静かな冬の夜に響く、あなたを想う胸の鼓動
12月29日、夜7時47分。
年末、この人が帰ってこない事には年始を迎える事は出来ません。
「ただいま~」
ほら、噂をすれば…。
「お帰りなさ~い!馨さん」
「五十鈴ちゃん、ただいま!」
羽澄さんに教えて貰ったんだよね。
“今日、馨が帰ってくるよ~~♪”ってね。
海外赴任先からお正月休みって事で、帰って来た馨さん。
勿論、久々の再会の挨拶はお約束通り“むぎゅう”っと。
次に母がやって来て――。
「あら、お帰りなさい。馨さん」
「ただいま~、詩帆ちゃん」
さすがに、母には抱き付いたりしないけど、馨さんは母の手を取って夏以来の再会を喜んでいる。
そして、最後は父。
「コラっ!!馨さん!!あんたの家は隣だって、毎回言ってるでしょう~~っ!!!」
「勇斗く~ん!会いたかったよ~~!!」
「うわっ!抱き付いて来るなーっ!!」
馨さんの熱い抱擁に父は顔を青くして必死に逃れようとしている。
(お父さんも諦め悪い…。馨さんは海外生活長いんだから仕方ないよ…)
本当に白澤家の皆さんは、スキンシップが派手なんだと思う。
「さっさと、自分の家に帰れ~~!!」と叫んでる父。
そんな父を気にする事無く、にっこり笑って馨さんは「ついつい、こっちに足が向くんだよね~。不思議だよね~」と言う。
バコンっ!!
「何が“不思議だよね~”なのよっ!!」
右手にスリッパを持った羽澄さんが仁王立ちで立っている。
あの“バコンっ!!”っていう音は。
馨さんは自分の頭を擦りながら「あれ?羽澄ちゃん、いつの間に…?」なんて言っている。
確かに、羽澄さん。いつの間に来たんだろう?
しかも、あのスリッパ…、ウチのだし。
(は、羽澄さんの方が不思議だよ~)
「馨~~~!!!」
「羽澄ちゃ~ん!!!」
周りの状況とか、人の目があるとか、関係無しに見つめ合う二人。
まさに、映画でも観てるような、久し振りに再会した恋人達みたいに強く抱き合い口付けを交わし、それから、それから、それから……。
バコンっっ!!
「いい加減にしろっ!!」
今度は右手にスリッパを持った透が仁王立ちで立っている。
言わなくても、分かるよね?あの“バコンっっ!!”って音は…。
馨さんは頭を擦りながら「あれ?透…いつの間に…?」と言っている。
確かに、透、いつの間に来たんだろう?
しかも、スリッパ。羽澄さんが持ってたスリッパの片方だし。
ハっと我に返った二人。
「続きは帰ってからにしろっ!!!」
と自分達の息子に言われ、バツが悪い様子。
透が二人をウチの玄関まで追い出した後、馨さんも大きな鞄を持ち頭を下げた。
「いつも、お騒がせしてすいません」
「べ、別にいいのよ…。気にしてないからね」
と母が苦笑して答える。
さすがに、わたしと父は大人の熱いラブシーンを目の当たりにして、しばらくフリーズ状態に陥ってしまっていた。