サクランブルー分岐 お守りの子
なんでこんな選択肢が出てきたか見当もつかないけれど、ホープのことだから何かの思惑があるんだろう。
私はお守りの子を選んだ。
ホープはちょっとつまらなそうに肩をすくめると、「ま、頑張ってね」と一応の労いを残して去っていった。
その場には、入れかわるようにして一人の女性が立っていた。
学生さんか、社会人なのかはちょっと判断がつかない。女の人にしてはかなり背が高いと思う。背筋を伸ばした立ち姿はけれど威圧感のようなものは全然なくて、包容力のある優しい人だと感じた。
「え、ここ何、なんなの」
びっくりしたように目を見開き、目線をあちこちに飛ばしている。
「瑞穂さん……」
驚いたことに、今まで眉一つ動かさなかった秘書さんに、動揺が見られた。呆然と呟くと、早足で瑞穂さんとやらのところへ歩み寄っていった。
彼女の方も信頼を置いているのか、神崎さんを認めると目に見えて安堵したような表情になった。
クールなサクランブルー(つまり私ね)のゴーグルが、怪しく煌めく。
これならいける。
私は素早く瑞穂さんに駆け寄ると、今までの事情を一心に訴えた。
神崎さんはなんとか阻止しようとしていたけれど、瑞穂さんはちゃんと話を聴いてくれた。なんて心の広い人なんだろうか。
秘書さんはこれまでと一転して表情豊かに、つまり苦々しい顔をしていた。その様を見てちょっと胸がすいてしまったのは、誰かに知られたら性格が悪いと思われてしまいそうだから秘密にしておこう。
「そうだったの……」
私の話を聴き終えると、瑞穂さんは同情の気持ちを込めた息を吐いた。少し離れた所に佇んでいるおじさんに目を向けてから、神崎さんに視線を留めている。
「無理です」
察したように、すかさず秘書さんが断じる。とはいえ落ち着いた無表情に見えるもののそれは努めてという感じで、私に向ける感情のこもらないものとは明らかに違っている。頼むからそれ以上は言ってくれるなと、目線が頼み込んでいるようだ。
「神崎さん」
「聞けません、瑞穂さんにだって分かるでしょう」
ああ、ダメなのかな。たじろいでいるとはいえ、秘書さんの口調に迷いはない。諦めるしかないんだろうか。
空気を読んでしまった私が意気消沈して嘆息すると、肩にそっと重みが加わった。瑞穂さんが、後ろから肩を抱いてくれていた。
「お仕事のことで私が口を出すなんてことはしちゃいけないし、そもそも出せる筋合いすらないのは分かっているんです」
ただ、と瑞穂さんは意を決したように続けた。
「こんな、高校生ぐらいの女の子がオフィスビルに入るなんて、とても勇気がいったと思うんです。神崎さんやお祖父さんがお忙しいことは重々承知しています。でも、この子に免じて、せめて担当部署の方にお話を通してあげたりとかはできませんか?」
なんて、なんて情けの深い人なんだろうか。私は感動して落涙しそうになってしまった。いや、ちょっとはまぶたが濡れていたかもしれない。クールなブルーも人情には弱いのだ。
神崎さんはとうとう折れて、分かりましたと請け負ってくれた。
後はおじさんが自分で頑張るしかない。
瑞穂さんにお礼を述べ、おじさんとは手と手を取って喜び合い、私は意気揚々とビルを後にした。
わさびのすりおろしは任せてもらおう。きっと今日は、最高のお刺身にありつけるはずだ。
私は軽い足取りで帰途についたのだった。
――氷をも溶かすその人情。人々の笑顔を思い浮かべ、サクランジャーは今日も突き進む。