サクランブルー分岐 会長の孫
会長秘書というからには身内の人とも親しいだろう。そして役柄上、大きな態度には出られまい。
お孫さんに説得してもらおう。
ホープが乗り移ったような黒い考えを思い浮かべ、私は会長の孫を選んだ。
対するホープは何かを含んだようにくすくす笑うと、「ではね」と言い置いて鬱金と一緒に消えてしまった。とても気にかかる態度だ。
その場には、入れかわるようにして背の高い一人の男性が立っていた。
大学生くらいかな、顔立ちがとても整っていてモテそう。育ちがよさげな優しい雰囲気の人だ。
「え、なんでこんな所に?」
この人ならなんとかしてくれるかもしれない。
現状がつかめないという感じできょろきょろしている青年に、私は今までのことを訴えた。
「へえ、いかにも徹さんらしい」
話を聞き終えた大芽さん(というらしい)は、納得したように秘書さんへ顔を向けた。
それでも無表情な仮面に変化はない。私は若干不安になっていた。会長の孫である大芽さんの登場にも、神崎さんとやらはまったく心を動かされた様子が見られないからだ。
でも、最後通牒を叩き付けられたのは、予想もしない方向からだった。
「悪いけど、僕は徹さんの言うことは尤もだと思うな」
こちらに向き直った大芽さんは、ソフトな口調でシビアに続けた。
「君にはまだ分からないかもしれないけど、会社経営っていうのは人情だけじゃやっていけない、慈善事業じゃないんだ。飛び込んでくる営業を全部受け入れてたら、こんな大きな会社でもあっという間に潰れてしまうよ。それとも、自分だけは特別だなんて思ってる? ちょっとぐらい話を聞いてくれてもいいじゃないとか? こっちに利益を感じさせる熱意や弁舌で納得させてくれるならそれもいいんだけど――」
大芽さんは一度言葉を切って、すっかり存在感と所在がなくなり、離れた所に立っているおじさんをチラリと見た。視線を向けられたおじさんの肩がビクリと跳ね上がる。
「君みたいななんの関係もない女の子に全部任せてるようじゃ、論外かな。会長――僕のおじいちゃんはね、とても忙しい。徒労になると分かっている時間を割かせるぐらいだったら、お年寄りにはその時間分少しでも休んでほしいと思わない? 年長者は労ってあげなきゃね」
厳しすぎる正論にぐうの音も出ない。
ただでさえ敗北感で潰れそうになっているというのに、さらには無表情に黙って聞いていた秘書さんにまで、「さすがに言い過ぎです大芽さん、その辺りで」とかばわれてしまった。敵に塩を送られてしまうとは……
私は挫折してぼろぼろになった心を抱え、肩を落としたおじさんと共にビルを後にした。
「すまなかったね……」
去っていくおじさんの背中が寂しい。
今日のわさびは目に染みそうだ。
とぼとぼと重い足取りで、私は家路についたのだった。
――世知辛い世の中に冷たい風が吹き荒れる。めげるなサクランジャー、ヒーローに休息はないのだ。