変わりゆくものを、大切にしたい 3
今、我が家の1階の和室には、父と羽澄さんが酔い潰れて寝てしまった。
でも本当は、母の逆鱗に触れ耐えられなくて、寝てしまうが勝ちといった感じがする。
二人して同時に眠りに付いてしまった。
どうやら、酔った母は怒り上戸のようで…。
「お、お母さん。わたし、隣に行って透に羽澄さんの事言ってくるね」
「そうね。あの状態では、動かせないしね」
そう言いつつも、母はまだぶつぶつ言っている。
矛先がわたしに向かないうちに、この場を離れた方が懸命かも。
それに、さっきした約束もあるし。
(プレゼント、何かな~?)
でも、わたしは――用意していない…。この数日間、風邪で寝ていた訳だし。
何が欲しい物があれば…、後から渡してもいいよね、と考えていた。
一応、チャイムを鳴らしてから、玄関のドアを開ける。
相変わらず、この家の住人は無用心だと思う。玄関の鍵ぐらい掛ければいいのに。
透の家はウチと違って、シーンっと静まり返っていて、暖かくもなく灯りも点いていない。
暗がりの中でも慣れている、苦も無く階段を上がってあいつの部屋へ。
ドアの前まで行くと、「…五十鈴?」とわたしの名を呼ぶ声と同時にドアが開く。
「ご、ごめん…。遅くなったね…」
透の部屋に一歩入った所で、羽澄さんの事を伝える。
透も予想の範囲内だったので「そうか」とひと言だけ。
そして、ピンクのリボンが掛かったプレゼントを「ほらっ」と言って渡してくれる。
「開けていい?」
ゆっくり丁寧にリボンをほどいて、箱を開ける。
「あ、手袋だ~~!」
淡いピンク色、手首の所にはフワフワ~が付いていて、暖かそうな手袋。
早速、両手に嵌めてみる。
「ありがとう!嬉しい!!――あ、でも、透のプレゼント用意してない…」
「別にいいよ」
「そ、そうはいかないよ!わたしの出来る範囲で欲しい物があれば、リクエスト受け付けるよ!」
特に何も無い…って言われたら――そうだ!何か作ってあげよう!!
ハンバーグとかシチューとか…そういう事しか出来ないわたしだけど…。
そんな事を思案してるわたしに透は「じゃあ…」と言いかけて――。
「5分だけ」
「?――5分?」
5分って何?そんな短い時間で何をする?何が出来る?
「カ、カップ麺?!」
し、しまった~~!!!
何を作ろうかと、食べ物の事ばかり考えてたから、つい“カップ麺”だなんて~~~っ!!!
「あのな~、五十鈴~…」
呆れないで!自分でも馬鹿な事言ったって、ちゃんと自覚してるから~~っ!!
「5分だけ、五十鈴とこうしていたい」
「うきゃ?!」
不意に、抱き締められた。
まるで逃がさないという意思を感じさせる腕の力。
逃げたりなんてしないよ、わたしは透の元へ行く道しか知らないもの。
どんなに寄り道しても、道に迷っても
その先に道が無くても
例え、闇に包まれて一歩先を踏み出す勇気が持てなくても
手を繋いで導いてくれる
だから、わたしはその手を強く握り、絶対放さない
(…?……?!……っ!!お、重い…!!)
な、なに?透、重いよ~!
ちょっと、何で、体重預けてきてるのよ~?
「と、透、どうしたの?」
「……」
「ふざけてるの?重いってば~っ!!」
「……」
支えきれないよーっ!
このままじゃ、後ろに…。お、お、お、お――。
押し倒される~~~~~!!!
「ほげっ!!」
ぼふっと、そのまま二人して倒れ込む。
(よ、良かった~~、後ろがベッドで。でなきゃ、後頭部直撃だったよ~!)
え?ベッド?
それはそれで、いいのか?悪いのか?
「~~~~~~~~!と、透~~?」
「…寒い」
「へ?」
「…温かい」
ぎゅうっと、抱きすくめられる。
(だ~か~ら~、重いってば~~!!)
手足をバタバタしても、透は上に乗っかったまま身動き一つしない。
しかも、寒いと言ったり、温かいと言ったり…。
(!?――透の方が熱い…!)
まさかっと思って、透のおでこに手を当ててみる。
「と、透!熱!熱があるよ!っ!」
「…そうだと、思う」
そうだと、思うって、なに冷静に答えてるのよ~!
「か、風邪?ひいたの?」
「…かも」
「く、薬は、飲んだ?」
「…さっき」
う~ん、いつまでも、この状態のままっていうのも。
「とにかく、ベッドにちゃんと入ろう!」
そう言って、透の身体をぐいっと押す。透も自分もゴロンと身を返す。
やっと、透の重みから解放されたと思ったのに、透の腕はわたしの背に回ったまま。
「透っ!ふふ、ふ、布団っ!!」
手も足も使えるものは、フル活用して二人してベッドの中へ。
「ね…ねぇ、やっぱり、うつった?わたしの風邪…」
「かもな…」
「………」
「………」
小さな声で「ごめんね」と謝る。
透は「いつもの事」と目を閉じて答える。
そう――“いつもの事”
わたしが風邪をひくと、次に必ずと言っていいほど透も風邪をひく。
風邪をひく度、うつるから、わたしの事なんて看なくていいのにって言ってるのに、心の中ではとても嬉しくて幸せで…。
風邪をひくのも悪くないって思ってしまう。
わたしのせいだって、分かってるけど…。
「五十鈴…、悪いけど、しばらく、このまま…」
「う、うん」
そのまま、透は眠りの世界へ。
わたしも透の後を追って、同じ世界へ。
明日になったら、お粥を作ってあげるね。
今度は、わたしが看てあげる番。
つまり、これも――“いつもの事”