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カワラヌ・ネガイ

前半side:五十鈴 後半side:透

トリートメントを終えてシャワーの栓をぎゅっと締める。


湿気で曇ったお風呂の鏡をキュキュっと手で拭いてみる。


いつも思うけど、もっと胸は欲しい。


お腹だって腹筋して鍛えないと…。


背も、あとちょっとで160cmなのに、そのあとちょっとが伸びない。



(もっと、スタイルが良かったらな~)



はぁああ~~~~~っと、大きな溜め息がお風呂場に響く。










――少し前の事。



「今こそ、一緒に入らない?」

「は、は、は、入る訳、無いでしょう!!!!」

「昔は五十鈴の方から一緒に入ろうって、言ってたのにな」

「そ、そんな事、言った憶えは無ーーいっ!!!」

「記憶力のいい五十鈴が忘れるなんて、有り得――」

「知らない!知らない!!知らなーーいっ!!!」



透はにこにこ笑ってる。その横をすり抜けるようにして、わたしはお風呂場に駆け込んだ。


そして、お風呂に入る前の出来事を思い出して、また“はぁあ~~”っと溜め息をついた。



ガサ…ガサ…ガサガサ…。



(何の音?)



家の外で何かが居る音。



(猫?…ち、違う…!!)



せっかく、温まった身体が一気に冷めていくのが分かる。



(人?でも、誰?――不審者!!!)



電気も点けたまま、息を殺してバスタオルだけ手に取って、転がるようにリビングに向かった。



「――と、と――おるっ!」

「ん?――っ!!!」



透は驚いた顔でわたしを見てる。


それもそのはず、だって今のわたしは――バスタオル片手に濡れたまま。



「あ、あの…ね」

「それって、わざと?この前の続き?」



透は目を細めて悪戯っぽく笑う。でも今は!そうじゃなくて!!


言葉が出てこなくて、ふるふると何度も首を振る。



「外に誰か居るみたいなのっ!!!!」



やっとの思いで早口で言い放つ。



ガチャ、ガチャ。



今度は何の音?


玄関を開けようとしてる?


鍵穴に鍵を差し込もうとしてる?


でも、鍵が合わないのか?上手くいかないのか?


息を呑む。


わたしも透も…。


そして、ガサガサっという音はキッチン横の勝手口の方へ移動している。


透が勝手口に向かう。しかも、怖い顔をしてる。


動く事の出来ないわたしに“早く服を着ろ!”とビシっと言われ、溢れ出しそうな涙を堪えて服を着る為に身体を動かした。






*   *   *







真っ青な顔して、今にも泣き出しそうな五十鈴。


ガサガサ・・・という音は確かに勝手口の方へ向かっている。


俺自身、怖いとか、この時は思わなかった。ただ、五十鈴を守らなくては、という気持ちで一杯だった。


こっちから、不意を付いて攻撃すれば何とかなるだろうと考えた。


彼女さえ無事ならそれでいいのだから。


そして、俺は勝手口の戸を開け、思い切り拳を握り、相手の顔面目掛けて殴りかかった。









「もう、信じられない!!」



五十鈴は目を真っ赤にして怒っている。


そして、俺に視線を移し小さく溜め息をつく。



「透も手を出して!透はピアノを弾くんでしょう!手は大事にしないと!!」



そう言って湿布をペタっと労わるように貼ってくれる。


五十鈴は救急箱を手に持ち、俺の隣に座ってる、今さっき俺が殴った人を見てもう一度溜め息をつく。



「もう!!信じられない!!……お父さんっ!!一体どういう事なのっ?」

「すまん……。五十鈴…」



つまり、俺が殴った人は五十鈴の父親、勇斗さんで。


勇斗さんの左頬には大きな湿布がベッタリと貼られている。



「俺の方こそ、すいません…。その、思い切り殴ったし…」



相手が勇斗さんだと分かっていたら、こんな事にはならなかった。



「いやいや、てっきり五十鈴一人だと思ってたから…」



勇斗さんの話はこうだ。


詩帆さんと羽澄の旅行を知ったのは今朝で、五十鈴が一人残されてると思い、急いで帰って来たのだけど、家の鍵が見つからずチャイムを鳴らそうと思ってもお風呂場の灯りが点いていたから、鳴らしても五十鈴は出て来れない。それで、もしかしたら…と思い勝手口の方へ。


そして、そこへ俺がいきなり飛び込んで殴りかかって――今に至る。




「だからって、普通に玄関から声を掛けてくれれば。へ?…お父さんもお母さんの旅行の事、知らなかったの?」



勇斗さんは黙って頷くだけ。こういう姿は似てる。五十鈴は勇斗さん似だ。



「全く…、お母さんは~」



さっきから五十鈴は溜め息ばかり。


ふーっと息を吐いては救急箱を元の場所に置きに席を外す。



「勇斗さん、すいません」



男二人だけ残されて、少し気まずい。



「透くんが居るなら、心配要らなかったなぁ。あ、でも、別の意味で心配かも…。あはははは…」



無理に笑って貰っても、この場の雰囲気は良くならないんですけど…。でも、気を遣わせてるのが分かるから、俺は謝罪の言葉をもう一度口にする。



「勇斗さん、すいません…」

「と、と、と、透くん!!まさか、もう、五十鈴と――っ?!!!」



勇斗さんっ!目が、目が怖いって!!



「あ、いや!何て言うか…。えっと、俺が言ってるのは今回の旅行の事!」

「旅行?」

「最初から俺が羽澄と行けば、こういう事にはならなかったと…」

「やっぱり…、羽澄のヤツが絡んでるのか」



がっくり肩を落とす勇斗さん。


息子の俺から見ても、いつもどんな時も羽澄は台風の目だ。


それに、詳しくは知らないが、どうやら昔から勇斗さんは羽澄には頭が上がらないらしい。



(まぁ、そう簡単に羽澄に勝てるヤツなんていないけどな…)



「ねぇ、お父さん。先にお風呂入る?ご飯、残りだけど食べる?」



戻って来た五十鈴が勇斗さんに声を掛ける。


勇斗さんは「先に食べるよ」と答えると「じゃあ、透はお風呂入って来てね」と五十鈴は食事の準備を始めながら俺に言う。



「五十鈴、すまんな…」

「どうしてお父さんが謝るの?わたしの事、心配して帰って来てくれたのに」



パーっと勇斗さんの顔が明るくなる。



「五十鈴っ!」

「ひゃっ?!」



むぎゅ!


ぱちん!!



五十鈴の平手が勇斗さんの左頬に炸裂する瞬間を見てしまった。


しかも、そこはさっき俺が遠慮無しに殴った箇所で。



「おおおおおお、お父さん!!何するのよーっ!!」

「だ、だって、五十鈴があんまり優しくて可愛いから…」

「だ、だからって、後ろからいきなり抱き付かれたら、びっくりするでしょう!!!!」



相変わらず、勇斗さんって災難だよな。


この仲の良い父娘のやり取りに巻き込まれたくない…、という思いから足早に風呂へ向かう。


要するに、今の五十鈴に抱き付くには後ろから不意打ちはダメ事か。


あれは、普段以上に警戒心が強くなっているな。



(一応、憶えておくか…)

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