「11」模擬戦と企みと過程
体育館の真ん中。
そこには、模造刀の両手剣を中段に構えたケントと、素手で無武の構えをとるコナタの姿があった。
「どうした?構えないのか?」
訝しげに聞くケントに、コナタは言葉を返す。
「いえ、これが構えです」
「そんな構え、見たことがないぞ?」
「師匠の我流ですから」
にこりと笑うコナタ。
しかし、その笑みはどこか余裕な面を見せていて、それでいて「お前なんて雑魚同然だ」と言わんばかりの、それを証明するかのような殺気を持っていた。
最早目が笑っていない。
戦法、笑い。
それが、この笑みの正体だ。
それに気がついたのか、彼は目をスッと細めた。
(さて、どんな試合が見れるか、楽しみだな)
俺はそう心に思いながら、右手をあげた。
「試合、開始!」
右手を降り下ろした瞬間、その場からケントが消えた。
急速に接近して、コナタに近寄ったのだ。
しかし、コナタはそれに反応し、横に軽くステップを踏んで、ケントの突進をかわし、予備動作が見えない手刀が、ケントの首筋を掠める。
当たっていれば、頸動脈が切れて出血多量で死亡コースだ。
(あいつ、殺る気満々だな)
ケントは手刀を回避したところで、体を反転させながら、真横に剣を払う。
しかし、それは彼女の右手の三本の指先によって受け止められる。その剣は、そのまま砕かれ、模造刀は光の粒となって空気に溶ける。
その光の幕の隙からケントの足刀打ちが放たれ、コナタはそれに反応できずに蹴り飛ばされる。
「くぅあっ!!」
コナタの体が体育館の壁に打ち付けられた。
いくら衝撃吸収用の下着をつけているからといっても、完全じゃない。
彼の蹴りは、その範囲を上回っている。
着けてなければ、おそらく内臓の破裂は免れなかっただろう。
「や、やりますね。さすが師匠のお兄さん....ですが!」
コナタは起き上がると、ケントに急速に接近する。
ケントが下に肩を落とす。
しかし、間に合わずにコナタの貫手がケントの肩の上を通り抜け、その手を掌底へと変換され、ケントが右斜め前方へと弧を描いて飛んでいく。
「な、んだ、今の技....たしかに貫手だったはず....」
ケントは起き上がりながらぶつぶつと何かを言う。
その隙に、彼女は接近し、捻りをつけない突きを放つ。
鎧通しだ。
彼はそれを横に流して、もう片方の手で貫手を繰り出す。
しかし、コナタがそれを体の外へ流し、拳を引き抜いて貫手を繰り出す。
しばらくの間、貫手と外側へ弾くの攻防が続き、さらに足での攻撃も混ざって何がどうなっているかわからなくなった時だ。
一瞬、コナタの動きが遅れ、ケントの膝蹴りがコナタのみぞおちを攻撃したところで、コナタが少し体勢を崩した。
ここぞとばかりに横蹴りがコナタの横腹に直撃して、コナタは吹き飛び、床に背中を打ち付けた。
コナタが動かない。
あの威力。
本来なら失神してもおかしくない威力だ。
心配したのか、ケントがコナタの方へ向かった。
心配しない方がおかしい。
コナタの服はぼろぼろになり、すでに衝撃吸収用の下着しか残っていなかった。
「こ、コナタ、さん?」
ケントがコナタに近寄り、顔を覗き込んだ。
その瞬間、ケントとコナタの体位が逆転し、コナタの貫手がケントの首に突きつけられていた。
「そこまで!勝者、コナタ!」
コナタが最後に使った技、不意貫。
死んだ振りをして、相手が心配して近づいてきた時に、瞬間的に体位を逆転させ、首に貫手を突く技。
あの状況で、よくもそんな体力が残っていたものだ。
閑話休題。
試合終了後、ケントが俺の方にやって来た。
「あれは不正じゃないのか?」
「この武術の心得に、『油断禁物』ってのがあってな?つまり、あれは油断していたにぃが悪い。従って、にぃの負けとなったわけだ」
俺はそう言うと、ケントを更衣室に連れていった。
俺は更衣室についていく。
「なんで一緒についてくるんだよ?」
「いいからいいから」
怪訝な顔をする兄にニヤついた笑みを向けながら、お構いなしに入っていく。
コナタを騙すためだ。
彼の着替えを手渡す。
「ずいぶんとぼろぼろになったな?」
「あぁ。結構強かったからな」
「そっかそっか。じゃ、俺は外で待っとくから、着替えが終わったら呼んでくれよ?」
あぁ。という返事を背中で受け、俺は更衣室を後にした。
なぜ、更衣室まで入ってきたんだ?というケントの疑問を空に流しながら。
「師匠、例のアレ、ちゃんと準備してくれましたか?」
更衣室を出ると、コナタがそんなことを聞いてきた。
「さっきからずっとそわそわしてて、なんかうるさかったよ。ずっとだもん」
リーシャがそう言って、コナタに回復の魔法をかける。
「そうか。心配しなくても、ちゃんと準備はしてあるよ」
「ありがとうございます、師匠!」
あー、なんか、この笑顔を見てしまうと罪悪感がすごいな、うん。
その日の夕食後、俺は更衣室の監視カメラのディスクを持って、リーシャとコナタと一緒に銭湯に行った。
罪悪感を消すために、俺は過去のデータのものを編集して持っていくことにしたのだ。
それにしても、どうしてコナタはそんなにケントのことを気にしていたのだろうか。
「なぁ、ひとつ疑問に思ったんだが....」
コナタに頭を洗ってもらっている時、ふと、俺はある疑問を口に出した。
「コナタって、にぃのどこが好きなの?」
すると、コナタの、頭を洗う手が動きが止まった。
これはあたりか。
「な、なんのことですか、師匠?」
「え!コナタ、ケントさんのことすきなの?!」
リーシャが話に乗る。
「ねぇねえ、コナタはケントさんのどこがいいの?!ねぇ!いつから?!」
リーシャが湯船から出てくると、コナタの側までよってきた。
「い、いや、だから、その....」
コナタの顔が紅潮する。
「リーシャ」
「何?」
「やっぱり、ご褒美無しにしよっか?」
俺のその言葉で、コナタの肩がピクリと震えた。
このむっつりさんめ。
やはりそういうことにも興味のあるお年頃だったのか。
清純なふりをして、実は興味ある。
いるいる。いるよね、そういう人。
「わかりましたよ....言えばいいんてすよね、言えば!」
半泣きになりながら、彼女はそう言った。
本当に、今が貸切状態でよかったよ。
「....やさしいところです....」
彼女の口から、言葉が流れた。だがしかし、その声は小さかった。
ダメだな。もっと大きい声で言ってもらわないと。
「え?なんて?聞こえないなー?もうちょっと大きい声で言ってごらん?」
「....やさしいところだよ!」
今度はクレシェンドにボリュームを変えて言ってきた。
だがしかし、まだ全部が大きい音ではない。
「え?もう一度、大きな声で!」
「優しい所です!はい!もういいでしょ!?ひどいですよ師匠!」
なかなかに楽しかった。
自分でも思うが、鬼畜だな、これ。
「何笑ってるんですかっ!」
「チホ、なんておそろしいこ!」
そうして今日も、そんなたわいのない、平凡な日常が過ぎていったのだった。
このあと、俺はちゃんとコナタにディスクを渡しておいた。
それからいくつかの月日が経ち、俺たちは小学六年生になった。
季節は秋。俺とリーシャは12歳になり、コナタは23歳になった。
この頃になってくると、リーシャの身長は俺の背丈を越えて、コナタと同じ身長になっていた。
「全く、月日が経つのは早いものだな」
「そうだね。最終奥義も後は完全に使えるようにするだけだし」
ナタ小の制服を着て、俺たち二人は授業の準備をしていた。
「そういえば、チホ」
「何?」
「チホ、身長三年生から変わってないね?」
そう、俺のこの体。
何故か3年生くらいから身長が全く伸びないのだ。
最近は奴の情報収集を再開したのだが、夜遅くまでかかってしまうため、寝る暇も(少ししか)ない。
バルストリクトーニ国を陥れた奴のことを聞いても、ほとんどの人が、バルス国自体を知らなかった。
しかし、似たような事件がテンブ国で発生していることがわかった。
「最近、奴の情報集めに時間使っててな」
そう言うと、彼女は不思議そうな顔をして聞いてきた。
「前々から思ってたけど、そいつなんなの?最初は悪を倒す、みたいなこと言ってたけど....」
「その悪ってのはな、ひとつの国を滅ぼした、大量殺人鬼なんだ。俺はそいつを倒したい、いや、殺したい」
俺の言葉に滲み出る憎しみの情が、リーシャを動揺させた。
「どんな人だよ、そいつ....」
そう思うのも無理はない。
おそらくどんな人に話しても、中二病が早く来た、としか思わないだろう。
小学校を卒業した。
ナタオカ中学校へ入学した。
そこへは、リーシャは来なかった。
リーシャは小学校卒業と同時に、イルス国へと帰ったのだ。
俺は、ボッチになった。
次回「12」




