STAGE3 サクランピンク
本日はお昼ご飯の買い出しだ。メニューは昨日の夕飯の残りを利用して、カレーうどん。他の材料はあるけれど、肝心要のうどんがないということで、私がお使いを頼まれた。
『ふうむ、桜はよく手伝いをしているようだね』
『まあね、正義の味方は世の中の役に立つのが仕事だからね。身近なところも疎かにしちゃいけない』
『いい子だね』
『へへへー(さすがはヘンリー父さん、褒め上手!)』
午前と午後の間をたゆたう時間はゆったりと流れる。お使いの品と、ついでにジュースが入ったエコバッグを腕から提げて、私は公園の遊歩道を進んでいた。
各所に点在しているベンチの一つにさしかかったところで、見覚えのある制服を発見した。グレーで三つボタン。
あれ、蒼兄ちゃんと同じ高校の制服だ。ちなみに今私は中学二年生だったりする。前回までは高校生だったんじゃないのかと文句をつけられても困る。この年齢じゃないと不都合があるのだから仕方がない。
何はともあれ、ベンチには男子高校生が座っていて、悩ましく頭を抱えていた。
正義の味方は困っている人を見捨ててはおけない。確固たる信念を抱き、私はベンチに近寄っていった。
「こんにちは、お兄さん」
「へ?」
男子高校生は訝しそうな声を漏らして顔を上げた。
うわ、美形だなぁ。髪とか肌の色が薄くて、なんというかハーフっぽい。蒼兄ちゃんもおばさん譲りで色素が薄い方だけれど、こういう外国人っぽさはないもんな。これってどういう違いなんだろう、おうとつの問題なんだろうか? とはいえ蒼兄ちゃんの顔立ちだってこの人に充分負けてない……って、身内びいきの対抗心なんか燃やしてどうするんだ私、これじゃあ意地悪蒼兄ちゃんを褒めているみたいじゃないか。
「あー、と」
話しかけたくせに自分の物思いに浸ってしまった私にしびれを切らしたのか、お兄さんの方が口を開いた。
「面識ないと思うんだけど、俺たち知り合いだっけ?」
「あ、違います違います。私のお兄ちゃんと同じ制服着てる人が悩んでるみたいだったから、つい声かけちゃって」
「へぇ、兄ちゃんが」
同じ制服という言葉に興味を引かれたのか、男子高校生は尋ねてきた。
「兄ちゃんって誰。名前は?」
「佐伯蒼生っていいます。知ってます?」
「蒼生?」
お兄さんの目が見開かれる。
「蒼生ってソウ? あのシスコン?」
シスコン? 聞き慣れない家族愛用の専門語を耳にして、私は思いっきり眉根を寄せた。妹を見ると必ず悪口を二言三言投げつけて、タダで命令できる使用人、それどころか奴隷のように人をこき使ってくれるあの人の、何を見たらシスコンなんて単語が出てくるんだろうか。
「どちらの佐伯蒼生さんの話?」
どこぞのシスコン兄さんと勘違いしているんじゃないか。
私の疑問を無視して、男子高校生はへー、と感心したような声をあげた。話聞いてないな。
「スマホの写真も見せようとしねえし、話題出そうとしても害虫見るみたいな視線寄越すだけだから、どんだけ可愛がってんだって思ってたけど」
それはただ単に、あなたが蒼兄ちゃんから正当な扱いを受けてないだけなんじゃないでしょうか。
実はうさんくさい人なのかな、と一歩足を引いて胡乱なまなこを向けようとした私は、お兄さんの次なる発言で無礼な物思いを綺麗に撤回した。
「うん、ソウが隠したいだけあって、かわいいじゃん」
なんて素晴らしい、いい人なんだろうか。帰ったら、このカッコイイお兄さんに対する態度を即刻改めるよう蒼兄ちゃんに抗議しなければ。
例えそれが年下の女の子は褒めて可愛がってあげる的な年上の気遣いであろうと、こちらの気分を好くしてくれたことには変わりない。
「ところで」
私はにこにこしているだろう自分の顔をあえて抑えず本題に入った。
「さっきから何を悩んでたんですか?」
「いやそれがなぁ……。聞いてくれる、ソウの妹」
お兄さんは一瞬ためらいつつも話し始めようとする。そこに待ったをかけた。
「ちょっと正義の味方モードに変わっときますんで」
「はぁ?」
疑問をあらわにするお兄さんを尻目に、ピンク色のクッキーを取り出す。
「錯乱転身!」
「うぉ、なんだいきなり叫びだして」
香り高い桃のフレーバーを味わう――まいうー。
「私にお任せ、サクランピンク!」
そこには頼りになるお姉さん的位置づけにいる、サクランピンクが現れていた。
今回は、誰も呼び出さない。私だって、自分自身の力でヒーロー活動をしたい時もあるのだ。
「さあ、正義の味方、このサクランピンクがどんな問題もたちどころに解決してみせましょう」
私はいそいそと男子高校生の隣に腰掛けた。
「ソウが妹のこと話したがらねえのって実は――」
呆気にとられた様子で何かを言いかけていたお兄さんは、でも気を取り直したように首を振った。
「まあいいか。じゃあ聞いてくれ」
あ、その前に、とお互いに名乗り合って、お兄さんは話し始めた。
「俺には隣の家に住む彼女がいて、今も待ち合わせてる最中なんだけど」
お、恋のお悩み相談ですか。うんうん、頼りになるお姉さんのピンクにはぴったりの相談事だ。
「その子、それこそ赤んぼの頃から付き合いのある幼なじみってやつでな」
「いいですね、幼なじみのカップル。憧れるな、そういうの」
うんうんと続きを促す。
「それがもう食べたくなるぐらい可愛いんだけど――つうか、実際に食っちまいたくて飢えまくってんだけど」
――うん? これって、中学生の私がこのまま聞いていていい内容なのかな。
私の小さなはてなマークを気にすることなく、柾樹さん(というらしい)はしゃべり続ける。
「なかなか触らせてくれなくてなー。どうやったら自然にそういう状況に持ち込めるか、考えてたんだ」
柾樹さんはほぅ、と切なげな息を吐いた。
あんな悩ましげにそんな不埒なことを考えていたのか。こちらがピンクのゴーグルをかけているせいか、はたまた自分自身の考えに没頭しているためなのか、柾樹さんは私の白い目線に気付くことなく先を進める。
「例えば、デートの最中に雨が降ってきたとする。突然のことだから二人とも傘を持ってない。しかしなんというご都合主義――ではなく偶然、ちょうど近くに俺の家があった。やむを得ない事情でまんまと、じゃなくて仕方なく葉菜――あ、彼女の名前な、葉菜を俺の家に連れ込むことに成功、違う違う、無事避難させる。上手い具合に、言い方悪かったな、折悪しく家族は皆出払っていて、恐縮する葉菜が負担を感じないよう、風邪を引いたらいけないからと下心を微塵も感じさせない優しい言葉をかけつつ風呂場に押し込む。その間俺は着替え用に自分の上下を出して、風呂場から漏れてくるシャワーの音に期待値を上げながら脱衣所に入り、少し大きめの声で着替えとタオル置いとくからー、と呼びかける。これ最高だよな。当然俺の服は葉菜には大きい。何度か折り返しても指先しか出てない手とか、ダボっとしたシルエットを存分に堪能した後は、お決まりの雷ズドーン。都合良く、いやいや、追い打ちをかけるように停電して、真っ暗になった室内に怯えて葉菜が抱きついてくる。これ鉄板ね。ここまでお膳立てが整ったら、後はなだめすかして触りまくるなり押し倒すなり俺の意のまま――いてぇ!!」
もう途中から話についていけなくなって、ぽかんとしている間に転身は解けてしまったらしい。
柾樹さんは脳天に肘をたたき込まれて悶絶している。知らないうちに、この場には新たな登場人物が現れていた。
同じグレーの制服を着た、女子高生。なんだか、私が想像する通りの女子高生を、そのまま目の前に持ってきたような感じの人だ。抜きんでて容姿が整っているというわけではないものの、こんな風になりたいなと思わせてくれる。
この人が多分、彼女の葉菜さんとやらなんだろうけれど……
「このアホ! 中学生相手に何寝ぼけたこと言ってる!」
「いや、悩み聞いてくれるっつうから」
「大体、お隣同士であんなんなるわけあるか」
的確にツッコむ葉菜さんに、柾樹さんが分かってねぇなとやれやれのジェスチャーをする。
「だからシチュエーション妄想してんだろ。青少年の夢――いてぇ!」
この変態! と今度はビンタを食らわし、葉菜さんは足音も荒く歩き去っていった。
「じゃな、ソウの妹」
慌ただしく私に別れを告げると、柾樹さんは急いで葉菜さんを追いかけていった。
「なんだったんだろ、一体……」
まあ柾樹さんが打たれ強くて、葉菜さんが苦労しているということだけは理解できた。
私にはまだ早い世界だったなぁ。
高校生になったら彼氏ができるのかな、という憧れはあるんだけれど、柾樹さんみたいのはちょっと嫌かも。
なんだかせわしなかった。そう思いつつ、空腹を感じ始めた私は足早に帰路を辿り始めたのだった。
カレーうどん、楽しみだな。
――世の中には知るに相応しい年齢がある。数年後を夢見て、背伸びをすることなくサクランジャーは前を見据える。
STAGE4 サクランイエロー
『うーん、うーん。一応、怪力って設定はあるんだけど――次いこっか』
『(とうとう思いつかなかったんだな)』←全員で