シズカナ・イノリ
side:五十鈴
翌朝。
洗面台の鏡に映るわたしの目は赤く腫れぼったい。
(う~~!最悪~!!)
眠れなかった…。寝不足で頭はクラクラするし、しかもこの顔。
「ひどい、顔だな。五十鈴」
鏡にはわたしの他にもう一人映っている。
「げげっ!透!何で?いつから!!居る…の――っ!!!」
振り返って、さらに「じろじろ見るな~~!!」って言うつもりだったのに、言えなかった。
だって、塞がれてしまった。わたしの口、透のキスで。
ちゅ!
ちゅ!
ちゅ!
と口元、目、おでこ――と順番に柔らかく優しい唇が落ちてくる。
「ちょ、ちょっと、朝からなに連続でやってるのよーっ!!」
「五十鈴は嫌か?」
「も」
「“も”?」
「も、もちろん!い、嫌じゃない!」
「だったら、もっとしてもいい?」
うわ~ん、どうして~~?
“嫌じゃない!”なんて何で言ってしまったの~!
透も透だ!
朝から“もっとしてもいい?”なんて訊いてくるな~~!!
「あ!ちょっと待って!後で!後にしてーっ!!」
「ふ~ん、じゃあ、後でな」
“後で!”なんて言って失敗したと思うけど、今さら遅い。
心の奥のもう一人のわたしが“もっと!”と言っているのに気付く。
(わたし……変だ…)
昨日、光星くんがあんな事を言うから!!
――手に入れたいとか、欲しくなるとか。
(………)
考えるのは、ここまでにしよう。
明日には母も羽澄さんも帰ってくるんだから。
少しでも片付けて、掃除でもしてれば気も紛れる。
いつもと変わらぬ素振りで朝ご飯を一緒に済ませ、透を隣の家に追い立ててパタパタと掃除を終わらせた頃にはもうお昼過ぎていて。
お昼からは透んチも掃除して――今日は家事だけで終わりそう。
赤い目をしたまま外に出るぐらいなら、今日はこれでいいのかも。
「これで、終わり!!」
掃除を終えたわたしは透の家のリビングのソファに勢い良く、ぼふっと座った。
(今夜の夕ご飯、何にしよう…)
そろそろ準備しなくっちゃ!と思いながらも、丁度いい所にクッションがあって、それを枕代わりにしてゴロンと横になる。
(眠い、少しだけ…)
意識が遠のくのが分かる。
抗う事なんて出来るはずも無い。
だって、みんな言うでしょう?睡魔には勝てないって。
当然、無駄な抵抗なんてわたしもしない。だから、少しだけ眠らせて……。
――夢の中で思う。
わたしは、我が侭だ。
自分勝手で、自己中。
こんな自分が居たなんて、知らなかった。
ううん、違う!知ろうとしなかっただけ。
認めたくなかっただけ。
でも、認めてしまえば、楽になれる?
わたしは、あなたを!何もかも全てを…!
そして――。
目が覚めた。
と言うより、起こされた!しかも、キスで!!
「~~~~~~~~~っ!!!!!」
至近距離でしたり顔で笑う、透!
「な、何、やってるのよ~~~!!信じられな~~い!!人が寝てるのにっ!!変な事しないでよ~~っ!!」
「だって、五十鈴があんまり気持ち良さそうに寝てたから」
そう言って、また笑う。幸せ一杯です!みたいな笑顔で。
普通、気持ち良さそうって言うなら、起こさないで寝かせてくれるんじゃないのーっ!!
「何かあった?」
「何かって?」
今度は何を言うつもり?するつもり?
「昨日、麻生と…。それとも光星?」
「………」
「赤い目をして、何も無かったなんて有り得ない」
「…な、何も。ちょっと考え事してて眠れなかっただけ」
“ふ~ん”と言って人の顔を覗き込んでくる。だから、じろじろ見るな~ってば!!
「じゃあ、続きしてもいい?」
「ん?続き?何の?」
「朝の…」
「あさ?」
「忘れたなんて言わせないけど――思い出させるか」
「なっ?――んっ!!」
息が出来ないほどの情熱を受け入れるには、わたしはまだ幼い。
「と、透も手に入れたいと思うの?」
「…?」
「わ、――わたしの…こ…と…」
「それは違う。俺の全てを五十鈴に与えたいんだ」
「!!!!」
手に入れるのではなく、奪うのではなく
答えは――“与えたい”。
「わたしも…。透に与えたいと思う。わたしの事」