ハジマル・ミライ
前半side:透 後半side:五十鈴
五十鈴を解放したのは、もう日付が変わろうという時間だった。
あんな赤い目をして、疲れた顔をしてるのを見てるのは耐え難い。
変な所で鈍いくせに、妙な所で鋭い五十鈴。
きっと、誰かに何か言われて、考えて考え過ぎて眠れなかったんだろう。
今は、俺の部屋で眠っている。
かなり、泣かせてしまったから、きっと目は赤いままだろう。
あれは、至福の時間。
このまま、この時が出来る限り続けばいいと思う。
* * *
見慣れた天井に、見慣れた部屋。
(ここ……透の部屋――いっ!痛~~いっ!!)
起き上がろうにも身体が思うように動かない。
まるで全身筋肉痛。
わたし、何で、ここに居るんだ…ろう……。
(~~~~~~~~っ!!!!!!!)
思い出した!!
昨日、わたし!!ここで!!
思い出さなければ良かった?
ううん。
あれは、歓喜な時間。
あのまま、あの時が終わらなければいいと思う。
少し、ぼーっとしていた所にいきなりドアの開く音。
反射的に身体がビクっとなる。
「五十鈴、起きた?」
「…うん、今…」
透はこれっと言って、きちんと畳まれたわたしの服を渡してくれる。
「着替えたら、お昼にしよう」
「はっ?」
お昼って、お昼ご飯?
朝ご飯の間違いじゃないの?
しかも、わたし、昨夜はあのまま寝てしまったから、夕ご飯も食べてないんだけど。
「今、何時だと思う?お昼過ぎてるけど」
「!」
一体、わたしは何時間眠っていたのでしょうか?
唖然!時間の感覚が――これが時差ボケっていうヤツ?
「さっき、羽澄から電話があったから、帰って来るまでにいつもの五十鈴に戻ってくれないと」
いつものわたしって、何?
わたしはわたしで、いつもと変わらないと思う!
眉根を寄せ、睨んでいるわたしに透は――。
「そんな顔、いつまでもしてると、続きしたくなるんだけど」
はぁ~~?
続き?続きって何の?…続き――げげっ!!!
「ば、ば、馬鹿な事、言ってないで!出てってよ!!着替えるんだから~~~っ!!!」
「あ!いつもの五十鈴に戻った」
と、軽く笑って出て行く。
階段を降りる足音が段々小さくなっていく。
ふーっと、息を吐く。
(早く着替えて、ご飯食べなくちゃ!)
着替えが済むと、わたしは透の後を追った。
羽澄さんと母は帰って来た。
強引で強行突破的な二人の旅はこれで終わり。
そして、この家は賑やかな日墲ヨと変わる。
たくさんの荷物に、たくさんのお土産。
何より、羽澄さんは疲れ知らず、パワー有り余ってるって感じで、ダイニングテーブルに着いて土産話に花が咲く。
母も羽澄さんの隣に座って、一緒に話に参加してる。
向かいに透が座り、適当に相槌を打ちながらも、聞き役に徹している。
わたしは、冷たいお茶をグラスに注ぎ、それそれに配り終えると透の横に腰を掛けた。
「それでね!それでね!――」と羽澄さん。
「そう、そう!――」ウチの母。
余程、今回の旅行は楽しかったみたい。
わたしも話に入れて貰おうと身を乗り出した時、テーブルの下で――。
(えっ?)
そ知らぬ振りをしたまま透は、母と羽澄さんの話を聞いている。
今、わたしの手はテーブルの下で透の手に引き寄せられ、手を握られている。
心臓が!
5日間も二人で居たのに、今この一瞬が一番ドキドキしていたりする。
(し、心臓に、悪いってばー!!)
小さい頃から、数え切れないほど手を繋いできてるのに、こんな特別な気持ちになるなんて。
透がきゅっとわたしの手を握るから、わたしもきゅっと彼の手を握り返した。