第三話③
室内は、微妙な静けさに包まれていた。
そんな中、ぼくはとーさまの上をくるくる回っている精霊をボーッと眺めていた。時おりぼくに手を降ったり、技を披露してくれる。やー、器用だね。
「アル、彼女はレイリィー・ダヒル。新しいメイドだ」
若い、綺麗な女の人を手で示しながら、とーさまが紹介してくれた。
「レイリィー・ダヒルと申します。アルヴィお坊ちゃま、よろしくお願いいたします」
「アルヴィです。よろしくお願いします」
レイリィーさんが、丁寧に挨拶してくれたから、ぼくもし返す。
だけど、なんでわざわざぼくに、新しいメイドを紹介したんだろう。今までそんなことなかったのに……。は! もしかして、このおねーさんはとーさまの愛人? いずれは結婚するから、先に紹介したのか?
ぼくは反対したほうがいいのか、それとも賛成したほうがいいのか、なんて考えていたら、とーさまが大きな爆弾を落とした。
「彼女は今日から、お前のお世話係りだ。ちゃんと覚えておきなさい」
なんだって? おせわ、がかり? なら……。
バッと、それまで静かにしていたポーを振り向く。
「ポーは? ポーはどうなっちゃうんですか?」
ポーは申し訳なさそうに、眉を下げてぼくを見ていた。
「ポーは、今日でこの屋敷を去る」
「なんで? どうしてですか? とーさまがくびにしたんですか?」
ショックが大きすぎて、うまく頭が回らない。
珍しく感情的になるぼくに、とーさまが目を丸くする。ついでにとーさまの頭の上の精霊も、口に手を当て目を見開いている。
「アル、そんなにポーのことを気に入っていたのか」
とーさま? 今そんなことに感激するような状況じゃないよね? ここで父親精神出さなくていいから。つかとーさまの頭上にいる精霊。何お前まで驚いてんだよ。
生まれ変わってからは、体は幼児でも精神年齢は女子高生だから、子どもらしいことできなかったし、環境が環境だったから、感情を素直に出すことも殆どなかったけど。だけど今は、いつものように感情を押さえることができない。
何でだか分からないけど、ものすごくイライラしてる。いや、違う。悲しいんだ。
ぼくがそれに気づいたとき、ポーが静かに口を開いた。
「坊ちゃま、私が辞めさせて頂きたく、旦那様にお願いしたのです」
「え……?」
「ポーはもう、おばあちゃんでございます。」
少し困ったように笑うポー。なんだかいつもより小さく見える。
「ポー、……つらい?」
ぼくの小さな呟きに、ポーは目を細めて笑った。
「坊ちゃまは本当に、お優しい方でございますねぇ。ポーはとても、嬉しいです。……だんだんと身体を動かすのが、辛くなってきました。私も、年をとったものですね~」
ポーはくしゃりと笑うと、とーさまの方を向く。
「アドォン坊ちゃまが、こんなに立派になられて……。ポーが年をとるわけですね」
ぎゅっと顔をしかめるとーさま。これはとーさまの照れ隠しだ。
セネルガ家の当主として、威厳が大事なのだと、とーさまは決して笑わない。だから、嬉しいときはこうやって、ぎゅっと顔をしかめるのだ。
その事を知っているポーは、より一層笑みを深めた。
「ごほんっ。……そういうことだ、アル。私は彼女に少し話が有るから、二人はもう部屋に下がってよい」
誤魔化すようにそう言ったとーさまに、内心くすりと笑いながら、ポーと手を繋ぎ部屋を出る。
あ! そうだ。
あと少しでドアが閉まるというところで、大切なことを思い出し、ポーの手を離すと、急いで部屋に戻った。
どうした、と問うてくるとーさまを無視して、おねーさんを見上げる。
「あの、これからよろしくお願いします、おねーさん」
そう言ってペコリと頭を下げてから、今度こそ、ぼくは部屋を出た。
ドアが閉まる間際、「よろしくするなら名前を覚えなさい」と聞こえたのは、きっと気のせいだ。
部屋に着くと、ぼくはポーに抱き着いた。ポーはびっくりしたみたいだけど、直ぐにぼくを抱き締めてくれた。
ぐにゃりと視界が涙で歪む。
ポーは、この世界に生まれてから、ずっとぼくの側にいてくれた人だ。ぼくを産んで間もなく死んでしまったかーさまの代わりに、たくさんの愛情をぼくに注いでくれた。
「ポー、今まで、ありがとう」
「坊ちゃま、ポーはこのお屋敷を出て、ポーの生まれた村に戻りますが、二度と会えないわけではありません。少し遠いですが、会おうと思えば、会うことができます。ですから、坊ちゃまがもう少し大きくなったら、成長した姿を、ポーに見せに来てくださいな」
とん、とん、とあやすようにぼくの背中をたたきながら、ポーは優しく言った。
そうだよね、二度と会えない訳じゃないもんね。うんと頷きながら、更にぎゅっと抱き着いた。
それから、ぼくが疲れて眠っちゃうまで、とーさまの子どもの頃の話や、ぼくの話、将来のことなど、今まで話したことのない話をした。
その間、ぼくのベッドの上では、精霊たちがハンカチ片手に、ぼくたちを見ていたようだ。ぼくが起きたあと、わざわざ感想を言いに来た精霊がたくさんいたからね。それから誰だ、"全精霊が涙した、アルヴィの物語~初めての別れ~"なんて看板作ったのは!! ご丁寧に、普通の人には見えない仕様になっている。
こうしてぼくは、人生で初めての別れを経験して、少し大人になりました。
いつか絶対、ポーに会いに行くんだ。