この日、あなたに甘い想いを届けよう 3
side:透
小一時間後。
門扉が開く音。そして、玄関のドアが開く。
「ただいま~」
「お帰り、五十鈴」
「あれ?透だけ?お母さんは?」
「買い物に出掛けてる。そろそろ帰って来るんじゃないか?」
五十鈴の鼻先は寒さで赤くなっている。
「ココア、淹れてやろうか?」
「うん!飲む~!!」
と、着替えをする為に2階へ向かう五十鈴が答える。
「と、透……」
「ん?」
「あれ…」
「“あれ…”って?」
五十鈴がリビングに向けて、ゆっくりと指をさす。
さっきまで、そこで俺は勉強していた訳で、参考書もノートも途中で放置したまま。
「あぁ、後で片付けるから」
「そうじゃなくて…、あれ、透のでしょう?誰から?」
「?」
「誰からなの?」
五十鈴が凄んでいる。
目が完全に据わっている。しかも、血走っている。
「な、何の事だ?第一“誰から?”って…?」
「とぼける気?」
「と、とぼけるも何も…」
「あのチョコ!誰から貰ったのかって訊いてるのよーっ!!」
「はぁ???」
胸倉掴んで、睨んでくる五十鈴。
「あら?喧嘩?五十鈴、あのチョコ、私が透くんにあげたのよ」
ただいま、と言って詩帆さんはニコっと笑って、買い物袋をテーブルに置く。
「やだわ!買い忘れ…。もう一度買い物に行って来るわ。それまで仲直りしなさいね」
五十鈴の手が俺からパっと離れる。
鼻先だけ赤かったのに、顔中に広まっていく。
視線が絡み合う。
吸い込まれそうなほど、潤んだ瞳。
「うっ!うぎゃあ~~~~~っ!!!」
絶叫と共にドドドドっと階段を駆け上がり、部屋に篭る五十鈴。
「五十鈴!おい、開けろ!」
「い、イヤ!イヤだったら、イヤーーっ!!」
内側から必死にドアを押さえてる様子が見えなくても分かる。
でも、力じゃ俺の方が!
ゴツっ!!
「いっ、痛~~い!思い切り押さないでよ~!!」
おでこを擦りながら、目をうるるっとさせている。
「ご、ごめん!大丈夫か?五十鈴」
「ふんっ!どうせ、わたしの早とちり!勘違い!バカで、間抜けで、可愛くないわよ!」
「可愛いよ、五十鈴は…」
そう言って、コブが出来たおでこにキスを一つ。
「なっ?!~~~~~~~~透っ!!」
「五十鈴がヤキモチ――可愛いし、嬉しい」
一つとは言わず、もう一つキスを。いや、何度でも。
「や、やき…も…ち?わ、わたし…が…?」
五十鈴はのろのろと立ち上がり、何故かベッドの中に潜り込む。
すると、すぐに規則正しい寝息が聞こえてくる。
(まさか、寝た?)
そっと、掛け布団をめくり、確かめてみる。
(本当に、寝てる…)
頬には一粒の涙。
そっと、指で拭って、寝顔におやすみのキス。
翌朝。
「ねぇ、透」
「ん?」
「わたし、おでこにタンコブが出来てるんだけど…。どうしてか、知ってる?」
「?!」
お母さんに訊いても知らないって言うの、と話し続けている。
う~~んっと唸り考え込んでいる五十鈴。
どうやら、本当に忘れてしまったようだ。
五十鈴の脳内では、記憶整理が行われたらしい…。
これこそ、記憶のイリュージョン。
それほど、ショックだったのか?ヤキモチ焼きの自分自身に。
俺としては、滅茶苦茶嬉しかったのになぁ…と心の中で苦笑するしかなかった。