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フルエル・オモイ

前半side:五十鈴 後半side:透

8月。


お盆も過ぎて、夏休みも残り10日ほど。


いつもと同じ朝――。


いつもと同じ朝だと思っていたのは、わたしだけだったようで…。



「お、お母さん、何してるの?」



いつもなら、エプロン姿でキッチンに立っているはずの母が身支度を整え、慌しく家の中をパタパタと行き交っている。



「あ、おはよう、五十鈴。朝ご飯用意してあるから食べてちょうだい。あとお願いね」



(お願いねって、言われても…)



こんな朝早くから、出掛ける用意をして…何処へ行くつもり何だろう?しかも、その荷物…。



「お母さん、出掛けるの?」

「そうなの。えっと、行き先は――」


「おっはよ~~♪しぃちゃん準備出来た~~?」



元気良く我が家の玄関のドアを開けてやって来たのは、羽澄さん。



「五十鈴ちゃ~~ん♪おっはよ~~!!う~ん、いつ見ても可愛い~~!!」



むぎゅう~!



(あわわわわっ、羽澄さ~~ん!!)



いつもと同じ羽澄さんの“挨拶”。だけど、羽澄さんもいつもと違う。



「羽澄さんも何処か、お出かけ?」

「そうよ~、ロス~~♪」



と、にっこり笑って、手にはパスポート。



「へ?」

「五十鈴、はっちゃんと一緒に行って来るから、あとお願いね」

「ちょ、ちょっと、お母さん?!」



な、何も聞いてないんだけど。



「五十鈴ちゃん!いーっぱいお土産買って来るからね~♪」

「は、羽澄さん?!」



お、お土産は嬉しいけど…。


何か言いたいのに、訊きたいのにあまりに突然の事で言葉が出て来ない。



「ではでは、行きますか~?」

「じゃあ、行って来るわね。五十鈴」


「あ、…うん」



玄関先まで行くと、透が何処か呆れ顔で立っていて



「羽澄、タクシー待たせてるんだろ?早く行かないと」



そう言われて、急いで玄関を出ようとする二人。


でも、一瞬ピタっと動きを止めて振り返る。


母はわたしに、そして羽澄さんは透に――。



「五十鈴、透くんと仲良くするのよ!」

「透、五十鈴ちゃんには優しくね~!」



返事するも何も母と羽澄さんはまるで嵐が一瞬にやって来て、一瞬に去って行ったかのように旅立ってしまった。



「――透」

「ん?」

「朝ご飯、まだなら食べてく?」

「あぁ」



朝から、この状況に付いていけてないわたし。呆然としたまま食事の準備を始める事にした。






     *     *     *






詩帆さんは用意してくれた朝食を五十鈴と食べる。


黙々と食べてる五十鈴を前に俺は事の成り行きを話している。


時折、思い出したみたいに小さく頷く五十鈴。


俺の父親は海外赴任中の商社勤め。


去年までは羽澄と一緒に会いに行ってたけど“もう良いだろう”と思い「羽澄、一人で馨に会いに行けば」と言った。


この俺の進言が不味かったのか、羽澄はこっそり詩帆さんを誘い二人で行く事を計画。俺もその事を知らされたのは昨夜だった。



「何も、内緒にしておく事なんてないのに…」



五十鈴はポツリと言葉をこぼす。



「それで、お母さん達、いつ帰ってくるの?」

「5泊6日」



五十鈴は食べ終えたお皿を洗いながら尋ねてきた。


俺はそんな五十鈴の背中に向けて答えた。



「そうなんだ…。こっちはまだ夏休みだし、自分の事は自分で出来るしね」



そう言って、五十鈴はこっちに振り返る。


その表情はいつもの可愛い笑顔だ。内緒にされてた事から少しは復活したようだ。



「ところで、勇斗さんは?」

「え?」

「だから、勇斗さん」

「え?お父さん?――…っ!!!」



何かに気付いたのか、軽いパニック状態で固定電話の周りもメモを手に取ってみたり、壁に掛けてあるカレンダーの書き込みに目をやる五十鈴。



「お、お父さん…一昨日から居ないから…、たぶん…」

「出張?」

「たぶん…」



勇斗さんは会社勤めの営業課長。忙しい時は取引先へあちこちと1週間ぐらい帰って来ない時もあるらしい。


「で、でも、こ、国内に居るのは、確かだから!!」

「………」



そんな必死に力を込めて言わなくても…。


馨は海外だけど居場所ぐらいは知ってるぞ。



(勇斗さんも立つ瀬無いな~)



五十鈴は「えへへへ」と苦笑している。



「と、とにかく、同じお留守番って事で、よ、宜しくね!」

「あぁ」



短い返事だけをして、いつものように、ぎゅっと五十鈴を抱き締める。


すると、真っ赤な顔をしていても静かに身を任せてるだけ。



「最近、逃げなくなったな」

「――に、逃げた方がいいのかな?」

「何かあった?」

「べ、別に何も…。わたしがそうしたいと思うだけ」



俺は少し屈んで五十鈴の目線に合わす。


小さい頃は五十鈴の方が背が高かった時もあったのに、いつの間にか俺の腕の中にすっぽり納まるほどの女の子になっている。



「じゃあ、5日間、俺と一緒に居る?」

「……え?」

「どうする?」

「――う、うん…」



そうと決まれば、俺は放す気は無いし、逃がすつもりも無い。


そう思わせるように、少し強引に、でも優しくキスをした。

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