「05」海の蜂
九月三日、水曜日。
「それじゃ、行ってくる──」
俺は、昨日と同じように、学校へ向かおうとした。しかし、東が俺の肩を掴んで、家の中に引きずり込んだ。
「今日は俺の仕事を手伝ってくれ」
「........はい?」
「で、仕事って?」
俺は、東が運転する車の中で、彼に手渡された仕事着(何故か白いビキニだった)に着替えながら尋ねた。
「これから、界災をどうにかしに行く」
「界災?」
「そうだ」
俺は、カーテンで仕切られた奥の空間で、水着に付けられたベルトに、防水加工されてあるホルスターに、これまた防水加工された自動拳銃(デザートイーグルと言うらしいが、正直銃の種類はよくわからない。)をセットした。
「今回は、海辺に現れた巨大なイソギンチャクによる被害を終息させる」
「巨大なイソギンチャク?」
「そうだ。主に生殖機能が成熟し始めたころの若いメスを主食にしているらしい。そこで、イナバには囮になってもらうことにした」
生殖機能が成熟し始めた頃の若いメスを主食にするイソギンチャク....ヒエロとの授業にたしか出てきてたような気がするな。
たしか、『エディが一人立ちするようになって、もしもの事があっては困るな』と思って、彼女でも使えそうな対策を考えたことがあったか。
「それと、その銃は絶対に使うなよ?お前のような非力が使えば、腕が吹き飛ぶかもしれんから」
「じゃあ何で渡したよ?!」
「もしもの時だ。打てばそれなりの衝撃が来るから、どうしてもって時は両手で撃て。絶対に片手で撃とうとするなよ?あと振動の分散や拡散も忘れるな」
って言われてもなぁ....
俺は、その少し重みのある銃をまじまじと眺めた。
「そういえば、なんで俺だけ水着なのさ?寒いだろ。今秋だぞ?」
この国では、もといたところより四倍速く季節が巡ってくる。そのためか、夏から秋に変わるときのこのとてつもない温度差には、正直拒絶したい節がある。
「相手が獲物を認識しやすいようにだ。あのイソギンチャク、話によるとすべての触手の先端にカメラ目を1つ持ってるらしいからな」
うわ、面倒くせぇ....。そいつの視界どうなってんだよ。自分をちゃんと認識できるのか?
「飾りじゃないのか?」
生存競争において、カメラ目という目の構造はとても有利だ。だが、この場合だと、すべての触手の先端に目があるのは生存競争において極めて不利だと俺は考える。
なら、目があるとしたら触手を生やしている体の方か、もしくは一番特徴的な触手の先端、もしくは触手の根っこだ。
「かもな。それは見てからじゃないとわかんねぇから。──ついたぞ。まだ降りるなよ?」
和服の怪力男、東京馬は、車から降りると、リアス式海岸から望遠鏡を使って海辺を見た。
裸眼でもそれなりの大きさはあるので姿は確認できるが、詳細がわからない。
「なっ....あれって、ホントにイソギンチャクか?」
そのあまりにも毒々しい体の模様に、彼は心底戦いた。
イソギンチャクの毒は、普通は人間には害がないが、沖縄にいるウンバチイソギンチャクのもつ毒は、触れれば非常に激しく痛み、火傷のような傷を負う。
急性腎不全などによる死亡例も出ているため、このような未知の刺胞動物には、迂闊に接近戦をするのは危険だろう。
かといって、自然の生態系に組み込むことは、生態系が壊れてしまうだろうし、海に引きずり込むという手も使えない。
(スナイパーライフルで遠距離攻撃するにしても、あの触手に当たっているかの判断はつきにくいだろう)
「胴体を狙うか。対物ライフルが欲しいが、あいにく持ち合わせていないし──対人用が効くかどうかもわからない」
結局は接近戦か。
彼は望遠鏡を懐に入れると、車に戻った。
「どうだった?」
「まだよくわからん。対人用の狙撃銃でなんとか試してみる」
彼はそう言うと、一丁のスナイパーライフルを車から取り出して、元の場所に戻った。
しばらくすると、彼は溜め息をついて、車の中に戻ってきた。
「イナバ。勝手につれてきて悪いが、死を覚悟しておいてくれ」
彼はそう言って、遺書と書かれた紙を俺に寄越した。
「勝手な奴だな。俺は夜刀之神を殺すまでは死なねぇよ。東だって、夕夏を遺して死ぬつもりはないだろ?」
「当たり前だ。だからこそ書いてくれ」
彼の声に混じった、その決意の色を見て、その本気の眼差しを見て、俺は、ニヒルに笑って見せた。
「そうだな。わかった」
俺は、遺書を書いて彼に渡した。
東は、俺の頭をワシワシと撫でると、その大きな体で、俺を抱きしめた。
「死ぬなよ?」
「そんなつもりはさらさらないと言ったろ?」
彼のその重い言葉に、俺は当然という風に返した。
たかがイソギンチャクと思うことなかれ。
こいつは、正真正銘の化け物だ。
次回「06」




