STAGE1 サクランレッド
今日の夕飯はチャーハンらしい。材料を買い忘れたということで、おばさんに頼まれた私は近所のコンビニへお使いに出ているところだ。
最近のコンビニは自社ブランドに様々な商品を展開していて、目的のベーコンも格安なお値段のものがあった。お釣りで好きなお菓子を買っていいと言われていたので、遠慮なくアイスも一緒にお会計した。
ほとんど日が沈んでしまった薄暗い道を、夕飯後のデザートに思いを馳せながら歩く。視線をやや落とした状態で人通りが途絶えた裏道を少し進んだところで、光に照らされた。
なんだろうと不思議に思い、顔を上げた。
「え……、天使……?」
目映い光が降ってくる。
柔らかな金色の巻き毛、シーツを纏ったような衣装、純白の羽――天使と聞いて誰もが思い浮かべるようなイメージそのままの存在が、ゆっくりと舞い降りてくるところだった。
「はじめまして」
天使は体重を感じさせない仕草で地面に降り立つと、無邪気にかわいらしく笑った。
「僕の名前はビビ。君の願いを叶えるためにやってきたんだよ」
「え……願い?」
考えてもみてほしい。いくら私が清純無垢、汚れのない赤ちゃんのように信じやすい性格をしているからといって、ここですんなり願い事を言えるものだろうか。
いや、そんなわけがない。
何かの宗教にどっぷりはまり込んでいるわけでもあるまいし、こんな日常からかけ離れた事態をそうそう受け入れられるものではない。
「信じてもらえないのかな……」
私の口調と表情が気にくわなかったらしく、天使は悲しそうに目を伏せた。ちなみに私は思いっきり眉をしかめていた。
とはいえ、絵に描いたような愛らしい顔を泣きそうに歪められると、こちらの心もしくしくと痛んでくる。願いを言ってあげた方がいいんだろうか。
「お姉さんお姉さん、見た目に騙されちゃだめですよ」
私が思わずGを撲滅してほしいと切実に懇願しそうになると、どこからともなくこの場に第三者が現れた。小学校高学年ぐらいの賢そうな、数年後の成長した姿が楽しみだなと思える男の子だ。
ビビという天使を指さしている。
「そいつ、天使じゃないから。腰の辺りよく見て」
言われた通りの場所に目を向ける。なんと、黒い矢印がさっと引っ込むところだった。
先が三角になった尻尾を持つ者の正体といえば、相場は決まっている。
「こんの悪魔よりえげつないクソガキ、また邪魔しやがって!」
顔を怒りに歪めた天使の口から汚い言葉がほとばしる。――騙したなぁ?
「悪は成敗する!」
私は鋭くカッコイイ声を出しながら、ポケットからイチゴ味のクッキーを取り出した。世の中には赤やら青やらのキャンディーを食べて、大きくなったり小さくなったりする女の子もいるのだ。私がクッキーで変身してもなんら不思議はない。
「錯乱転身!」
決まり文句を叫び、クッキーを口に放り込む。うん、イチゴ果汁が効いている。美味しいな。
「情熱の赤、サクランレッド!」
バックに火薬ドッカーンがないのが残念、派手さが足りないんだよな。
次の瞬間、私はサクランレッドに転身していた。変身じゃなくて転身ね、ここ大事。
子供たちが見たら間違いなく羨望の眼差しを向けてくるだろう、決めポーズをとる。赤と白で構成されたスーツは、女の子仕様でちゃんとスカートが付いている。この姿になると、運動能力に防御力、はては腕力までもが数倍になるのだ。
驚きに目を剥く、天使の姿をした悪魔に言い放つ。
「レッドの必殺技を食らうがいい!」
胸にある花模様に手を当てて、ある人物を思い描いた。赤で熱血といえば、この人だ。
「――ピジョン、来て!」
『ちょっと待ってください』
『何、今一番盛り上がってるところなんだけど』
『自分で戦うんじゃないんですか』
『ああ、うん。サクランジャーは知略を武器に戦うの。自分の力でなんてそんな、危ないよ。アステルだっていつも、危ない時は人を呼びなさいって言ってるじゃない』
『それはそうなんですが……。運動能力が上昇することの意味は……?』
『細かいことはいいから。あ、ちなみにユヴェーレンの名前思いっきり呼んじゃってるけど、どうせ今回限りのことだから気にしないでね。じゃ、続きいくよ』
「へーいへいへい」
情熱を宿す、紅玉色の髪と目。現れた最高位の魔術師は、どういうわけか色々とやる気なさそうにそっぽを向いて出てきた。片足に体重をかける、いわゆる休めの状態で、まったく覇気が感じられない。
「せっかく呼んだんだから、そんなだらだらしないでよ。熱血担当のくせに」
「いやお前、ここで俺が大真面目にしていたらそれこそ頭疑われんだろ」
「なんでもいいから早く倒して」
「分かったよ」
ピジョンは指輪をはめた手を億劫そうに挙げると、悪魔に向かってかざした。
「じゃ、そういうわけで。気の毒だが天災にでも巻き込まれたと思って諦めてくれ。悪いな」
「うぉ、あぶね!」
太陽のフレアもかくやという威力で、紅蓮の炎がビビを包む。だったら周りの家や自分たちまで燃え尽きてしまうだろうとか考えてはいけない。きっとピジョンが膜を張ってくれているんだ。
話を戻して。
とにかく爆炎がビビを包んだ。そう思う寸前、「覚えてろ!」とお決まりの台詞を吐いて、悪魔の姿はかき消えてしまった。
「ち、逃がしたか」
ピジョンは大して悔しそうな様子も見せず、面倒そうに舌打ちしている。
少々の不満はあるけれど、まあ倒せなかったとはいえ、撃退には成功したのだ。
「じゃあな、頼むからもうこんなこっ恥ずかしい用事で呼ぶのは止めてくれ」
そう言いおいて、ピジョンもその場から姿を消した。
失敬な、地球の平和を守ることが恥ずかしいだなんて。
何はともあれ今日も正義の味方という役割を無事果たせた。
協力してくれた少年とも笑顔で別れ、清々しい気分で私は家路についたのだった。
チャーハンがさぞかし美味しいことだろう。
――悪を討ち滅ぼし、サクランジャーは今日も行く。