見つめていたい、この想い上手く言葉に出来ないから
side:五十鈴
3月、春休み。
少し大きめのバッグを持って、出掛ける先は――。
「お母さ~ん、行って来ま~す!」
「五十鈴、これも持って行きなさい」
約束通り千星ちゃんの家にお泊りに行く。
ちょうど、千星ちゃんのご両親がお仕事で居ないので、この日に決まった。
「お母さん、何これ?こんなに持って行くの?」
「千星ちゃん達と一緒に食べなさい。それに、ちゃんと送ってくれるように頼んでおいたからね」
(?――頼むって?)
「さぁ、早く行かないと、待ってるわよ」
と言って、玄関先まで追い出されるように家から出る。
(待ってる?…誰が?)
「よぉ!」
「と、透…」
自転車に乗って、いつでも出発出来る状態の透。
「透くん、気を付けてね」と母が言う。
「はい、行ってきます」と透が答える。
「?」――わたしだけが、この会話に付いて行けない。
いつの間にか、わたしのバッグは自転車の前籠の中。
そして、わたしは自転車の後ろに座らされている。
自転車は走る。
わたしを乗せて…。
行き先は、透と一緒ならどこへでも!
――じゃなくて!!!
「ちょっと、透はどこへ行くの?わたし、千星ちゃんのところに行くんだけど…」
「俺は光星の所」
「へ?」
「ま、そういう事」
春先の風はまだ冷たさを含んで髪を乱していく。
少し長くなった髪を手で押さえ、身体は温かさを求め目の前の背に身を寄せる。
きっと、透もわたしと同じ事を思ってるといいな。
触れ合う箇所も気持ちも“ポカポカ”だって――。
出迎えてくれたのは、光星くん。
「いらっしゃ~い、五十鈴ちゃ~~ん!!」
今にも抱き付かんばかりの勢いで迫ってくる。
「こ、光星…くんっ!?」
一瞬、ヒヤリとしたけど――。
ドカっ!
げしッ!
透が光星くんのお腹にパンチ炸裂!
千星ちゃんは背中に鮮やかな蹴り!
「痛ってぇ!姉さん!透!何を~~っ!!」
「「五十鈴に、近付くな!!」」
(う、ひゃ~~!透と千星ちゃん、またハモってる~~!!)
とんだ災難だよ!!光星くん、今年に入ってから…。
「ち、近付くなって、何もしてないし、何もしないって!」
そんな反論をしている光星くんを完全に無視して、千星ちゃんは透にカバンを渡している。
「あ、それ、俺のカバン…」
「光星、あんた、今日は白澤の家に泊まりなさい!」
と、千星ちゃん。
「ほら、行くぞ!光星!」
と、透はカバンを自転車の籠に。
「え?は?何で?」
「何で?と言うの?今だって、五十鈴に抱き付こうとした人がっ!!」
じゃあ、あとは宜しく、白澤!バカな弟を頼むわ!と千星ちゃんは言う。
「なっ?透~~!俺だって、五十鈴ちゃんと一緒にご飯食べたり、テレビ観たり、ゲームしたり、他にもあれや、これや、それや~~、うあぁ~~~~!」
透が光星くんを強引に連れ去って行く…。
光星くんの姿と叫びは段々と小さくなっていく。
(でも、あれや、これた、それやって何をするつもり?)
少し唖然としながらも、クスクスっと笑みがこぼれてしまう。
「何?五十鈴、何が可笑しい?」
千星ちゃんが不思議そうな顔をして尋ねてくる。
「だって、千星ちゃん、透と仲良くなってる~!」
「!!!――じょ、冗談でしょう!自らの利を求めた結果よ!」
千星ちゃんは頬を染めてフンっと顔を背ける。
「わたしは嬉しいよ。透と仲良くなってくれると」
「私は五十鈴と、も~っと仲良くなりたいの!!」
そして、千星ちゃんが「我が家にようこそ!」と招いてくれる。
光星くんには悪いけど、千星ちゃんと二人で楽しいお泊り会の始まり。