「14」ゲームセット
気がつくと、真っ白な部屋の中心で、椅子にくくりつけられていた。
「ベタだな」
第一声はそれだった。そんな台詞が出てくるほどには、落ち着いていたのかもしれない。いやしかし、逆にそれは、少し冷静さを欠いていたのかもしれない。声が震えていることを鑑みるになぜか焦っている。
手の感覚はある。いや、正確には、手錠で椅子にくくりつけられているためか、ほとんど麻痺しているに近い。
頭痛はない。視界もぼやけているわけではない。多少、この明かりのせいでチカチカすることはあるが、問題ではないだろう。
「気に入ってくれたかな、ウサギちゃん?」
どこからともなく、男性の声が響いてきた。正面の壁の上の方にある鏡と、現在の状況から考えるに、あれはマジックミラーだな。現在位置は、おそらくあの病院か、研究所、もしくは実験施設と考えて方がいいかな。
そして、この男は、察するに記角麒麟だな。
「博士よ。まずは手荒なことをしたことについて、謝ってほしいな。こっちとしては、迎えが来たの一言で自ずと向かっていく所存だったのだが?」
「む、それは悪いことをしたね。いやなんせ、場面というものを作りたかったものだからね。言うに、必然的対応だったとご理解願いたい」
「場面?」
なるほど、こいつはつまり。
「面白ければ何でもよしと?正に主我的な意見よ。賛成だ。それで、俺はなぜここにいる?」
俺は鏡に向かって、鋭い視線を送った。
これは1種の牽制だ。おかしな真似をすれば、すぐさまお前を殺すという脅しだな。
しかし、自分でもわかっている。あそこで相手が死なれてくれては、俺の脱出の手がかりがひとつ消滅するのだから。
本気で殺らないだけ、相手も理解しているだろう。
(まあ、次は本気で当てるけどな)
「アリスゲーム、と言えば、察しはつくと思うが?まあ、いわずもがな。知っていたろうけどな」
まだ確信は持てない。しかし、こいつは俺を使って何かを企んでいることは、間違いなさそうだ。
界災関連と考えた方がいいか。世界の融化、次元震災と呼ばれるものが起こる、もしくはその下準備か?
「さて、ここに一人、お前のお友だちを紹介しよう」
グイーンと、背後で自動扉が開く音がした。
「チホ!」
懐かしい、声だ。
「フレ....ア?」
四百年以上、後悔に後悔を重ねて、今や半ば忘れかけていたかの仲間の声が、俺を呼んだ。
「そうだ、私だ!」
ゆっくりと振り向くと、そこには、ほつれた長い赤髪を垂らして、汚れた顔で、涙にうるんだ目でこちらを見る彼女の顔があった。
「どうして──」
「いやー、感動のご対面だね。うん。いい雰囲気出てるけど、ぶち壊すね」
軽快な彼の声が、俺の耳を響かせた。
「界災って知ってるよね。これは、その結果なんだよ」
「界災の結果?」
「そ、副産物」
こいつは、俺にそれを教えて、どうしたいんだ?
「俺の目的はねぇ?世界と世界を融合させることなんだよ」
なんのつもりだ?
世界と世界の融合?
確か、同じ座標に物体やエネルギーは存在できないが、第四次元軸上では可能なんだったか。
なら、違う場所になら存在させられるわけで。
つまり、界災とは──。
「──なるほど。協力しろってことか。あちらとこちらを繋ぐ、奇跡を」
「そうは言ってないよ。ただ、世界を面白くするには、ファンタジー要素が欠かせない。なら、いっそ物語的にはできないかってことだよ。君が望めば、俺はあの世界へ帰してやれる。──いや、どうせ全部こっちと同じになるんだし、帰る必要なんてあるの?」
俺は、彼の言葉に、無償に腹が立った。合理的に考えれば、まさしく彼のいう通り、帰らなくてもいい。しかし。
「さらった理由はそれだけか?」
それを教えるだけなら、わざわざさらう必要性がない。彼の言葉には、何かがきっとある。
世界の融合は、彼の目的ではあってもゴールじゃない。その先だ。あいつは、何を考えている?
彼は何も言わなかった。
何かを考えているのだろうか。
図星か?
それとも、もう聞いてはいないか。
「俺の夢はね?この退屈で糞でつまらない世の中を、面白おかしくすることだったんだよ。だから、界災なんてのをちょくちょくと起こして、世界に衝撃を与えたんだ。今や、半分この世界の神様といってもいい」
その言葉で、俺は確信した。
彼は、自己を認めてほしいんだ。
自己顕示欲ってのは、募るとこんなにも恐ろしくなるものなのか。
他人のことは言えないが。
「ゲームなんて、始める前には終わってるってことを証明してやるよ。チェックメイトだ」
彼は抑揚のある声で、提案した。
彼は今、興奮状態にある。
「さあ、茶会を始めようか、英雄さん?」
次の瞬間、椅子にくくりつけられていた手錠が解除された。
俺は、楽になった両手両足を確かめるように動かすと、右手を掲げて、ちょうどチェスの駒を盤上におくようなジェスチャーをした。
「チェックメーイト」
同時に、強烈な殺気を、マジックミラー越しに感じた記角麒麟の気配に放った。
瞬間、鏡の向こうで、ばたりという音がした。
「確かに、始める前に終わったな。しかも、お前が撃ち取ったつもりでいたのに、逆に撃ち取られるとは、存外バカな奴だな」
説明しよう。
彼のいうアリスゲームは、至極単純なルールのもと成り立っている。俺が蛇を倒すか、記角麒麟本人を暗殺するかすれば、俺の勝ち。世界の融合を完全に果たせば、彼の勝ち。
勝つ確率は、一見して俺の方が高いようにも見えるこのゲームだが、実をいうと、俺の殺気で殺す技がなければ、相手の勝率は百パーセントだった。
因みに、彼のいう界災は、彼自身が起こしているものなので、彼さえいなければ、界災は起こらない。
蛇を倒さずとも、アリスゲームは終わらせられるのだ。
「卑怯になったな、チホ....。私はてっきり、復讐しにいくのかと思ってたのに」
隣で、背の高くなった彼女が、そういった。
「言ったろ?もうちょっと卑怯を覚えろってさ。警戒怠るべからずだぜ?因みに、さらわれたのはこのからだの体力のなさが原因な」
俺は、ふぅ、と息を吐いて、その場をあとにした。
次回「15」




