるが、実はかなりの神経を使って、あらゆる状況を想定して、常に最善の手を尽くそうと、脳では行動パターンが設定されている。


 これは、相手をおびき寄せたりする際にも有効なため、相手に先手を与えやすい。


 だからこそ、勝てる。


「構えてるよ?」


 俺は比較的優しい声でそう言った。


 彼女は、そうですか。と言って、足に力を込めた。重心が乱れる。


 突如、彼女の薙刀が、俺の頭部を襲った。


(?!)


 間一髪で回避し、距離をとった。


(抜き足と、薙刀の能力が合わさっているのか....)


 なかなかに厄介だ。


 何せ、相手の認識が常にずれているのだから、余計な動きが混じってしまい、結果、隙を作ってしまう。


 彼女の武器の刃が、俺を襲う。


 間一髪で避ける。


 突き、突き、袈裟斬り、逆袈裟斬り、横薙ぎ、斬り落とし、柄で突く、押す、そして、突きが来て薙刀を旋回させて接近を排除する。


 なかなかの技量だった。そこに、一切の無駄な動きはなく、精錬された技があった。


 隙がない。


(リーチの差だな)


 俺はまだ本気を出してはいないが、わかる。彼女は強い。そんじょそこらの野郎よりは確実に。


「どうしたの?ほんきでくるんじゃないの?」


 彼女は一切息が上がっていない。その上、挑発的な言動をとる余裕すら感じられる。


 彼女が突きを繰り出した。


 もう彼女の癖は見えた。


 俺はその突きを脇に挟んで防御し、そのまま逆の手の甲で柄を内側へと引く。


 テコの原理で、彼女は軽く宙に浮き、そして、背後に振り落とした。


 針流、大半花おなかばな


 本来は暁鬼の構えから放たれる投げ技で、相手の腕を自分の腕で絡めとり、もう片方の手で相手の体を固定して背後に振り落とす技だったが、今回は相手が薙刀だったのでこの方法をとった。


 彼女は空中で手を離すと、受け身をとって着地した。


 今の彼女に武器はなく、俺は彼女が自ら手放した薙刀を持っている。


「や、やるね....おねえちゃん....」


 彼女は驚いたようにそう言った。


「驚いたのはこっちだよ。まさか、その年でこれほどの技量とは。やっぱり天才だな」


 彼女の怪物じみた身体能力は予想してはいたが、もはやここまでとは思いもしなかった。


「おねえちゃん。ほんき、だしてないでしょ?わたしほんきだったのに」


 ジズはふぅと一息つくと、その場に座った。


「まあな」


 正直に言えば、あの焔陽炎の能力は、俺にとって無意味だ。いや、殺気のなかった彼女の攻撃は、それに対して、有効ではあったが。


 殺気を隠して殺す。面白い才能だよ。正にあの武器を持つにふさわしい能力だ。


 俺は彼女に薙刀を返すと、その場に腰を下ろした。


「お見事じゃったの、小娘」


 どこからか、朔の声がした。


 見回しても、どこにもいない。


(どこだ?)


「ここじゃよ、ここ。主の足下じゃ」


 言われて、俺は足下を見た。すると影から朔の顔が浮き出していた。


「うおぅわおっ!」


 びびったー。マジでびびった。腰抜かすかと思った。


「そう驚かんでもよいわい。妾は単なるデータじゃ。こんなことができてもおかしくはなかろう?」


「いやいやいや、十分おかしいから。おかしいを通り越してもはやホラーだわ!」


 そう言うと、彼女は不服そうな顔をして、よいしょと言って影から抜け出してきた。


「そう騒ぐな。誰かにでも見られたらどうするんじゃ?」


 お前が言うな!と思ったのは、果たして俺だけだろうか。


「まあ、心配せんでも、そこのジズとやらは妾が眠らせておるからの。安心して話せ」


 ふと横を見ると、確かに彼女はぐっすりと眠っていた。


(いったい、いつの間に....)


 そんな疑問を浮かべながら、俺はふと気になったことを聞いた。


「そういえば、朔。今までどこにいたんだ?もしかして、ずっと俺の影の中にいたのか?」


 そう思うと、少しゾッとするところはあるな。


「なめんなよ?妾をなめるなよ?妾を誰だと思っておるのじゃ。そこらの影の中に潜むくらい、朝飯前じゃよ!」


「忍者か!」


 怖いな。こいつに命狙われたら、俺にはたぶんどうすることもできそうにない。


 はぁ、と、俺はため息をついた。


 正直、彼女の攻撃を避けるのに体力の消耗が激しかった。それに、大半花は、ある程度体力も使う。


 あれから睡眠も浅いからな。疲れがたまるのも道理だろう。


「なんじゃ?疲れておるのか?」


 朔が、ニヤニヤしながら、こちらの顔を覗き込む。


「あぁ。正直な。疲れた」


 俺は、ばたりとその木の床に寝転んだ。


(今頃、ニーフ達はどうしているだろうか)


 吸血鬼どもが城に攻めこんで、向こうではおそらく4年ほど経っているだろう。


 いい加減に向こうへ戻らないと。


 厄介な神祖一族は俺が消滅させたから、かなり難易度は落ちただろう。それでも、吸血鬼に人間が勝てる可能性なんて、大気中の酸素原子一粒程度と言ってもいいくらい、低い。


 やつらの攻撃で、こちらが負ける確率なんて、高いというレベルを遠に越している。


 下手をすれば、帰ったときには人類がいなくなっている可能性すら存在する。


 そして、そのルートをほぼ確立させた記角麒麟。


(一体、何者なんだ?)


 とにかく、今は一刻も早くあの蛇を殺さなければならない。そのためには、向こうへと渡る必要がある。そして、向こうへ行けば、すぐさま大穴へ行き、血の石をすべて破壊する。


 向こうへ渡るには、あの記角麒麟をどうにかしないといけない。


 でも、どうすればいい?


 どうやって、向こうへ行けば....。


「アリスゲームって、もしかして俺が思ってたものとは違うのか?」


 俺はてっきり、アリスゲームとは、奴の願望成就のためのお遊びかと思っていたが、実は全く違った?いや、それとは別に、もうひとつあった?


 一体なんなんだ?


「なんじゃ、アリスゲームについて知りたいのか?」


「知ってるのか?」


「いや、知らん。ほとんどデータは消されてしまったと言ったろうが」


(なんだよ。やっぱり使えないじゃねえか)


 俺は、期待を裏切られた気分で、ため息をついた。


「使えない」


「口に出すなよ!思っていても口に出すなよ!?ったく。はやとちりしおって。ほとんど消えたのであって、完全に消えたとは誰も言ってはなかろうが」


 彼女は全く....と呟きながら、腕を組んだ。


「じゃあ、少しでもそのデータは残っているのか?!」


 少しでも残っていれば、何か手がかりになるかもしれない。


 俺は起き上がると、彼女を見つめた。


「ん?ま、まぁ....な。でもちょっとじゃぞ?」


「それでもいい!教えてくれ!」


 若干引いている感じはするが、それでも構わない。


 向こうに帰ることができる。そのヒントであれば何でもいい。


「し、仕方ないのぉ....」


 彼女はなぜか顔を赤らめながら、そう言った。


「な、なら、少し場所を変えよう。誰かに見られでもしたら、大変....じゃし、の?」


 彼女の挙動に、少し不信感を覚えながらも、俺はわかったと頷いた。

次回「11」

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