第三話
「お坊ちゃま、 おはようございます」
扉がノックされて、一人の女性が部屋に入ってきた。
彼女は、ポー。ぼくの乳母であり、お世話係りであり、セネガル家のメイドだ。
こうやって毎朝、同じ時間にぼくを起こしに来てくれるんだけど……。
「本日も、お早いお目覚めですね、お坊ちゃま。」
にこやかに微笑みながら、ベッドに近づくポー。
そう、ぼくは毎朝、ポーが来る前に既に起きているのだ。
といっても、目が覚めても、頭はまだ目覚めていないから、体を起こしてベッドの上でボーッと座っているのだが。
なぜ朝が弱いぼくが、毎朝早くに目覚めるのか。
理由は簡単。毎朝精霊たちが起こしに来るのだ。理由はまったく分からない。だけど、奴等の起こし方は凄まじい。
まず、花や木の植物の精霊たちが歌ってる。最近は合唱団を結成したらしく、室内に響き渡るほどの歌声を披露してくれる。
次に火の精霊と雷の精霊。奴らはバチバチとベッドの周りに、小さな花火をぶっぱなしている。
それから水の精霊。彼女は必ず、ぼくの顔に水をぶっかけてくる。彼女いわく、ぼくの顔を洗ってくれてるらしい。
最初の頃は、何度も噎せた。その度に彼女は申し訳なさそうな顔で、《不器用なんで……》って言っていた。
そんな彼女がぶちまけた水分は、風の精霊が乾かしてくれる。ついでに、彼の気分のいいときは、そのまま空中で振り回されるんだけどね……。
毎朝大体こんな感じ。
ほんと、なんで朝からこんなにテンション高いんだろうね。ぼくにはさっぱり理解できないよ。
まぁそんなわけで、ポーが来るときには、体を起こしてボーッとしているわけさ。
ぼくがボーッとしてる間に、ポーがてきぱきと着替えさせてくれる。
ぼく一応お坊ちゃまだからね。
え、恥? そんなのないよ? 生まれたときからそうだし、まだぼく四歳だし。むしろ最高だね。なにもしなくていいんだもん。前世ではあり得ないことだよ。お坊ちゃまバンザーイ。
「はい、お坊ちゃま終わりましたよ」
ぼくが脳内で万歳している間に、ぼくの着替えが終わったみたいだ。
さすがだね、ポー。
「ポー、おはよ……ござ、ます。きょーも、ありがと」
いまだにはっきりとしない頭。ついでに寝起きは声が出ない。
だけど礼儀は、元・日本人として疎かにできないからね。ゆっくりと頭を下げて、お礼を言う。
ポーは最初の頃、このお礼を止めさせようと必死になってた。いくら子どもでも、一応ぼくに仕えてるようなものだから。
でも、それでも人として感謝する心は忘れちゃいけないし、ぶっちゃけ前世一般市民のぼくは、身分なんてどうでもいい。
そのうち意地の張り合いみたいになって……。結局ポーが折れた。
ポーが折れた時、「お坊ちゃまはセネルガ家一の当主様になります」って言われたけど……。え? ならないよ? 当主とか興味ないし。跡取りはぼくしかいないけど、あれだったら養子とか。それに、とーさまなかなか死ななそうだし。
それを言われたときは、思わず笑い飛ばしてしまった。普段表情が変わらず、笑ったこともないぼくが突然笑ったから、ポーはすごく驚いてたなぁ。
まぁ、それもあってポーは、ぼくのこと普通の子どもだと思ってないみたい。前世の記憶が残っているから、あながち間違いでもないけどね。
「さ、お坊ちゃま。旦那様がお待ちですよ」
「はぁーい」
ベッドから降りて、ポーと手を繋いで部屋を出る。
ポーは心配性で、ぼくが一人で歩いていたら、迷子になるんじゃないかと思ってるんだ。だから、ポーが傍にいるときは、必ずお手てを繋いでる。
確かに広い屋敷だけど、自分家で迷子になるはずがない。だけど、手を繋いでポーが安心するなら、別にいっかなぁ~って。
長い廊下を歩いて階段を降りて、また長い廊下を曲がったりしながら歩き続けて、ようやく大きなドアの前で止まる。ここまで来るのに、五分はかかったな。
ポーは数回ノックすると、中に声をかけてドアを開けた。
部屋の中には、大きなテーブルの一番奥に、とーさまが座っている。テーブルの上には、なんとも美味しそうな料理が、数多く並べられている。
ぼくはポーの手を離すと、とてとてと小走りでとーさまの元に。眉間にシワの寄った、見るからに堅物そうな顔を見上げる。
「とーさま、おはようございます」
「おはよう、アル。今日はどこに座るんだ?」
これまた堅物そうな声。そんなのとーさまの問い掛けに、ぼくはテーブルの料理を見渡した。それからしばらく考えてから、とーさまに一番近い席を指差す。
「今日はここにします」
すると、すぐさま執事さんがやって来て、椅子を引いて、ぼくを座らせてくれた。ほら、四歳だから、椅子が高くて一人で座れないんだよね。