「06」幼女と支配人
(んー、この先、どうするかな....)
とりあえず、挨拶は歓迎パーティーの時でよしとして、夜まで時間があるな。このままずっと部屋にいるのも落ち着かないし、少し外に出るか。
俺はクローゼットを開いた。
いくら少し外に出るだけと言っても、やはりこの格好は落ち着かない。
いつもなら物質生成を使って直接衣服を作っていたのだが、この世界じゃ、そんなことはできない。システム的に。
面倒だが、これもリハビリの一環と思って自分で探して着替えることにしたのだ。
(いつもはメアリーが着替えさせてくれていたっけ)
そう思う度、自分があそこで死んでしまったやるせなさが込み上げてくる。
(くそっ。早くあっちに戻らないと....!)
俺は、いつの間にか強く握りしめていた拳に気がつき、同時に、涙がこぼれ落ちた。
「何でだよ。なんで、こんな現実が許されてるんだよ....」
二ヶ月と半月が過ぎて、少しは感情の制御がついたかとは思ったが。この感情があるかぎり、俺は決して目的を見失わないと思えることに気がつき、泣くのをやめた。
(泣くのは帰ってからだ)
俺は心にそう言い聞かせて、再びクローゼットの中身を確認した。
「............無いじゃないか。ワンピース以外、サマードレスっぽいのしか無いじゃないか!せめて半ズボンくらいあってもいいじゃないか!」
期待が破れた瞬間であった。
やむなく俺はそのままの格好で外出することにした。といっても、行く宛もない。
部屋を出て、俺はとりあえずリビングにいるであろう華望のところへ向かった。
「あ、因幡さん!」
「華望さん、まだ確認してたんですか」
等身大の姿見の前で、いまだに自分の頭を確認していた華望に、俺は心底呆れた声を出した。
「だって、心配じゃないですか!この髪の毛、ズラじゃ無いんですよ?地毛なんですよ?抜けでもしたら大変だとは思いませんか?!」
「人の髪の毛は一日に100本から200本は抜けると聞いたぞ?そんな数本、それに比べれば大差ないと思うがな?」
「それ、髪の薄い人に言っちゃダメですからね、因幡さん?」
彼は、比較的真剣そうな顔つきでそうコメントした。
まぁ、確かに、髪の薄い人には禁句だろうね。もう生えない可能性すら考慮すれば。
「あ、そうだ因幡さん。少しお使いを頼まれてはくれませんか?ちょうど手伝ってくれる人を探していたんですよ」
「そんな格好でか?」
「滑稽でしょう?」
彼はそう笑って、内容を説明した。
「屋敷の裏にある祠に、そこの机に置いてあるぼた餅をお供えしてきてほしいんですよ。そういえば、今日はまだお供えしていなかったことを思い出しましてね」
「祠?」
いったい、何を祭っているんだ、その祠?
「そうそう。この土地の土地神様。生き神様だから、ちゃんとお供えしないと死んじゃうからね。よろしく頼みますよ」
土地神か....。しかも生き神。
(レアだな)
俺はわかったと頷いて、皿ごとその牡丹餅を運んでいった。
屋敷の裏にまわると、小さな祠があった。
周囲に生き物の気配といったら、小さな虫くらいしかない。
(生き神って、虫のことじゃないよな?)
俺は心底不安になりながら、祠の前に皿を置いた。
少し離れて、影で様子をうかがってみることにする。
すると、俺が物陰に引っ込んだ瞬間、祠の後ろから、狐の尻尾と狐の耳をもった人の形をした何者かがやって来た。
よく見ると、耳はカチューシャで、尻尾は透明なベルトで固定された飾り物だ。
「ふぅ、やっとごはんがやって来たか」
彼女はそう言って、牡丹餅を手に取った。
「さすがに10時間も忘れられると、こちらも苦しいというのに....」
年のころは、まだ声変わりをしていないところから推測するに、まだ一桁くらいか。9才がいいところだな。
服は着ていない。つまりは裸だ。暑いのはわかるが、それでも外で服を着ないというのは、いかがなものかと思う。
観察に意識を集中しすぎたのか、バランスを崩した俺は、爪先を石に躓いて、盛大に前のめりに転んだ。
驚いたのか、彼女(たぶん土地神様)が手に持っていたぼた餅が、その小さな手から滑り落ちた。
「あっ!」
牡丹餅が地面に落ちた。
彼女がこちらをきっと睨んだ。
「お前っ!よくも私の食事の邪魔をしたな!せっかく食べられると思ったのにぃ!」
彼女は怒った様子でそう俺に叫んだ。
「──って、あれ?お前、見ない顔だな。新しく入ってきたのか?」
彼女はこちらに近寄って、俺を見下ろした。
「そうなる。俺は因幡六花だ。よろしくな、神様ごっこ中の小学生」
俺はニコリと笑いかけながら立ち上がって、服についた土を落とす。
「ごっこじゃないし!ホントに私神様だし!証拠あるし!」
慌てたように地団駄を踏んでわめく彼女。
「へぇ?証拠ってどんな?」
「しょ、証拠なら、見えてるでしょ!この、耳と尻尾が!」
(おもちゃじゃん)
「あ、あと、服!そうよ!服着てないでしょ!」
(ただの裸幼女にしか見えない)
一体全体、どこをどう見て神様らしい....。
「あ、いたいた。因幡さん、なかなか戻ってこないからどうしたのかと思ってたけど、夕夏ちゃんと遊んでくれてたんですね」
そんなことをしていると、屋敷の裏口と思われるところから、華望が出てきた。
「夕夏?」
「ここの住人ですよ。さ、夕夏ちゃん。そんなはしたない格好してないで、部屋に入ってきてください」
彼はそう言いながら、彼女を抱き上げた。
(なるほど、個性的な人がいて退屈しない、か)
そんな情景を見ながら、俺は彼のその言葉を心の中で復唱した。
部屋に戻ると、夕夏は直ぐに自分の部屋へと戻っていった。
「華望って、もしかしてロリコンだったりする?」
ふと、俺はそんなことを彼に質問した。
彼は、さて、どうでしょう?などと言って、キッチンの方へと向かう。
「僕はこれからパーティー用のケーキを作ります。覗かないで下さいね?あ、それと、もう白城さんには会いましたか?」
「あのアルビノの人か?会ったけど」
そういえば、であった時は優しそうな雰囲気の裏に、何か黒いものを見た記憶がある。正直、俺は苦手なタイプだ。
「なら、白城さんを呼んできてくれますか?手伝ってほしいと伝えてください」
「わかった」
彼はそう言うとキッチンに引っ込んだ。
最近、ずっとパシりをさせられている感が半端ではない気がするのは、果たして気のせいなのだろうか。
俺はそう思いながら、白城戸隠の部屋へ向かった。
次回「07」




