「08」山の中のでっかい屋敷の風呂場と言えば、やっぱりこれですよね?
心臓の弱い方はご注意を....いや、一応ね?怖い話とかある訳じゃ........ナイヨ?
東さんのお宅は、やっぱりお城でした。
ええ、ビックリしましたとも。そりゃもう盛大に。盛大に腰を抜かしかけましたよ。
まず、敷地面積が、イルスの城の約1.5倍。この山ほとんどすべてが、彼の家の敷地内だそうです(話によれば、田舎の方の人は普通に山を一つ二つ持っていることもあるそうだが、それでも家がそこまで大きいというのはまず聞いたことがない)。
「東って、金持ちだったのか....」
車を何回も買い換えることができるわけだ。
「ああ。というよりかは、俺の師匠の持ち金の1割のさらにそのうちの1割がこれなんだが....。まだ金は有り余ってる」
師匠金ありすぎないか?何してる人だよ?
「因みに、その師匠って何してる人?」
「界災に関する情報を整理したりする人だな。とっくに死んだが」
「....すまない」
「気にすんな。俺は師匠の技を半分も受け継いでないし、付き合いも浅いからな」
マジ師匠がどんな人か気になってしかたがないんですけど。
と、まあそんな感じの話をしながら、俺は彼に客間に案内された。
「ここがお前の部屋だ。ここにあるものは好きにしていい。不便があればこいつにでも言いつけておけ」
東はそう言うと、薄い茶髪を、ゆるく下の方で二つに括った女の子(ジズと同じくらいの年頃)を突き出した。
「アン、ご挨拶だ」
すると、彼女はこちらを見上げて、端的に言った。
「東杏子。9才。ジズの双子の姉です。特技は槍です。よろしくお願いします」
ジズの双子の姉?
髪の色や目の色は全く違うが、確かに顔の造形や体格は似ているな。姉妹と言われればそうかとは思うが、双子とは遠いような。
(もしかして二卵性双生児か?)
しかし今はそんなことは関係ないだろう。
俺は彼女に手を差し出した。
「よろしく。杏」
その後、俺は東兄妹に案内され、夕食の席についた。
「東、俺は今日から京馬と呼ばせてもらってもいいか?」
「あー、なるほど。わかった、好きに呼んでくれ」
京馬はそう言うと、上座についた。
その左にはジズが座り、右には杏子が座っていた。
端から見ればハーレムだな。
「りっちゃん!やっぱり来てたんだー!」
「宮崎さんも来てたんですか」
「そーそー。これからの拠点がここになったって話だったからねー。本部も近いし、修行場所もある。まさにベストプレイスよ!」
なにそれ、聞いてないぞ?
怪訝そうな顔をする俺に、彼女は後ろから俺を抱き締めた。
「白城さんは今、りっちゃんの退学手続きを済ませてるから、当分はカズと白城さんは一緒ねー。あ、そうそう。夕夏ちゃんがね?今日──」
話が長くなりそうなので、俺は途中から聞き流していた。
しかし、そうか。
拠点ここに決まったのか。
となると、あの屋敷から引き離されたわけだが──。
ふと、俺の中に陰謀論という単語が思い浮かんだ。
(まさか、な。そんなわけあるか?)
もし、あの屋敷の人たちが記角麒麟と繋がって、わざと界災を引き起こして自己解決しているのだったら、彼らにとって、彼は守るべき存在だ。
(でも、俺は誰にもその事は話していないわけだし。きっと考えすぎだな)
俺は頭を振って、思考をやめた。
どうせ、来週には京馬と跡地に行くわけだから、関係ないし。
「──そんじゃ、みんな揃ったし、食べるか。全員席につけ」
京馬が声をかけて、全員に着席を促した。
「アン。挨拶」
京馬に背中を押されて、杏子が合掌した。
「いただきます!」
「「いただきます!」」
夜も完全に更けてきた頃。俺は、少し眠くなってきたので、そろそろ風呂に入ることにした。
「杏、風呂ってどこ?」
見ると、杏子はとっくりから日本酒を注いで、京馬に手渡していた。
「アン、案内してやれ」
「わかった」
そう言うと、彼女はこちらに歩み寄ってきた。
「案内する、ついてきて」
ギシギシと軋む暗い廊下を歩き、俺は杏子に連れられて風呂場へと向かう。
「因幡さん。兄とはどういうご関係ですか?」
唐突に、彼女は廊下で立ち止まり、そう聞いてきた。
「どういう....って言われてもなぁ....」
んー。回答に困る。別に、友達ということでもないし、かといって親友でもない。知り合いというのも何か違う。仕事仲間ではあるものの、俺はあいつとタッグを組んだのは今日がはじめてだし、相棒とはまだ呼べる立ち位置ではない。
「んー....答えに困るな。杏はどんな答えを求めてるんだ?」
「知れたことを。恋人関係かと聞いているのです」
「あり得ない」
俺は即答した。
それだけは絶対にない。いくら世界が曖昧かつ不確実で不安定であったとしても、これだけは確実に言える。
それだけは決してないと。
っていうか、さっきから杏ちゃんの様子がおかしい。どことなく殺気が滲み出ている感じがするのだ。
しかし、俺が即答した時点で、それはかなり収まった。かなり収まっただけで、消えてはいなかった。というよりかは若干怒気に変わっている気もした。
いったいなんなんだ?
怒らせるようなことしたか、俺?
「そうですか。なら、安心です」
彼女はそう言うと、歩行を再開した。
暫くすると、女湯とかかれた暖簾がかけられた入り口についた。
「ここから先が脱衣所となっています」
「あ、ああ。ありがとう」
「どういたしまして」
彼女はそう言うと、その場を後にしようとした。
「杏。少しまってくれ。あまりにも道が複雑すぎて、道を覚えきれていないんだ。すまないが、迎えに来てはくれないだろうか?」
「それは、できない相談です」
「はい?」
どういう意味だ?
いや、何をするつもりだ?
そう思った次の瞬間、彼女は俺の懐に飛び込んでいた。
(抜き足か?!)
彼女の姿を認識したときにはもうすでに、俺は脱衣所へと投げ飛ばされていた。
暖簾の裏から鉄格子が降りてきて、俺の退路を塞いだ。
「しばらくそこにいてください」
彼女はそう言うと、その場をあとにした。
(くそっ、相手がガキだからって油断した)
まさか、あの年で抜き足を使えるとは。
(全く、面白いことこの上なしだな、東家は)
あの様子だと、ジズとかいう奴も相当の怪物かもな(俺の言えることではないが)。
俺は、とりあえず風呂に浸かりながら今後を考えることにして、とりあえず服を脱いで浴室へと向かった。
浴室には一切窓がなく、少し仄かに明るい照明が四隅に取り付けられているだけだった。
風呂場はかなり広く、その程度の明かりでは、この空間を完全に照らし出すことはできていない様だった。
言うなれば、仄かに暗い程度だった。
「これくらいの明るさなら、問題はないかな」
なんなら、真っ暗でも音の反響から大体の地形は把握できるのだし。
俺は一人呟いて、奥につけられていたシャワーの蛇口を捻る。
冷たい水が、勢いよく出てくるので、俺は一度シャワーを止めた。
(見たところ、水温を調節する器具は無いようだな....)
どうするか。
そんなの決まってるじゃん。
俺は再度シャワーを出して、魔法を使ってその水を暖める。
最初は温度の調節にてこずったが、何となくコツを掴んできた。
「これくらいでいいかな」
推定水温は40±2℃。
だんだんと水温を安定させることが出来るようになってきた。
そこで、俺はシャンプーとコンディショナーとリンスがそこにないことに気がついた。あるのは石鹸のみだ。
(どうしようか)
石鹸で頭を洗うのも気が引けるし、かといっても洗わない手は論外だ。
目的を達成するために目的を捨てるとケントは言っていたが....とりあえず保留にするか。
俺は石鹸を手にとって、タオルがなかったので手で泡立てて直接手で体を洗う。
(二年も寝てたら、そりゃ体も固くなるわな)
背中を洗う際に手を後ろに回したが、どちらの手を使っても洗えない部分があった。
(........温度って確か、分子の振動なんだよな?)
どうしたものかと考えていると、そんなことに思い当たった。
温度を調整するってことは、分子に対して、存在しないエネルギーを作り出して振動させているわけだから....。
応用して、念力みたいなことはできないだろうか?
「試す価値はあるな」
やってみるか。
しばらくそうやって試行錯誤していると、石鹸が完全に溶けてしまった。
「まずったな。やり過ぎた」
俺は後悔しながら、シャワーで体の泡を流した。
しかし、それでは、石鹸で頭を洗うという奥の手もなくなってしまった。
(どうしようか)
辺りを見渡すが、それらしきものは見当たらなかった。
仕方がないので、お湯で頭を洗うことにする。
(外はこんなに立派なのに、何で風呂場はこうも貧乏臭いのだ....)
俺は蛇口を捻り、顔にかかった髪の毛を後ろに流した。
「しかし、何でここはこんなに暗いんだろうか」
俺はバスタブの蓋を退けて、中の水を確認する。
(冷たいし、なんか少し臭いな)
俺は風呂の栓を抜いて、中の水をすべて捨てた。
そして、あることに気がついた。
(石鹸も何もなかったら湯船洗えないじゃねぇか!)
「先に全部見るべきだったな」
もしかしたら、脱衣所に洗剤が、もしかしたらシャンプーとかあるかもしれない。
望みはある。
俺はそう考えて、一度浴室から出た。
脱衣所に出ると、すぐ目の前に、鉄格子で封鎖されている出入り口が、暖簾の手前から降りている。そして、その暖簾の下数センチの所に、異常に大きな足が見えた。
(?!)
ひた、ひた、ひたと、それは音をたててこちらへと近づいてくる。
これは、あれだ。
見ちゃいけない奴だ。
所謂幽霊って奴だ!絶対そうだ!
俺は、シャワーの水を完全に拭き取っていないせいもあって、体が恐怖と寒さで震えた。
ヤバイ。マジで怖い。
無理、誰か助けて!
ひた、ひた、ひた、という音が、次第に大きくなっていく。
あまりの恐怖に、俺は尻餅をついた。
ひた、ひた、ひた、ひた、ひた。
尻餅をついたまま、俺は後ずさる。
ひたひたひたひたひたひたひたひた!
だんだんと大きく、速くなっていく足音と同時に、俺の心臓が早鐘を打つ。
そして、それは次第に小さく、遠退いていった。
「ふぅー....」
行ったか。
洒落にならない怖さだな。
たしか、こういう場合の落ちって、だいたい振り向いたら後ろにいる....ん、だよ....な....。
ヤバイ。自分で考えてて怖くなった。
さっさと取るもの取って、引き返そう。
俺は立ち上がると、すべての棚の中を見て回った(怖かったので、鼻唄を歌いながらだったのは、この際仕方がないと思ってくれ。そしてその間、俺は決して振り向くことなく仕事をこなしていたことも、内緒でお願いします)。
「あ、あった」
最後の棚で、ようやく求めていたものがすべて入ったセットが見つかった。
(あれ、ここ最初に探したよな?)
おかしいな。でもまあ、あったんだしいいかな。
俺はそのセットを腕に抱えて、後ろを振り返ろうとした。
ひた。
(い、今の、なんの音だ?)
背後から聞こえた、ひたという、まるで水分を多く含んだ脂肪の薄い板状の塊が、病院の床に叩きつけられるような、この音は。
瞬間、背筋が凍った。
無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理!
頭の中で連呼するが、体は勝手に後ろを振り返ろうとする。
止めろ止めろ止めろ!そこから先は、絶対に見ちゃいけない奴だから!
体が強ばり、半ば金縛りのような状態で、俺は後ろを振り向いた。
そこには、青白い肌をして、方目がグッチョリと潰れて眼孔からはみ出している、髪の長い女の人がいた。
「────!!??」
俺は、腰が抜けて、床に座り込んだ。そして、彼女の驚くほどに長い足が見えて、頭の中で、ひた、ひた、ひたという足音が再生された。
「もう無理!助けて!誰か助けてくれ────!!」
そして俺は、その場で失禁して、そのままの姿を変えることなく気絶した。
俺の実体験を、この作品に合わせて少し捻ってます。
登場人物及び場所は、現実のものとは一切関係がありません。
次回「09」




