「25」タケルの本業
三十分前。ネロ王国王宮、仮眠室。
「それは本当か?」
『シガン部隊長はそう考えているらしい』
「参ったな。わかった。こちらでも何とかしてみる」
『悪い。助かるよ』
(しかし、あの親父さんがねぇ...。にわかには信じられないが...)
タケルは、寝起きの頭で思考する。
先程の、ニーフの言葉が脳裏でひらめく。
しかし、そこから先はどうすればいいのか検討もつかない。
彼はばたりとベッドに倒れた。
「第三次次元間戦争...。もしかしたら、もう始まってるのかもな...」
現在。ネロ王国王宮、応接室。
「はぁ...、はぁ...。やったか...」
俺は目の前で倒れている異次元人の男を見やりながら、そう呟いた。
(最近、執務ばかりさせられていると思えば、まさかなぁ)
血の滴る左腕を拭って、傷口を確認した。
いくら操血族の身である自分自身でも、操れる血の量は限られている。おまけに、俺たちブラッジャーは魔法器官が固定されている。魔法は使えない。
タケルはその事に目を叱り、傷口の手当てをする。
ポケットの中に入っている、ニーフから渡されたショーランセイの汁だ。
「っつぅ...」
少ししみるが、すぐにそれはなくなり、傷口が驚く早さで閉じていく。
(治療完了)
俺は立ち上がり、彼の方へと足を向けた。
彼の体には、数ヵ所に穴が開いていた。俺が開けた穴だ。
タケルは彼の首についていたネックレスを引きちぎった。
バチリ、と放電の音がして、それは切れた。瞬間、ネロ王国国王だった人物の顔が変わった。茶髪の男だ。
(なるほど、光歪曲式の変装装置か。考えたな)
俺は彼の着ている服を調べた。しかし、他に目欲しいものは見つからなかった。
すると、外でガヤガヤと音がしだした。
おそらく衛兵の足音だろう。
(見つかったらヤバイかな)
丁寧にネックレスを取り外すべきだったと後悔して、俺は応接室の窓から外を見下ろした。
(大丈夫だ。まだ下までは回っていない)
ここは地上12メートルだ。跳び降りれば即死だもんな。意識が回らないはずだ。
俺は窓を開け放つと、そこから俺は跳び降りた。
ネロ王国テイラー領、王宮の真下の下水道。俺はそこを音を立てないように気を付けながらわたっていた。
「いたか?」
「いや、いなかった」
「お前もか。じゃあ、俺はあっちを探してくる。お前は指揮官に伝えてきてくれ」
「了解」
曲がり角の向こうの交差点から、そんな会話が聞こえてくる。
(もうそこまで話が回っていたか...。ちょっと予想外だな)
今はおそらく、俺は国王を殺したお尋ね者扱いになっているだろう。現在時刻は午前9時30分。騒動からおおよそ1時間と少しってところかな。
俺は水路の対岸に音を立てずに跳び移り、目的地へと足を向けた。
しばらくして、出口を見つけた。しかし。
(予想通りだ。やっぱりここは警備が固い。どうする?このまま行くか?)
「行くしかない、よな...」
ため息をついた、その直後。
「ヤナギ・タケルだな!止まれ!ここを通すわけには行かぬぞ!」
衛兵が大量にこちらに向かってきた。
視認7人か。問題ない。楽勝だな。
衛兵が全員こちらへと銃を向けた。視線と銃口の向きから射線を予測して、銃のフォルムから弾の数と速さを割だし、相手に詰め寄った。
銃弾が放たれるがその全てをかわす。
「チェックメイト!」
同時に、衛兵の全員が空中に投げ出され、気絶していた。
「元祖陰刀流、逆影応用編、夜刀羅刹。初めて成功したぜ」
俺はその興奮覚めやまぬまま、水路から出た。
日はすでに高く上っていた。そろそろお昼時だろうか。
水路から出た先は、テイラー領南西区北部の山にある小屋の中だ。ここは、王族の脱出経路として500年ほど前から作られていたらしい。
『タケル、聞こえるか?』
「ネズミはサルになったぜ、ニーフ殿?」
俺は小屋の中から、外の安全を確認して、窓から跳び降りた。
木が少し濡れている。
『了解した。で、どんな感じだ?』
「フルツギノオロチ...確か、アイツはヤトノカミって言ってたか。間違いないぜ、ニーフ。シガンの読みは当たった。ヤトノカミってのは、異次元人の言うところのフツルギノオロチの事だ。アイツは、それのために動いてるって言ってたぜ」
俺は木を登りながら、報告した。
ここから支部までは徒歩四時間くらいか。
『なるほど。ありがとう、伝えておく。あぁ、そうだ。支部に着いたら、連絡をくれ』
「重々承知」
念話が終了した。
「さて、追っ手もないみたいだし、早く離れた方がいいかな」
俺はそう口に出すと、木の上を音もなく走り去っていった。
同時刻、オリガヤ・フレア邸。
「役立たずめ!」
華一族の少女、フルーレはそう言って壁を拳で打った。
「もしやあんなところにネズミが転がっていたとはな...」
彼女は糞っ!と叫んで天井を仰いだ。
「オラシオン部隊シガン分隊。噂は聞いていたがこれほどまでとはな...。正直見誤ったぞ...。こんなこと、どうやってあのお方に伝えればいいのさ!」
彼女はその赤みのかった長い茶髪をかきむしりながら、思考する。
「獣だって、感情任せに動いている訳じゃない。ちゃんと、どうすれば効率よく獲物を狩れるか思考しているんだ。しゃんとしろ。思考する獣になるんだ」
私はそう自分に言い聞かせて、力を抜いた。
こうして、第三次次元間戦争の火蓋は斬って落とされたのだった。
アムロ語(Amron)
ツイド帝国やノホニ列島におけるの主な言語。この世界における全国共通語として用いられる。本作品では、英語を魔法のスペル詠唱時の言語に置き換えているため、この作品では全国共通語をドイツ語に置き換えている。
次回「26」




