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トマドウ・ナミダ

前半side:五十鈴 後半side:透


本当の事を言うと、むぎゅうっとされるのは嬉しい。


透の腕の中は居心地がいい。


毎回ドキドキするけど、嫌な振りをしたり、逃げたりしないと決めたのに……。









朝。


正確に言えば4時46分。


机の上にあるデジタル時計が教えてくれる。


昨夜、透に部屋まで連れて行かれ、結局――。


『見せろ!見せない!攻防戦』はドローに終わった。


透が譲歩案を持ち出したから。


私も内容を聞いて賛同した。



“キスさせて”



キス?それでいいの?


昨日したみたいな優しいものならと思ってOKしたのに、最後には足先にまでキスされて…。


泣いてしまった。


びっくりしたのと、怖くなってしまったのと、何も考える事が出来なくなってしまって……。


何より、透が別人のように感じてしまった。



(のど、カラカラ)



キッチンへ行って、冷蔵庫からスポーツドリンクの入ったペットボトルを取り出した。


透はあの後、自分の家に戻ったんだろう。


誰も居ない静まり返った家の中は、いつもと変わらないのに次元の違う空間に居るみたい。


ダイニングテーブルの椅子に腰掛けて思う。


独りは退屈、独りはつまらない、独りで居るのは淋しい。


いつもならお母さんが居てお父さんが居て、羽澄さんが居て、時々だけど馨さんも居て、そして――。



(独りだと、何もする気にならないな~)



頬杖を付いて、すっと瞳を閉じた。






*  *  *






あの後、家に戻っても眠れなくて…。瞳を閉じると浮かぶのはただ泣いている五十鈴の顔。


朝方になって、やっと眠る事が出来た――。


少しだけ眠るつもりが、暑くて汗だくで目が覚めた。


時計の針は1時35分頃を差している。


慌ててベッドから飛び起きて、隣の家に駆け込む。


手にした鍵で玄関のドアを開けた。


五十鈴んちの鍵――以前、詩帆さんが「透くんにも」と言って手渡してくれたもの。


改めて思う。この家に入る事が許されているのだと。



「い、五十鈴っ!!」



居るはずなのに、返事が無い。


家の中はカーテンが閉められたままで薄暗い。


でも、五十鈴はすぐに見つかった。



「ここで、何してる?」

「――あれ?透…」



ダイニングテーブルに椅子に膝を抱えて座ってる。


テーブルの上にはペットボトル。すでに温くなってるのが分かる。



「お、おはよ。あ、お腹空いてる?何か作って…」

「“おはよ”って、昼過ぎてるけど」

「え?そうなの?でも…透、すっごい寝癖~!!」



さっきまで沈んだ表情が見間違いだと思うほど、今は明るく笑ってる。



「それより、朝は?」

「へ?」

「昼だって、食べてないだろう?」

「だ、だから!今から作って食べ――っ!!」



むぎゅう!!


決して一人では何も出来ないと言う訳じゃない。


ただ、昔から自分の事には無頓着と言うか、そんな五十鈴を見てると、つい周りの人は手を貸したくなると言うか…。


誰からも可愛がられる五十鈴を俺だけのものにしたくて、ずっと、こうして腕の中に閉じ込めておきたくなる。



「…五十鈴」

「…透」

「先に五十鈴から」

「と、透からどうぞ」

「………」

「………」


「「――ごめん」」


「どうして、五十鈴が謝る?」

「透こそ、どうして?」

「………」

「………」



気まずいとは思わない。


むしろ、不思議と言葉が重なる時って心地良かったりする。


そして、気持ちをちゃんと伝えよう。その為に声と言葉と心があるのだから。



「――泣かせてしまったから」

「――泣いてしまったから」



時間が止まった!


俺はそう思った!


五十鈴の大きな瞳は僅かに揺れている。視線を逸らす事なん出来ない!



ぐぅ~。



いい所なのに、今の音。



「い、今のは、わ、わたしのじゃないからねっ!!」



真っ赤な顔で否定する五十鈴。無性に可愛い!!



「じゃあ、今のは俺の腹が鳴ったって事?」

「そ、そうよ!それでいいでしょう!!」



“それでいでしょう!!”って。


腹が鳴ったぐらい別にどうって事無いと――。



ぐぅ~~。



「い、今のは絶対、透のだからねっ!!」

「……」



確かに今のは俺だけど。仕方ないだろう!俺だって朝も昼も食べてないんだから。



「どっちも俺って事でいいよ」

「…すぐに、何か作るね」



俺の腕の中から抜け出そうとする五十鈴。でも、俺は放さない。



「もう、ペコペコだから先に頂こうかな?」

「へ?なにを?――ん?~~~~~~~っ!!!!」



どんな大きな器に収めても溢れてしまうこの熱情と共にキスを贈ろう。


今にも、湯気が上がってもおかしくないほど、全身赤い五十鈴に気持ちを込めて。



「ごちそうさま!」



そして、五十鈴の反応は――。



「と、透の、バ、バ、バカ~~~~~っ!!!!」



本当に可愛いと今さらながらに思った。


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