それは、もっと好きになる――おまじまい 2
side:透
気まずい雰囲気の匂坂家のリビング。
俺達の前に勇斗さんが座り、俺の横に五十鈴、そして羽澄に詩帆さん。
いつもは、あんな所であんな事しないのに、今日は自然と五十鈴の頬に手を伸ばして。
まさか、見られるとは…。
つまり、俺が悪い。
こういう時は少しでも早く謝った方が…。
なのに、この場の空気なんてお構い無しに羽澄と詩帆さんは――「てっきり」「てっきり」「「ね~」」と会話してる。
(だから“てっきり”って、何だよ?)
「ねぇ、勇くん。五十鈴と透くん、この春から付き合ってるって話したでしょう」
「う…、うん、まぁ…」
と、言葉を濁す勇斗さん。
「そうそう!“ちゅう”ぐらい――ね~、しぃちゃん」
「そうね、はっちゃん」
こういう状態の二人には誰も勝てない。
実際に、夏もこれで二人は俺達を置いて旅行に行ってしまうぐらいだから。
羽澄がニヤっと笑う。詩帆さんがフフっと笑う。
「ねぇ、この子達の初めての“ちゅう”って、憶えてる?」
「はっちゃん!言わないで!恥ずかしいんだから~」
(は、初めての…“ちゅう”…?)
何を言おうとしてるのか気が気でない。
五十鈴は完全に放心している。
まるで、幽体離脱でもしてしまったかのようだ。
「だって、五十鈴ちゃんが“お父さんにおまじない、教えて貰った!”って言うから~」
「んも!子供の前でしなければ良かったわ」
(お、おまじない…?)
勇斗さんはまるで苦虫を噛み潰したような顔をしている。
何か、心当たりでもあるのだろうか?
「元はと言えば、トンちゃんが五十鈴ちゃんの前でしぃちゃんに“ちゅ~~”って、したからでしょう!!」
「羽澄、そ、それは…!」
「トンちゃんが言ったんでしょう!!“ちゅう”はもっと仲良くなるおまじないだって!!」
「………」
勇斗さんは言葉が出て来ない様子。どうやら本当の事らしい。
詩帆さんも照れながら“や~ね~”と言っている。
「私もつい、そんな子供達が微笑ましくって…。五十鈴ちゃんに何度も“見せて~”なんて言っちゃったのよ~♪」
(そ、そんな事…あったっけ…?)
俺の頭の中の記憶を巻き戻してみても、その記憶まで辿り着けないでいる。
「まっ、そういう訳だから“ちゅう”ぐらいで怒んないの!!」
「あ、あのな~、羽澄…」
「仲良くなるおまじないだって、教えたの勇くんだから仕方ないわよ」
「詩帆まで…」
勝利の風は二人の母親達の方へと向きnめている。
「で、でも、あの頃とは違うだろ?」
勇斗さんもこのまま引き下がらない。反撃を試みたけど。
「「違わない」」
と、あまりにも簡単に敗北を余儀なくされる。
所詮、2対1では態勢が不利だ。しかも、この二人には口では勝てない!勝てっこない!!
(でも、同じって…。それも、それで複雑と言うか…)
「という事で“ちゅう”ぐらいで目くじら立てないの!」
と羽澄が立ち上がり「分かった?」と訊いている。
続いて詩帆さんが「勇くんも心配なのは分かるけど…」と自分の夫を宥めている。
そんな勇斗さんは「騒ぎ立てて悪かった」とボソっと言って、2階へ上がっていく。
「しぃちゃん、ごめんね~」と羽澄は祖帆さんに謝り始めている。
事の発端は俺のせいだから、俺も素直に詩帆さんに謝った。
「いいのよ、おまじないなんだから、ねっ!」
そして、五十鈴と言えば――未だに魂が抜けたように、ぼーっとしたまま座っている。
「五十鈴!!」
「ほ?ほえ?」
間の抜けた声を出し、キョロキョロと周りを伺っている。
「お、お父さんは?」
「まぁ、その、一応許してもらった」
「へ?…そ、そうなの?」
「話、聞いてなかったのか?」
「うん。――そうじゃなくて!聞いてた!ちゃんと聞いてたけど…。よく分かんないうちに終わってたというか…」
話せば話すほど墓穴を掘っていく五十鈴。
最後の方は声も小さくなって「本当にお父さん怒ってない?」と訊いてくるから――“ちゅ”っと五十鈴の可愛い口を塞ぐ事にする。
「~~~っ!!!な、なに、何するのよ~~!!人前で~~っ!!!」
顔から火が出るんじゃないかと思うほど、一瞬にして真っ赤な顔になる五十鈴。
羽澄は「透~!懲りてないな~!」と言い。
詩帆さんは「照れないの!五十鈴」と言う。
「だって、だって、お母さん!!」
必死に抗議しようとする五十鈴だけど、俺達3人相手では勝ち目なんて一つも無い。
「“ちゅ”はもっと仲良くなるおまじないなんだ」
と俺が言うと、五十鈴は――。
「え?…そうなの?それ、本当なの?」
と真顔で聞き返してきた。