「03」悔い
死んだ。また、死んでしまった。
仲間を助けるために、血の石を壊すこともできずに、俺は死んでしまった。
俺の心には、無念とは程遠い、自身に対する怒りで満ち溢れていた。
耳元で、か細くどくどくと血液が毛細血管を流れる音に、しばらくして気がついた。
まだ、俺は生きているんだ。
そう思うと、また、心の奥底から希望が沸き上がってきた。
俺は、暗くなった視界に光を通すべく目を開いた。
まぶたが重い。目を開けるだけで、大量に体力を消耗してしまっている。
うっすらと目に光が差し込んだ。
その光がとても眩しくて、俺はまた目を閉じた。
何年も眠っていたかのような感覚だ。
しかし、400年眠ったあのときとは比べ物にならない気だるさがある。
そうだ。今の俺は不死身じゃない。体の修復が完全じゃないから、こんなにも気だるいのだ。
しかし、こんなところでじっとしているわけにはいかない。
(早く、早く助けにいかなければ...)
俺は再び目を開けた。
視界の上部に、なにやらガラス版のようなものが取り付けられているように見えた。次に、耳が塞がれていることに気がつく。
頭もなんだか重い。まるで、ヘルメットでもつけられているような感覚だ。
俺は腕を動かして、頭に触れてみようとした。しかし、腕はいっこうに動く気配がない。いや、重すぎて動かせないのか。
手の地からを抜くと、手の甲が、何か冷たいジェル状の何かの上に触れた。
背中の感覚に意識を集中してみると、そこにも何やら同じものが触れている。
(ジェルベッド?)
なぜ、自分がそんなところに寝かされているかは理解できなかった。
しばらくして、薬品と消毒液の匂いと共に、がらがらと、横引きの扉が開かれる音が聞こえた。
「だ...れ...」
先程の熱中症、脱水症状の影響なのか、声がしゃがれていた。すると、小さく、ガタンという音が聞こえた。
誰かが何かを落としたのだろう。
音から推測して、鉄製のバットだな。上に薬品でも乗せていたのだろうか。
「因幡さん?!聞こえますか?!因幡さん?!」
くぐもっていてあまりよく聞こえないが、女性の声だ。
ここまでの様子を鑑みるに、ここはおそらく病院。入ってきたのはナースか。
しかし、イナバって誰だ?
そんなことを考えていると、目の前にマスクを着けた看護婦の顔が見えた。
「伝えないと...!」
彼女はそう言って、部屋をあとにした。
(どういうことだろうか)
しばらく俺はぼんやりとする頭で思考をする。
先程の彼女の行動から察するに、イナバとはおそらく俺のことだろう。
どうやら、俺はそのイナバとやらと間違えられているようだ。
大方、あのビルの上に休みに来た誰かさんが、そのイナバとかいう人物と勘違いして、病院に運んだのだろう。
しかし、これでまだ希望が持てる。
俺は目を左右に回して、周囲を観察した。
部屋は一人部屋のようだな。照明や天井のタイプから察するに、少し技術文化的には遅れているところか。発展途上国と推測されるな。
俺が居たところの周囲にはそんなところにわざわざ運ぶような場所はなかったような気がする。
いや、四国連合は広すぎるから、金銭的に不利にある。ここはおそらくイルスのクザス州周辺の病院だろう。
しばらくすると、扉がまた開いた。
今度は一人じゃない。複数だ。足音から推測するに、だいたい四人くらいかな?
「六花!聞こえるか、六花!」
リッカというのか。
名前の呼び方から推測するに、イナバ・リッカという人物と親しい関係にある存在か。声は男性。声から推測するに、年齢は42か3くらいかな。
年齢と、俺の外観年齢の比を鑑みるに、親かおじだな。
「やっと...やっと目覚めてくれたのね、六花」
こちらの声は女性。声から推測する年齢は、30台後半くらいか?こちらは母親という線が濃いな。
と、なると、先程の男性は父親か。
しかし、違和感がある。
間違えたなら、やっと、などという言葉は使わないはず。
文脈から想像するに、おそらく長い間眠りについていた自分の娘が、今ようやく起きたという感じだ。
しかし、自分の今の状態と記憶を鑑みるに、それほどの時間の経過はないものと考えられる。
と、すれば。
俺の心の奥底で沸き上がった希望は、すぐに尽きてしまった。
気がついた。
俺は、気がつきたくないことに、気づいてしまった。
(俺、やっぱり死んでたのか......)
世界そのものに裏切られたショックで、俺は涙を流した。
(いや、まだ大丈夫だ。血の石さえ破壊できれば、事は終わるんだ)
「では、先生。これで娘も退院──」
「いえ、それは難しいでしょう。なんせ彼女は、二年も眠っていたのです。リハビリをして、うまく自分で動けるまでは、入院していただいた方が、彼女のためでしょう」
先程の父親とは別の男性の声が、俺の耳に聞こえた。
「二年...」
あれから、二年も経つのか?
あんな量のコウモリ相手に、二年も持ちこたえられるはずがない。
(終わった...)
完全に終わった。
自分の敗けだ。
俺は再び、自分への怒りがこみ上げてきた。
それは、涙となって、頬を伝った。
「それでは、これからゲーム機を取り外しにかかります。よろしいですね?」
ナースの声が、そう言った。
(ゲーム機?)
ちょっと待て、ゲーム機ってなんの話だ?
どういうことだ?
俺の、俺のいた世界は、ゲームの中だったって言いたいのか?!
「ふざけるな」
俺は、しゃがれた、小さい震えた声で、そう言った。
「それじゃぁ、俺はなんのために、あんなことをしてきたというのだ!」
頭から、重たいヘルメットがはずされた。
俺の台詞を聞いた四人は、ピタリと動きを止めた。
しばらくして、父親らしき声が、俺に突き刺さった。
「あれは全て悪い夢だったのだよ。諦めなさい」
「諦められるものか!...ゴホッ、ゴホッ...」
口から血が流れた。
そのあと、俺が何をしたのか、どう言ったのかは、はっきり覚えていない。
あれからひと悶着おきて、俺はベッドの上で入院生活が決まったことは、確定したことは覚えていたが。
次回「04」




