第1話 新たな出会い
私は金色の毛を持つ狐です。しかも唯の狐ではありません。
実は私の尻尾はなんと九本あるのです。
もちろん生まれた時からありました。
私が生まれたのは、今私が暮らしている森の奥にある洞窟でした。
私は元々人間だったはずなのですが、気がついたら九尾の狐になっていたのです。
前世の記憶はあまりありません。自分の名前や人間だった頃何をしていたかなんてことは所々抜けていてよく思い出せません。どうして死んでしまったのかも分かりません。気がついた時にはこの森にいたのです。
何もかもわからない事だらけでしたが、今日まで体感で10年程でしょうか?必死に生きてきました。
まぁ、必死に生きてきたと言っても私の体は多少ご飯を食べなくても大丈夫な創りになっているみたいなんですけどね。
でもやっぱり生き物というのはご飯を食べなければ死んでしまう訳で、何も食べなかった訳では無かったです。
そして子狐な私は狩りをしなければなりませんでした。周りには親の様な存在もいませんでしたし、独りで食べ物を確保しなければいけませんでした。
実際に狩りをしてみると、とても大変なことが分かりました。必死に気配を消して獲物に近づいても、私はまだまだ未熟らしく、あと一歩という所で逃げられてしまうのです。
そして遂に獲物を捕らえたはいいものの、人間だった時の記憶が残っているせいか、悲しい事に生のそれを食べる事が出来ませんでした。
まぁそれも何度かやっているうちに慣れてしまったのですけどね。やはり慣れと言うものはとても恐ろしいです。
まぁ、そんなこんなで今では気ままに暮らしています。
私はこの10年間ずっと暇を持て余していましたが、今日とても興味深いものを見つけました。
それは……真っ赤な血で染まった一人の人間でした。
彼は森の中程に怪我をして倒れていました。何かの魔物と戦ったのか、着ていた簡易な鎧は所々砕けていました。
彼に近付くと鼻を突く血の臭いがして一瞬吐き気がしましたが、それと同時に何故か不思議と居心地が良いのです。彼の周りだけとても私の心を癒やしてくれる様な、そんな気がするのです。
私は彼をそのままにすることが出来ず、魔法で怪我を治す事にしました。それから私は彼を驚かせないように、この森に多く生息している二本の尻尾を持つ狐の魔獣ツヴァイテイルに変身し、彼の体を温める為にそっと寄り添い目を閉じました。
久々に使った傷を癒やす力は私の中の力を多く消費し、その疲労感が私の意識を微睡みへと誘ってくれました。
目を覚ました俺の目にまず入ってきたのは巨大な木々だった。
「……こ、此処は?」
目を覚ましたばかりだからか、ぼーっとしてあまり頭がまわらない。
体を起こして周りを見回してみると、そこは小川のすぐ近くの林の中だった。いや、よく見てみるとそれは林ではなく森のようだ。見上げるほどの高い木々が永遠と続いていた。
少し時間をおいた事で、自分が何処で何をしていたか思い出すことが出来た。
今俺がいるこの森は『魔の森』と呼ばれる魔物であふれた森だ。
ギルドの依頼でこの森に生息しているランクDのポイズントードと言う毒を持った巨大カエルの魔物の素材を採る為だ。
ランクDは下から数えた方が早い簡単な依頼の筈だった。だが何故か、森の入り口辺りに多く生息しているはずのポイズントードに遭遇する事が出来なかったのだ。
それで俺は仕方なく森の奥を目指して進んでいたのだが、運悪くランクBのレッドグリズリーと言う、赤い毛を持つ3m級の巨大なクマのような魔物に遭遇してしまった。
俺のランクはついこの間ソロでランクCに上がったばかりで、ランクBであるレッドグリズリーに一人で勝てる筈がなかった。
だから俺はレッドグリズリーに隙が出来た時に逃げようとしたのだが、想像以上に手強かった為に上手く隙を作る事が出来なかった。
そして遂に怪我を負いながらもこの窮地を逃れる事に成功した俺はこの小川に辿り着き、力尽きて意識を手放してしまったのだ。
だが、傷だらけだった体には傷跡一つなく、少しも痛みを感じない。だが、怪我を負っていたという事を肯定するように自分が寝ていた場所には真っ赤な血がべっとりと染み付いていた。
そして同時に、俺に寄り添うようにして蹲る美しい金色の毛の塊を見つけた。
よく見てみるとそれはツヴァイテイルと言う魔物だった。
俺が状況を理解出来ないでいると、そのツヴァイテイルがゆっくりと目を開け、その美しい銀色の瞳と視線が交わる。
俺は驚きで動く事が出来なかった。何故なら、そのツヴァイテイルが俺を心配そうな瞳で見つめてきたからだ。
「きゅん?」
そのツヴァイテイルは、まるで大丈夫?と言うように小さく鳴いて小首を傾げた。
「ま……さか、お前が俺を助けてくれたのか?」
俺は過去に回復の魔法を使う魔物を見た事があった。俺が寝ていた場所にある血で、怪我を負っていた事は確実だ。それなのに体には何処にも傷跡が見つからない。そして俺に寄り添うようにして蹲っていた1匹のツヴァイテイル。
俺はもしかしたらこのツヴァイテイルが俺を助けてくれたのかもしれないと思った。だからこのツヴァイテイルに聞いてみたのだ。すると、
「きゅん!」
そのツヴァイテイルは肯定するように、そして嬉しそうに鳴いたのだ。俺の目が覚めたのが余程嬉しかったのか、そのツヴァイテイルは二本の尻尾を犬のようにぱたぱたと振り、俺の顔を舐めてきた。その小さな頭を優しく撫でてやると、ツヴァイテイルは気持ち良さそうに目を細めた。