ゆっくり流れる雲。歩幅を合わせて一緒に行こう
前半side:五十鈴 後半side:透
千星ちゃんとつかさちゃんと別れて家に向かう。
~~~♪♪
メールの着信音。
差出人:つかさちゃん
件名 :頑張ってください!
本文 :白澤くんにもお礼をすること
――っ!!つ、つかさちゃん!!
確かに、透にも毎回勉強を見てもらってる訳で…。
家に着くと、母が迎えてくれる。
「お母さん、透は?」
玄関には透の靴があったのに、居る気配が無くて…。
「五十鈴の部屋で休んでるわよ」
「へ?」
「だって、透くん、眠そうだったから。テスト明けで疲れてるんじゃないの?」
「ちょ、ちょっと~、お母さ~ん!!」
(いくら何でも、わたしの部屋って~~!!)
「五十鈴の勉強、いつも見てくれているんだから、起こしちゃダメよ」
「………」
自分の部屋の前で何故か深呼吸。
ドアをそっと開けて、中に居るだろうと人の名を呼ぶ。
「――透…」
(全く、どうして自分の部屋に入るのに気を遣わなきゃいけないのよ~)
返事は無かった。
お腹の上で参考書を乗せたまま眠ってる。勿論、わたしのベッドで…。
「エアコン、効かせ過ぎ!!風邪引くよ~」
ピッピッと、リモコンで設定温度を上げる。
「本当に寝てるの?――信じられない!人のベッドなのに…」
じーっと間近で寝顔を凝視する。寝顔を見るなんて久しぶりかも。
「……あ!!」思い出した!つかさちゃんのメール。
面と向かってお礼なんて言えない。それならズルいかもしれなけど、眠ってる今なら言える。
「――透…。勉強、見てくれてありがとう。毎回、助かってる。わたしも透に何か出来る事があればいいんだけどね。――だから、今日だけは特別…」
ちゅ。
相手が眠っていて、聞いていない、憶えていないと思うとこんなにも大胆になれるなんて、わたし自身ビックリしている。
わたしはそそくさと部屋をあとにした――。
俺は、五十鈴の部屋で休んでいた。
詩帆さんが「五十鈴の部屋じゃ、かえって眠れない?」なんて言ってくる。
そんな風に言われると意識してない態度を取るしかなかった。
(五十鈴の部屋には数え切れないほど入ってるのにな…)
とにかく、エアコンのスイッチを入れ、室内が涼しくなるにつれ睡魔が。
参考書を持つ手にも力が段々入らなくなってきて、うとうとし始めた所に五十鈴の声。
「――透…」
そして、何やらぶつぶつと一人で喋り続けている。
五十鈴の声が小さいのと、俺の頭が完全に覚醒していないのとがあって、初めは何を言ってるのか聞き取れない。
でも、最後に。
「――今日だけは特別…」
(特別?何が特別なんだ?)
そう思いながら寝た振りを続ける。
ちゅ。
鼻先を掠めるように触れた柔らかいもの。
そして、気配で分かる、慌てて階下へ降りて行った五十鈴。
ゆっくり起き上がって鼻の頭を触ってみる。指先に残る淡いピンクのグロス。
(――!!!)
さすがの俺も焦る。
あの五十鈴が自分からしてくるとは思わなかったから。
何も無かった、憶えていない、知らない振りを完璧に振舞うには少し時間が必要かも。
そして、想像してみる。
五十鈴がどんな顔で俺の事を見ていたのかを。
くるくる変わる表情は見ていても飽きない。
「――特別か……」
今日が特別と言うなら、毎日を“特別”にすればいい。
そんな事を思いながら、俺は五十鈴の部屋を出た。