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絶滅種族の転生譚《Reincarnation tale》  作者: 記角麒麟
王姫と執事 Und der Butler
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「16」雪かき

「まぁ、いっか」


 ネロ王国のテイラー領にある、晩餐会の会場裏で、俺は気絶しているヒツギを彼らから受けとると、頭を振った。


「すみません」


 カルラが頭を下げた。


「いや、いい。それで、報酬なんだが。今回はまぁ、ギリギリセーフということにしておこうか。ありがとな」


 俺はそう言って、異能生成で作り出した、異能譲渡を使って、完全隠蔽術フルハイド異能アビリティをカルラに、結界の異能アビリティをカンナに渡した。


「ありがとうございます」


 そうして、彼らは音もなくその場から消え去っていった。













 俺は会場に戻ると、肩に担いでいたヒツギを寝かせてくると言って、会場の個室へと足を運んだ。


「ん、んぅ...。チホ、ちゃん?」


「目が覚めたか。気分はどうだ?」


 俺は心配してそう聞いた。


「なんだろ、飲んでたら急に頭がぐわん、って揺れたことは覚えてるんだけど。もしかして、酔っちゃったのかな」


「バカ言え。お前が飲んでたのはティープン(蜂蜜入りの果物の炭酸ジュース)だろうが。疲れたんだよ」


 俺は一応そう誤魔化しておく。


 彼女が酔ったのは、恐らく転移による脳の混乱と、ぶつかり合う魔法質量の影響による魔法器官エヴァ震酔しんすいだろう。


 しかし、あえて俺はそれを伏せた。言ってしまえば、俺が裏路地街のやつらとの繋がりがばれてしまうと少し問題になりそうだからだ。


「そっかぁ...」


 彼女はドレス姿のまま、ベッドにどさりと倒れ込んだ。


「もしかして、チホちゃんが運んでくれたの?」


「まぁな。肩に担いでな」


 俺は彼女の隣に腰かけると、ふぅと息を吐いた。無論、演技である。


「こんなにちっちゃいのに、頑張ったね?」


「否定はしないが、ちっちゃい言うな。これでもお前より数世紀は長く生きてるんだぞ?」


 俺は眉をひそめ、心底心外そうにそうぼやくが、


「でも、その四百年は寝てたんだよね?じゃあ私とあんまり変わんないじゃん」


 むむ。それを言われると返しようがないな。


「...ヒツギは歳いくつだよ?」


 ふと、気になったので聞いてみた。


「17だよ。おにぃちゃんは23」


 タケル、もうちょっと若いと思ってた。たしか、俺が寝たのが20過ぎか19の頃だったかな。正確には覚えてないな。


「ふぅん...」


 俺はベッドにごろりと転がると、メアリーに無理矢理着せられていたドレスの裾を弄りながら、天井を仰いだ。しばらく、そのまま時間が過ぎていく。ゆっくりと、穏やかに。しかし、着実に。


 部屋のアナログ時計の秒針の音が、無音の空間にチクタクと鳴り響く。やがて、ヒツギの寝息が聞こえ始めた。


(全く、子供みたいな奴だな)


 そういえば、この長い金髪。質感がリーシャに似ているな。いや、リーシャはもう死んでるから、その遺伝子が流れていることは無さそうだがな。万にひとつでも、彼女の親戚の血でもあれば別だが。


 そうやって彼女を見ていると、四百年という長い月日がどれ程影響を与えるのかを痛感した。自然と流れる涙を、あくびを噛み殺すしぐさで自分をごまかして、ベッドの布団に彼女を入れる。少し眠いので、俺もそこにご一緒させてもらった。


 はぁ。


 俺はひとつ、心の中でため息をついた。


 この世は長く、緩やかに、しかし、劇的に進化をするのだと思い知り、夢の中へと心を沈ませた。













 翌日。


「おはよう、チホちゃん」


 俺が目覚めると、目の前にヒツギがいた。


「おはよう...えっと...あ、そうか。あのまま寝てしまってたのか」


 俺は眠い目を擦り、布団から起き上がる。


 部屋の壁に取り付けられていた窓から、外の様子を見やると、そこには昨日の豪雪のせいか、真っ白な雪が積もっていた。


「ふむ...」


 俺はドレスを脱ぐと、同じ薄水色の服を生成して上に着て、少し濃いめの長いジーンズを作って履いた。


(やはり、こちらの方が身動きがしやすい)


「なんか、おばあちゃんとかが着てそうな格好だね?」


「感想の第一声がそれかよ?」


 しかもお婆ちゃんて。


「今時、そんなデザインの服なんて着ないよ?私が今の流行を教えてあげようか?」


 ヒツギはそう言うと、備え付けの棚の方へと足を向けた。彼女は、なにやら中をごそごそと弄ると、ポリエステル素材の上下を取り出した。


「おいおい、勝手に人のものを取ったりして大丈夫なのか?」


 俺は極めて普通な疑問を口に出した。


「これ、私のだよ?」


「...はい?」


 どういうことだ?ここがヒツギの部屋というならまだしも、ここはネロ王国テイラー領の国王の別荘...ん?


「だってここ、私の部屋だもん」


 マジか。


「さて!チホちゃん。早速これを着てもらいましょうか!うひひひひ!」


 おかしな笑い声をあげて近寄るヒツギ。それに俺は思わず後ずさった。ヤバイと、本能的にさとった俺は、咄嗟に布団の中に隠れた。


「チホちゃーん、大丈夫だから!安心してよ!」


 どう感じようと安心する要素が欠片もない。俺はブンブンと首を横に振った。すると、彼女は仕方がないなぁ。と言うと、ニヤリと口元を上げて、力ずくで押しかかってきた。


「とりゃーっ!」


 反射的に体位を反転させて回避する。しかし。


「なっ?!」


「へっへーん!どうだ!捕まえたぞ!」


 逆にそれを利用されて押さえ込まれた。ちょうど、柔道でいうところの横四方固めのような形だ。針流では、そもそも、相手に自分の体を掴ませること無く相手をいなすことを基本的に考えて作られているため、柔道のような固め技や、神気道のようなカウンター技には対抗することがほぼ不可能なのだ。


 しかし、それは普通の体で行ったならばの話。実際には、身体能力強化や念動力といった、魔術的な作用によって、そういうものは覆される。この世界での戦闘は、思考の演算速度や自身の技術力が、通常の物理的な力の差を覆すのが常理なのだ。


 まぁ、普通の体術のみでも、一部においては、それも言えることなのかもしれないが。


 俺は一瞬脱出しようかと考えたが、面倒なので乗ってやることにした。


「はぁ。それで?」


 俺は余裕顔で彼女の体からするりと抜けると、彼女の手に持つ服を視た。と、ほぼ同時に、扉をノックする音が聞こえた。


「ニーフです」


「...ちょっと待って」


 俺は今着ている服の上に紺色のダッフルコートを着てベッドの上で、体勢を整えた。


「......チホちゃんって、以外と外観を気にするタイプなんだー?」


「言うなよ?」


 俺は軽くそう言ってから、こほんと咳払いをして、入室を許可した。


「もういいぞ、入れ」


 隣でクスクスと笑いをこらえるヒツギを肘で小突いてから、俺は正面の赤い髪の少年、ニーフに目を向けた。


「失礼します」


「用件は?」


「お仕事にございます。陛下」


 こういうのはだいたい予想がつく。大方、雪掃除か何かだろう。俺ははぁ、とため息をついて立ち上がると、赤いマフラーを首に回した。


「案内しろ。内容は歩きながら聞く」


 俺は部屋を後にした。後ろで笑いをこらえて頬を膨らませている金髪碧眼の親戚にイラつきを覚えながら。













「仕事の内容は、屋根の雪かきです。昨夜の豪雪のせいもあり、屋根が雪の圧力で潰れそうなので、手伝ってほしい、とのことです」


(大方予想通りか。まぁ、そんなものだろう)


 俺は廊下を歩きながら、手袋を装着した。外は寒いからな。手がかじかんでしまう。


「陛下、おはようございます」


「おはよう、諸君。それでは、始めるとしようか」


 俺は屋根を見上げた。しかし、分厚い。いくら、この地方の家々の屋根が合掌造りだといえど、こんなに積もるだなんて、聞いたことがない。厚さはいったい何センチになるんだ?


「陛下、梯子を持ってきました」


 ネロ王国国王の執事なのかどうかは知らないが、執事服を着た数人の青年が、長い梯子を担いで持ってきた。


「ん。君たちは除雪作業を始めてくれ。それと、梯子は...あー、すまないが片付けておいてくれ。一人で大丈夫だ」


 俺は飛行の能力を付与したブーツで、空中へと飛び上がる。


 下で、歓声が聞こえた。


(こんなもの、デバイスを使えば簡単に真似できるだろうに)


 おそらく、赤子が二足歩行をし始めたのをみた親のような感じだろう。いや、少し違うか。小さな子供が、今まで出来なかった逆上がりができた、といったときの先生の気分か?まぁ、どちらにしろ、今の俺からしてみれば皮肉に違いがない。おそろしく不愉快だ。


 そんな気分で、俺は屋根の上に降り立った。以外と広い。いや、中に入った時から、広いだろうとは思ってはいたが、改めて見渡すと広いな。空中庭園の屋敷より大きいかもしれない。でも、問題は大きさじゃない。人が広い敷地を持ちたがるのは、1種の縄張り本能と言えるだろう。プライドや身分の高い奴ほど、それは顕著になるだろう。金だ、財産だ、奴隷だと、なんでもかんでも自分のものにしたがる。物欲の塊だな。人は。


(まぁ、俺もその塊の一人なんだが)


 俺は長く息を吐いた。


 こういうのは、一度にやると、返ってその反動で屋根を壊してしまう恐れがある。家鳴りなんて現象を見てみろ。あれはたしか、昼間熱せられた家の材質が、夜の冷気で急激に冷やされて音が鳴るという仕組みだったはずだ。急に雪を溶かすのは言わば、家鳴りと同じ現象だろう。しかし、徐々に落とすとしても、時間がかかる。なら、どうすればいいか。


 そうだな。雪を退けた時に、温度が上がるだろ?そしたら、上がった分だけ冷やせばいいのでは?


 俺はそんな風な思考をして、深呼吸をした。冷たい空気が、俺の中に流れ込み、熱い吐息となって体から漏れ出した。


「よし、やるか!」


 俺は手袋をはめた両手を、雪の積もった屋根に押し当てる。ごりっ、とした音が鼓膜を刺激する。手が、手袋越しに水に濡れる。


(魔法式を構築...対象Aを冷却、その余剰エネルギーを対象Bへ収束...魔法式構築完了、魔法Ⅰ発動)


 魔法を放つ。そして、同時にもうひとつの魔法式を構築していく。


(魔法式を構築...対象Aを加熱。時間は、継続2時間...いや、一時間半で、魔法Ⅰによって冷却された分を元の温度に戻す...魔法式構築完了、魔法Ⅰが終了次第、魔法Ⅱを予約発動)


 魔法を放つ。


 膝をついていた雪から、湯気が立ち上ぼり始めた。


(あれ、まずったか?)


 しかし、それは杞憂に終わった。無事に第二工程の魔法も発動して、屋敷の上の雪は、すべて消えた。正確には、雪が解けて、大量の水になった。


 いや、前言撤回。杞憂ではなかったし、無事でもなかった。雪解け水が屋根の上から、濁流のように落ちてきた。


「Wall!」

(壁よ!)


 即座に障壁を展開して、それを押し止めた。


(あ、アブねぇ...横着するんじゃなかった...)


 改めてそう思った昼前であった。

魔法質量


魔法を発動するために用いた魔力の質量。これが大きければ大きいほど強力な魔法になる。また、これが軽ければ軽いほど、発動が早くなる。最適化による魔法は、命令文が単調なので、魔法質量は大きくなる。


魔術質量


魔法式の強度とその質量のこと。これが重ければ重いほど、その魔法は壊れにくくなる。一般的に、魔法質量と魔術質量は反比例するが、希に、両方が同じ数値になるものが存在する。最適化による魔法は、魔法質量が大きいため、魔術質量が小さく、少しだけ活性化させた体表面の魔力の流れだけでも破壊できる。


起動点


簡単にいえば、発動された魔法が持つ魔法式のこと。言うなれば、発動中の魔法の核部。これの強度は、魔術質量によって決まる。


次回「17」

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