「08」華望一葉
「華望?!」
こいつ、弾を斬ったのか?!
(こんな芸当見せるの、フレア以来だな....)
「因幡さんは、体力が戻ったら、屋敷へ逃げてください。自分はあのスナイパーを落とします!」
「無茶だ!あんなに遠いところから、それも他に伏兵だっている!」
射撃音と到達時間から弾速を割り出して鑑みるに、距離はおよそ300メートル前後。それに、相手は崖の上から狙っている。断然不利だ。
「スナイパーを落とすのに、僕には距離なんて要りませんよ」
彼はそう言うと、刀を鞘に納めて、居合い腰に構えをとった。
(何をする気だ?)
俺は周囲の気配に気を配りながら、彼の一挙手一投足を見逃すまいと観察する。
じり、と、彼の後ろ足が引かれた。
(左に刀を構えているのに、右が後ろに出ている?普通は逆ではないのか?)
彼の足に、俺は疑問を持った。
彼が足を踏み込んで、左右が反対になった、その刹那。刀が抜き放たれると同時に、形状化された殺気の刃が、まっすぐ飛んでいくように感じた。
その刃は、一切物理干渉を起こさず、スナイパーの体にぶち当たった。
スナイパーと思われる気配が、刀で斬られたようにプツリと消えた。
「華望神刀流陰の段。彼岸花」
「............」
開いた口が塞がらないとは、多分この事だろう。俺は、ぽかんと口を開けたまま、絶句していた。
さっきの技。
あれは、針流として俺が作った、強烈な殺気をぶつけて生物の精神のみを殺すという『斬』という技の、さらに精錬された、剣術を組み合わせた技だった。
到底人間が扱えるような技ではないし、それに、さっきの現象。
「殺気の形状化......だと?!」
ようやく口に出したその言葉は、感動と畏敬に震えていた。
「おや、因幡さん。あれが見えたのですか。流石ですね」
彼はそう言って、俺に微笑みかけるのだった。
今は、その笑みは俺にとって恐怖でしかなかった。
その技を見て、俺はさとった。
俺が後ろを取られるわけだ。
こいつは、桁違いに強い。
「そ、そういえば、どうして俺がここにいるってわかったんだ?」
俺は、桐野束音と霧葉のみにしか伝えていなかったはずだ。それも、具体的な座標は伝えず、ただ外を探索してくるとしか言ってはいなかった。
なぜだ?
「ああ、それはですね。少しここら辺りの気配が騒々しかったのと、因幡さんが探索しにいくという話を鑑みて、多分関係があるんだろうなー、と。そんな感じの推測を元に、因幡さんの気配を辿ったんですよ」
気配を辿った?!
(嘘だろ?そんなことできるのか、こいつは。俺でもそんな芸当はできないぞ....)
俺は怪訝そうな表情を見せた。
だって、気配のちがいなんて、わかるものじゃないだろう。犬じゃあるまいし。
「今、胡散臭いと思いましたね?」
(言い当てられた。こいつは、メアリーに少し似ているのかもしれない)
俺は、置いてきた彼女を思い出して、また泣きそうになった。
目頭が熱くなる。
「そ、そんなに怖かったですか?そうですよね、まだ13歳ですしね。無理もありません」
彼はそう言うと刀を収めて、俺の体を抱き上げた。
「さ、早く戻りましょう。今頃白城さんがケーキをオーブンで焼いているところのはずですよ」
そうして俺たちは屋敷へと引き返した。
屋敷に戻ると、華望はさっさとキッチンへひっこんでしまった。
なぜか名残惜しい気分になりながら、俺はソファーに腰かけた。
桐野が俺に何かを言いかけて、やっぱりやめたという風に口をつぐんだ。
「はぁ」
そんな雰囲気に、俺は思わずため息を吐いた。
最近、ため息をつく回数が増えている気がする。いや、これはもう産まれたときからずっとかもしれない。
「何かあったのか?」
そんな様子を見た霧葉が、珍しく(といっても、今日あったばかりでなにも知らないのだが)俺に心配するような声をかけた。
「華望さん、やっぱり強すぎる。見た感じは筋肉マッチョという風でもないし、強いか弱いかで聞かれれば、まあ強い様には見えるけど....。まさか、あんな特技があったとはな....。俺なんか、足元にも及びそうにない」
俺はあの頃から、自分の強さに酔い、増長していたのかもしれない。しないように気を付けていたが、やっぱり強いという言葉は人を変えてしまう。
それを俺は今日思い知った。
「そりゃそうだよ。あの人、華望神刀流の107代目当主だし、歴代の当主の中で、初代と18代目以外使えなかった彼岸花を12歳で習得したんだから。勝てるわけないよ」
霧葉のフォローに、俺はさらに落ち込んだ。
「それ、慰めになってないと思うぞ?」
桐野も俺の心境に同意したかのように彼女に呟いた。
「天才、か....。どこにでもいるんだな、そういうのって」
「いや、カズの場合は天才というかもう神だね。僕のいたずらを全部逆読みされて、逆に僕が驚かされたくらいだもん」
(そんな話があったとは)
そもそも、奇襲に気がつくとは流石だと思う。
そんな話をしていると、噂をすれば、という風に、華望がリビングにやって来た。
「ほんと、華望さんって何者ですか?」
俺は、ふとそんなことを口に出した。
「内緒です」
その独り言に、彼は口に人差し指を当てて、そう微笑んだ。
その笑みは、俺にとってはもう恐怖以外の何者でもないような、それでいて、どこか納得できる反応だった。
次回「09」




